パロ「五条さん、お疲れ様でした」
「おっつかれ〜」
撮影が終わり、声をかけるとキラキラとした笑みを浮かべて返された。
五条悟、この世に生を受けてから、17年、芸能界で活躍し続け、日本のみならず、海外にも活躍の場を広げている。そうして、彼は、前世の記憶があり、その彼のマネージャーをする七海もまた、苛烈な前世の記憶を持つ。
お疲れ様とスタッフや共演者からの声をかけられるとにこやかに言葉を返す。前世のこの年代の彼は傍若無人を極めていたが、流石に人生2回目、愛嬌をたっぷりだ。顔の良さと愛嬌があれば、まあ世間にはウケるだろうなもマネージャー歴が5年ほどの七海は思う。
元々、七海はごく普通の、それもかなりのホワイト企業で労働に勤しんでいたが、街で五条悟に出会ったのが運の尽きだ、強引に無理矢理に引き抜かれ、五条悟の専属マネージャーになったのであった。
それからもう5年かと思う、五条はとりあえず顔が良いのを前世から理解していたが、12歳という少年から大人へと変わりだす年頃の変遷を真横で見ることができたのは、役得にちがいなかった。といっても七海の前の五条は顔は置いておき、前世と中身は一緒なのだが。
控室に入る。
ぽいぽーいと着せられていた衣装を脱ぎ捨てる。
「メイク〜落とす〜」
鼻歌交じりだが、パンツ一丁である。七海は衣装を拾い上げ、丁寧にハンガーに掛け直す。五条はテキパキとメイク落としをしている。顔に塗りたくったの嫌い〜と昔から言っていて、とはいえ、顔の良さも肌の質の良さもメイクアーティストからのお墨付きなので、そこまで施してはないのだが、直ぐに落とす。
「車回して来ましょうか」
「ん〜」
メイクを落としきり、洗顔をし、保湿をしている。コットンに染み込ませた化粧水を顔に貼り付けて、五条は見上げてくる。
「今日なんの日?七海」
「円周率の日ですか?」
「そうそう、3.14159265359…ってなんでだよ」
「はあ、ではパイの日ですね」
「ダッツの新作のナポレオンパイがさぁって!違う!だろ!!!!」
ぎゃん!ギャンギャンギャン!と大騒ぎしだす。
「ホワイトデーじゃん!ホワイトデーじゃん!ホワイトデーじゃん?お菓子頂戴よ〜甘いもの食べたい〜」
今世でも甘いもの好きは健在だが、仕事上、他人からの食べ物は一切受け取らない五条だ。
七海は大騒ぎする五条に溜息をついた。その反動からか、七海には、毎度のように強請る、これは別にホワイトデーとか関係なく。
「ハイハイ、あるので着替えてからですよ」
「やった〜」
いえいいえ〜いとパンツ一丁で歓びの舞を踊るの止めてほしい。関係者が入ってきたらどうするんだ。
これです、どうぞと長方形の四角い箱を差し出す。中身はケーキだ。菓子にいろいろな意味を持たせるのはやめてほしいと甚だ思う。選ぶのが面倒だ。
「飴じゃないの」
「好きでしょう、ケーキ」
「好きだけど」
フルーツが沢山乗っているタルト、先程話題に上がったパイ、クレープ生地が幾重にも重なるケーキ。
「飲み物なににします?」
「う〜んいらない」
「はい」
テーブルにケーキを広げてやる。
「七海も座って」
促しを受け、反対側に座る。五条はムッとし、わざわざローテーブルを回って、七海の隣に座り直す。
透明なプラスチックのちいさなフォークでクレープのケーキを切る。口に運ぶと思いきや、七海の口に押し付けようするのに気が付いて、顔を逸らす。そのため、口ではなく、口の横から頬にかけてクリームがついた。
「私はいりません」
「ふ〜ん」
そのまま、五条は口にケーキの端を放り込んだ。そうして、にやりと笑って、頬についたクリームを舐めとる。
「七海くんがあ、僕に手を出せないのは百も承知ですけれど」
赤い舌がちらりと覗く。
「飴で返すとか、そういうのあっても良いんじゃない?」
ぺろり、とまるで猫かなにかのようにまた舐めて、唇も舐められる。
「僕はみせーねんだしぃ?げーのーじんでおまえはマネージャーだしい?でも、恋人じゃん?前のときから」
「……………………」
長いまつげに彩られた輝く蒼が、熱を持つ。瞬き。
「七海……」
キス、したい、と囁く。
くちびるをなめるのは、ほぼそれなのでは、と思うが、大人として、超えてはいけない一線はある。
「やめてください」
「ケチケチケチ」
「スタッフの方が来たらどうするんです」
「鍵閉めてるの知ってる」
「あとせめてあと一年、いや、二十歳まではなにもしません」
「キスはもうしたじゃん」
「………あれは」
15歳のときのドラマで、同年代の子とのキスシーンがあったのだ。五条は「僕のファーストキスは七海がいい」迫ってきた。拒否して逃げ回ったが、そういう悪知恵だけは凄まじい五条に負け、軽く唇を合わせた。結局ドラマでは、キスしているように見せただけで、していないという。振りまわされるにも程があるというものだ。