【常盤緑】 おやつ ひとり机の上に突っ伏して、窓から見えるムカつくほどに上天気な空と青々と茂る木々を睨んでいたらしい。
「また夏油とケンカしたのか」
呆れたような声に顔を上げれば、もうひとりの同級生が笑っていた。
「べっつにぃぃ」
「私はどうでもいいけど、やたら授業の進みが遅くなるのは迷惑だし、険悪な空気が双方から流れてくるのも鬱陶しい」
ばっさりと切って捨てるような言い方も、今まで扱われたことがないような雑な対応も、イラついたり憤慨したのも初めの頃だけで、今はすっかり居心地がいい。
「あんなに怒るとは思わなかったし」
「その時点で、自分が悪いって言ってるようなもん」
先を促すように視線を投げられ、渡りに船とばかりに、事の経緯を聞いて貰うことにした。
「冷蔵庫開けてプリンが入ってたら、食べたくなるじゃん」
「それって」
まさか、と問うように尋ねられて、当然のように答える。
「え、そう、傑の冷蔵庫。アイツ、甘いの殆ど食べないし。傑の冷蔵庫の中にあるスイーツは、俺のものだし」
今度こそ心底呆れたような、しかめた表情で一瞥され、そんなにいけない事かと少し心配になってきた。
「オマエの家の事情は知らないけど、世間一般じゃ、人の冷蔵庫は勝手に開けないんだよ」
「そのぐらいは知ってる。傑に怒られたし。けどその後、傑の冷蔵庫だけは開けてもいいって言われた」
目を見開いて舌打ちつきで、煙草を吸っていたら確実に落としそうな嫌そうな顔をされた。
「夏油は五条に甘過ぎだ。過保護にしたって過ぎるだろ」
「なにがだよ」
「夏油がいない時に、開けて勝手に食べたんだろ」
落ち着いた声のトーンに、体を起こして硝子に向けた。多分、ちゃんと聴いた方がいいヤツだ。
「そう」
「その時、プリン以外に一緒に入っていたモノ、あっただろ」
そう言われて目を閉じ、昨日の冷蔵庫内の景色を思い浮かべた。
あっ、あった。
「コーヒーゼリー」
「ふーん」
納得したように頷いた硝子に、ワケがわからず、傑のことなのに硝子の方が理解しているのが悔しくて、ムカついて、イヤになる自分が、嫌だ。
「そー言うことだろ」
不機嫌に黙り込んだ俺を見て、意味あり気に微笑みながら頷かれた。
「なにがだよ」
「わかりやすく百面相して。夏油のことは五条の方がよくわかってるよ。私がわかるのは一般常識に照らし合わせてってことだけだ」
無言で先を促せば、幼い兄弟を諭す声で、謎解きをするかのように質問がくる。
「夏油がひとりでコーヒーゼリーを食べると思うか」
「うーん、食べない、な」
「だろ。でも、実際には入っていたのはどうしてだ」
「貰った、とか」
「でも、プリンは五条が好きなプリンだったんじゃないか」
「うん、俺が好きな、あっ、買ってきてくれた……?」
「まあ、五条用だろうね」
「あれ、じゃあ」
「そう、元々プリンは五条のもので、コーヒーゼリーは」
「傑が、一緒に食べようと思って用意してたって、こと」
散らばる考えをまとめるために、きゅっと目を固く瞑ると、硝子の淡々とした声と、傑の笑顔が見えてきた。
「五条も、夏油が怒ったわけが、わかっただろ」
「多分」
椅子から立ち上がり、出入り口に体を向けると、にやりと含み笑いをされた。
「それなら」
「謝ってくる」
「おう。顔見て伝えろよ」
「硝子、ありがと」
「オマエが自分で気が付いただけだ」
「後でひと箱持ってくる」
きびを返すその前に硝子に礼を伝えると、慣れた教室を後にして走り出した。まだ、帰ってきていないし、太陽は中点だ。よく茂った森を抜けて、コンビニまで行ってこよう。
今日のおやつは傑と一緒に、プリンとコーヒーゼリーを食べるのだ。