みだすひとの続き「ひっどい顔じゃーん」
どったの?と覗き込んでくる。誰のせいだと思っているのか。七海は深く深く息を吐いた。
こうして会うのは、実に2ヶ月ぶりである。
季節は秋に差し掛かる。互いに働いていればそんなものか、このひとの忙しさを思えば、2ヶ月で会えるのはまだマシな方か。呪術師に復帰してから、七海は2級呪術師(もうすぐ準1に昇級試験が控えている)ではあるが、わかりやすい戦闘向きの術式のため、日夜任務に励んではいた。それまではちょこちょこと七海の家に寄っていたのが、ぱたりと消えた、なにがとは言わないが、眼の前のこのひとがである。
「まだまだ暑いもんね〜夏バテ?素麺ばっか食べてたら駄目だよ〜昨日のなに食べた?わたしはね、魯肉飯。最近台湾グルメ流行ってるの、五条悟のなかで。マ、世間で流行るのはあと5年後くらいかな〜」
「……よく喋りますね」
高専。高専職員が着ている黒の上着。学生もかなり自由が効く服装であるが、このひとは更にカスタマイズしている。細身の身体にぴったりと沿う上着は裾は長めで、横にスリットが入る。何度か見たことがあるのでわかるが、かなり短いホットパンツを履き、それで下は終了。ニーハイブーツやらそれに準じるものを履いている。露出度が低いのか高いのかわからない。ふともものほんの少し白い部分が見える。
背が高いので、様になるというわけだ。
「七海と会うの久し振りだし!身体が資本だしよ、この業界。あ、なんかご飯食べに行く?」
「行きません」
「えーなんで。奢ったげるよ。わたし、高給取りだよ」
「これから、任務なので」
「あ、そっか」
きょとんとした顔になった。高専で出会うということは、そういうことだと思うのだが。
「ざんねーん」
「ということなので、家に、来てください」
今日の任務は都内で、夜には自宅に帰り着くことが出来るだろう。
「え、誘ってる?」
「誘ってます」
五条が首を傾げると、長い髪が滑り落ちて、ゆらゆらと揺れた。
「え、あ、はい」
「なので、来てください。あ、任務入ってませんか?」
何故か、このひとの前では上手くいかない。
「………うん。終わらせるから大丈夫」
「急に殊勝な態度にならないでください…」
こちらが恥ずかしくなる。
五条は、うっすらと頬を赤らめている。
「え、だって、好きって言ってくれるんでしょ。あ」
「あ」
「え、待って待って、今の無し!」
これには流石の五条も慌て、長い手をバタつかせた、ノーカン!ノーカン!これ!と大騒ぎだ。
逆に七海はすうとほんの少しの高揚が冷めた。じりと詰め寄る。
「ロマンチックな告白させる気ないんですね」
「いや、わたしが言っただけじゃん?おまえが好き♡って言うのと、わたしが言うのとじゃ、種類が違うでしょ。ねえ、やだ、顔こわぁい」
トンと壁に追い詰め、七海は壁に手をついた。五条は態とらしく身をすくめた。
「私がハートつけて言うとでも?」
「言ってよぉ」
「嫌です」
「でも、言うつもりだったでしょ、や、マジ、な」
アイマスクを引き下ろすと、上向いていた白髪がへにゃりと落ちて、おでこを隠した。だが、美しい瞳がぱちりと現れる。しかし、勝手にアイマスクを下ろされたことに、眉を潜めた。
「許すけど、許可なくや」
唇を押し付ける。弾かれはしないし、勿論間に無限も存在しない。
「め、て………ええ…?なんでキスしたの?」
「好きだからです」
「えーーー!!ロマンチックじゃない!!」
「うるさいですね、あなた」
今度は眉を潜めたのは七海だ。
「いや、そもそもここ職場だけど。なにすんの」
「マジレスしないで。もう一度塞ぎますよ」
「え、いいよ」
「職場じゃなかったんですか?」
「気の所為だったわ」
ん、と目を閉じて、唇を突きだす。奇しくもあの日の夜のパスタのことを思い出した。「…………え、しないの」
「……」
器用に片目を開けた。
五条は顔の横に突いてあった、腕に触れた。ジャケットから見える七海の手首に触れて、血管をゆるりとなぞる。そわり、と己を揺さぶる感情が走る。身長はほぼ同じなのに上目遣い。とろりと溶かそうとする瞳。
「ななみ」
唇を重ねた。先程は全く味わうこともなかった柔らかい唇。ほんの1、2秒。惜しくもあるが、唇を離す。
七海は抵抗を全くしない彼女を見る。上気した頬と青い瞳がとろけて、欲に塗れだす。
「なな、」
先程とは逆に無理矢理アイマスクを引き上げた。ぞんざいにあげたので、白髪が上手くあがりきっていない。
「……これなら任務ですよ。そして、私にとっても職場ですから」
「………………、でぇーーーー正論かよ」
「ええ」
「2回もわたしにちゅーしたのに。それと壁ドンで。少女マンガか?ベタ過ぎ。ロマンチックじゃない。3点」
そんなことを言いながらも、前髪をいそいそと直す。
「言っとくけど、わたしは今日七海んち行くから」
「はあ、どうぞ。ご勝手に」
「行くからね!!!」