ちょっとそこまで竜宮城へ僕の名前は五条悟!特級呪術師だよ☆こっちは七海建人!一級呪術師兼僕の後輩さ!絶賛呪われてるよ!そんでもって僕は無茶苦茶怒ってるよ!!
「それが、亀を助けまして」
「亀ぇ?亀って地球平面説の象の下に居るやつ?」
「何故真っ先にその例えが出てくるのかわかりませんか、私が助けたのは普通の亀です」
「普通の亀」
よく僕はポンコツだ、馬鹿だ、常識外れだ、ひとの心がないだとか、性能ぶち壊れ過ぎだとか言われる規格外の男だとか言われたりするけど、亀ってそんな普通に助けたり助けられたりするもんだっけ、それって普通?起こりうること?首を捻る。
「思い当たるのは、その………」
ふと七海の瞳から生気が消える。おおっとマズい。僕は慌てて呼気を吹き込む。
「………くらいなんです。他はいつもどおりの任務で、報告書に書いてます」
「だよね」
七海は完全に呪われている。呪術師が呪われてるのって超ウケる。全く笑えない。その呪いは恐ろしく強い。ただ周りに害を与えるものではなく、被呪者本人にのみ影響を与えている。つまり七海のみ。
なんでそれが速やかに発覚したかっていうと、休日だった僕が、任務をしている七海のところに突撃隣の七海くんをしたのだ。ここに関しては色々思うところがあるかもだけど、僕と七海の休みは基本的に合わないから、僕は休みの日に七海の任務にくっついて、うざ絡みして楽しみながら、呪いを祓っちゃうという一石二鳥形式なのである。我ながら天才。
今回はそれが上手いこと、無茶苦茶上手いこといったわけだ。
七海はずっと呪いに引っ張られている。僕が偶々七海のところに行くまで、なんとか保っていたのは、呪いに対しての耐性が少なからずあるからなんだけど、それはさておいて、僕はこの呪いの正体を知っている。
さて、御伽噺、というものを幼い頃読んだことがあると思う。御伽噺、童話。これらは、信仰に似ている。ただ、信仰よりも緩やかで、寛容で、根底に残りやすい。物語、共通認識、どういう話なのか多くの人間が知っているということ。呪術師はそれに似た事象を知っている。都市伝説。あれは恐怖によって畏怖によって、ひとの妄想によって呪霊へと姿を変える。だからこそ、地域やものによって呪いの特性が変わったり、沢山出来上がったりと様々に変容するが、それに近い。けれど、御伽噺は、道筋が完全に立っている。立っているからこそ、こういう厄介が起きることもあるのだけれど。
今回の場合は浦島太郎だ。大変わかりやすい。助けた亀に連れられて、竜宮城に来てみれば、ってやつ。終わりまで想像がつく。乙姫にもてなされて、帰りに玉手箱を渡され、開けてみたらおじいちゃんになるってやつ。3歳児にだって解る。だからこれは、物語に乗らないと解呪は出来ない仕様。
僕は七海を眠らせて、時間を稼ぐ。夜蛾学長に連絡を入れて、伊地知にスケジュールを開けさせた。眠らせると言うか意識を落とさせる。目覚めるのは2時間ほどだった。
日本海の海沿いの町で、寒々としている海。僕は七海と手を繋いでいる。僕は左手、七海の右手。ついでに七海のネクタイを抜き取って、手首も結んだ。離れられては困る。七海はぼんやりした顔をして、のろのろと海に向かっていく。傍からみたらあれだな、心中してるみたい。死ぬ気はないけど。寄せては返す白波の、というほど日本海は全然全く穏やかじゃなかった。荒れ狂う海ってやつ、火サスかな?あれは崖上だけど。僕も一緒になって、ぽやーと眺めていたら、亀が現れた。亀はこちらを見て頭を下げて、海に呼んだ。僕と七海は体格は大きいけれど、おどろ木ももの木さんしょの木、乗れちゃったのだった。海に入っていく。濡れもしないし寒くもない。まあ、無下限張ってるし、なんなら七海も内側に入れてるんだけど。海の中は暗かった。辛うじて、海面の方が明るいから、上がわかる。下へ、下へ。仄暗い海底へ。時間はちょっとわからないでも結構な時間がかかったように思う。七海のいつもつけてる腕時計を拝借して右腕につけてるので、時間はわかる筈なんだけど。
突如、門が現れ、そのまま亀の上に乗ったまま門をくぐる。あ~と思う。領域に入った、その感じ。
そこは竜宮城、らしい。ところで、僕は想像力がない方だ。現実をあれやこれや妄想なんてきないタイプ。見えてないものが視えているこの目は他人の想像よりも様々なものが映る。想像よりも先に目に写る現実だ。ただ、七海は違う。目で見て、7対3の線分を想像し、弱点を作る。それに、本も昔からよく読むし。だから、想像力は僕より遥かにある。手を繋いだ七海は、ここがきちんと竜宮城に見えてるらしい。絵にも描けない美しさ、七海の手を握りしめながら、七海の頭のなかが見れたら良いのにと柄にもなく思った。僕の目には絵にも描けない竜宮城なんて映らない。息の吸える海底で、砂漠のような寂寞とした場所に、それでも竜宮城の領域内ということもあって辛うじて僕の想像しうる竜宮城がのっかっている、フィルターがかかっている感じ。いや、想像しうるというより、絵本の竜宮城だ。遠い昔、僕だって他の幼子同様にそういう絵本を読んだことはある。すぐに呪術関連の本へと変わったけど。ピンクの珊瑚に、中華風の宮殿みたいな。
七海は息を呑んで、「美しい」とか呟いている。途中から金目鯛が現れて案内し始めた。横を海老が通り過ぎて行く。腕の長い蟹がお辞儀をしている。あれはあんこうか、鍋にしたらきっと美味しい。七海が金目鯛とお話している(らしいが僕にはまともな言葉には聞こえない)間、優雅に泳ぐ魚で、なんの料理を食べたいかと考えていた。
で、次はなんだっけ。おもてなしを受けるんだっけ。鯛やひらめの舞い踊りだっけ。確かにそれはちょっと見たい。食べ物は食べてもらっちゃ困るけど、なにが出てくるんだろう。魚介なのかしらん。調理する魚介は、共食いにならないのかね。まあ、でも魚って食物連鎖で成り立ってるから、上位のものが下位のものを調理して食べるのはありなのか。そんなことを考えていると、七海が「五条さん」と言葉を落とした。
僕は、七海を見下ろす。
今なんて。
「五条さんがいない」
今なんて、今なんて、今なんて。
僕は目を丸くする。柄にもなく、心臓が跳ねる。僕は、僕は、ここにいるよ、七海。手をぎゅうと握りしめた。
『つまらぬ』
甘ったるい声が響く。ゆらり、ゆらり、女が姿を表して、ゆうらりゆらりと揺れている。脳みそに声が響く。
『わらわのしろに、まねきいれるほどのおとこがかかったとおもえば、いらぬこぶもついてきた、そのうえ』
音も立てず、目の前に現れる。ここは、この女の、つまり、乙姫の領域だ、なんでも起こりうる。
『わらわのもてなしをうけるまえに、げんせにもどりたいと』
乙姫は七海の顎を取った。
『ほんとうに、それでよいのかえ。ここはおまえののぞむものをだしてやれる』
ゆれる、目の前をゆうらりゆらり。金魚の尾びれのように、蜃気楼のように揺れ、惑わせる。
『なんでも、すきなものいうがよい』
「なんでも……?」
『そう、なんでも』
「………カスクート」
僕は吹き出しそうになった。慌てて口を押さえる。七海ってほんとポンコツ。
『かす、なに?』
流石の乙姫も戸惑いの声。
「カスクートはないんですか」
『……それがなにかはわらわにはわからぬが、うぬがつよくおもえば、あらわれよう』
乙姫が七海の額に手を当てて、記憶を抜き取ろうとするが、七海は手を払った。
「いえ、結構です」
『なぜ。きゅうにきぶんをがいす。ここはうつくしかろう。えにもかけぬほど、うつくしいばしょであろう。わらわは、うぬをもてなすために、ここによんだのだぞ』
「確かに美しい、美しい場所です」
『であろう』
「ですが、私が、一番美しいと思っているものが、ここにはない、いない」
『ならば、そうぞうするがよい。それはあわられよう』
「そのひとは、私の想像を遥かに超えるから」
「五条さん」
あは、僕はわらいがこみ上げる。まさかそんな、まさかそんな、七海、ねえ、七海。
僕は微かに手を引くと、七海は僕に気付いた。
「五条さん、ずっと手を?」
目を丸くしながらも、優しい顔をしている。ああやっとだ。七海のひとみのなかに、僕がうつる。
「そうだよ、七海」
『きさま!』
乙姫は、僕を睨みつける。声を上げたことで、僕が僕自身にかけた術が揺らぐ。存在が丸見えになる。乙姫の領域だったから、乙姫はなにかが居るというところまでは解っていたが、なにがくっついているかまでは、解らなかった筈だ。
「さあて、僕の七海を返してもらう」
僕という最強を掴んでいる七海をやすやすと取り込まれては困るのだ。
『わらわをこうげきするきか。ここはわらわのしろぞ、りょういきぞ。あてられぬ。わらわはしなぬ、しなぬぞ』
「わかってんだよ、そんなことは。僕は帰り方を知っている。七海」
「はい?」
当事者の七海は話についていけていない様子だ。
「暇を乞え」
乙姫は息を呑んだ、わかりやすいほどに。こういうときの七海は大変察しが良い。術師としての勘と僕の後輩としての経験。
「………此度はこのような場に招いて下さり、ありがとうございます。ですがそろそろ帰りたく思っています」
『ほんとうにか』
「ええ」
『すぐにでもか』
「ええ」
舌打ちをした乙姫は、顔を隠したまま、苦々しげに、叫ぶ。
『みなのもの、きゃくがかえるぞ』
ざわめぎ、さざなく、僕の目にでさえ、竜宮城はがらがらと崩れていく、崩壊、瓦解。美しいと認識していた七海にはさらに衝撃的なものとして写っているだろうが。目まぐるしく揺れていく。
「乙姫、僕らを送らずにここで返したなんて言ったら、本気で、祓ってやる」
『わらわをはらうことなどできぬ』
せせら笑う。
「だから、言ってんだよ。どこまでも追いかけられめ、追い祓われたくないなら、最後までやれよ」
『………』
舌打ちをして、手を大きく振った。
亀がどこからともなく現れて、七海を乗せた。僕を乗せたくないらしく一人分くらいの背中だったけど、七海は僕を抱きしめるように抱きかかえた。役得じゃん。行きはよいよい帰りは怖い。行きは時間がかかったように思うが、帰りはすぐだった。
そうして、そうして。
七海はぽかんとして、波打ち際に立つ、立ち尽くす。
「なにが」
なにが起きたのか、ぼやく。
「良かったねぇ、七海。解呪しゅ〜りょ〜」
「五条さん、一体」
僕は腕時計を見る。なるほどね。
「記憶が曖昧なところがあるんですが」
「一言で言ったら、竜宮城に行って帰ってきた」
昔むかし、けんとくんが助けた亀に連れられて連れられて、竜宮城に来てみれば、絵にも描けない美しさ。
けんとくんあたりが、割と無理矢理感が否めないが、概ねそんな感じ。
七海は複雑な顔をした。
「ねえ、竜宮城、美しかった?どんだった?やっぱり、絵にはかけそうにない?」
黙りこくる。
「七海ぃ、かけそうなら、描いてみてよ。見てみた〜い!」
「……………」
茶化すように言う。
「………私が絵心ないの知っているでしょう」
まあ、昔から画伯だよね、知ってるよ。にやにやと笑っていると。七海は機嫌を損ねたらしく歩き始めようとする。まだ手首を繋げているので、引っ張られる。
待ってよ、砂浜、砂浜だから。歩きにくいのよ。それに、まだ足りないのに。
ふと七海は自分腕に腕時計がついていないことに気付いて、周りを探す。僕の右手首についているのを見て、胡乱な顔をして「返してください」も言う。いや、盗ったわけではないのよさ。七海の手首と僕の太さは結構違うくて、僕は手が大きいので抜け落ちないけど、ぷらぷらしている。それを無理やり引っこ抜いて、七海に返した。
「無理矢理しないでくださいよ」
「うーん、驚かないでね」
金属ベルトが壊れてないか確認しながら、画面を見て、七海は声を上げた。
「まさか壊したんで、はあ!?」
腕時計は、日付も表示されている。
「私の記憶より、3日も進んでいるんですが!?」
「だから言ったろ、竜宮城に行ったって。良かったね、このぐらいで済んで」
スマホは充電が死んでる。最新でも3日は保たないのか……。まあ、もしかすると電話とかかかってきてたかもだしと諦める。
顔を引き攣らせた七海足元に、小さな箱。箱というか、玉手箱。いや普通は帰るときに渡すでしょ。説明書もないし。不手際よお客様センターはどこだよ。苦情を入れてやる。
3歳児でも理解できる玉手箱の中身に、七海は顔を引き攣らせ、でも聞かずにはいられなかったようだった。
「それ、開けたらどうなるんです」
「せいぜい3日分の老化が詰まってるくらいっしよ」
開ける?開けてみる?浦島太郎の絵本で見るよりも、かなり小さい玉手箱なので、振ってみる。音はしない。時間というのは音がしないものみたい。
「五条さん!」
「はいはいどうぞ」
怒られる前に返しますよ。七海が老化とか抜け毛とか白髪に敏感なの知ってるんだ。3日で、どうこう出来るほどのもんじゃないでしょという言葉を飲み込む。
「でもまあ、そのくらいで良かったよ」
僕はゆったりと笑う。なんせ浦島太郎は100年だ。それに比べたら3日なんてまたたく間だろう。そんでもって七海にくっついて竜宮城に行った僕は保証外だ。
ああ、お腹すいた、3日ほど食べていないお腹だ。
ぱくぱくと七海は金魚みたいに口を開けたり閉めたり。
「………あの、五条さん」
「うん?」
「ありがとうございます」
七海は伺うように僕を見た。いいってことよ。
「あなたがいなければ私は、戻ってこれなかった」
「案外、覚醒早かったし、そうでもなかったかも」
竜宮城からの帰り方は、自分の意思で、帰りたいと思うことだ。乙姫は帰りたいと思うものを拒めない。持て囃された浦島太郎はそれでも一週間で、残してきた母親のことを思い出した。僕がいなくとも、七海は早く戻ってきたかもしれない。
「違います。美しいあの場所みて、私は足りないと思ったんです」
「なにが?」
七海は言葉を探るように、探すように言う。
「足りない、物足りない。あなたが」
「僕が?」
僕が足りない?ってなに。首を傾げると七海は手を握ってきた。やけに熱い手だ。
「私が、美しいと思っているのは、あなたで、あそこにはあなたが足りないと思った」
「えっ」
七海のひとみのなかに僕が映り込む。びっくりして、戸惑って、それでも、うれしそうな僕のかおが。
「え?」
果たして、波打ち際で二人、手を握られている姿はどう見られるのだろう。カップル、カップルか?カップルかもしれない。
(おしまい)
追記
乙姫ないし、竜宮城の領域は呪霊という部類では測れないと思ったので、そういう名称にしませんでした。
乙姫は亀を助けた人間を竜宮城に招いてもてなす(ただし時間の流れは現世とは違う)という物語による強化による領域付与なので、攻撃は出来ないし、攻撃しても祓えないという仕様。浦島太郎という物語が読まれれば読まれるほど竜宮城は存在できるのですが、現代において亀を助けるという状況が起こり得ないのに、七海さんはなぜかそれに引っかかるという。
ここらの話を盛り込めなかったので、ちょっとわかりにくかったと思います。大変申し訳ないです……。