待つ側 ──♪ ──♪
静かなワンダーステージに携帯のコール音だけが響く。
何度目かのコールで。
『はーい、えむちゃん、どうしたの?』
「咲希ちゃん!!」
「天馬さんっ!!」
わたしとえむの噛み付くような声に、電話越しの声が一瞬怯む。
『えっ……ねねちゃんもいるの? どうかした??』
スピーカーモードの携帯はわたしの声も拾っている。
「司くんが、司くんが大変なの!!」
『お兄ちゃんが!?』
どうしたの、とボソボソ小さな声が聞こえた。
どうやら星乃さんたちもそっちにいるらしい。
「え、えっとね、なんか急に来た男の人が、包丁出してきて、それを司くんに──」
『っお兄ちゃんは無事!? 無事なの!?』
機械越しでも分かる半泣きの声。
でも、わたしたちはその期待に応えることは出来ない。
「……救急車、で運ばれて。今は類が付き添ってる」
「ごめん、咲希ちゃん……」
『……えむちゃんたちは……悪くないよ……』
その時、ピロン、とわたしのスマホが音を立てた。
類:病院についた
神山第一病院
いつもと違って簡潔な文体。
相当切羽詰まってるんだろう。
「病院、神山第一病院だって!」
「咲希ちゃん聞こえた!? 神山第一病院、すぐ来て!!」
『わかった!!』
そのまま挨拶もなくブツリと電話が切れる。
わたしたちも──と思ったその時だった。
「えむっ!」
バタバタとこちらに駆けてくる音。
「──お、お兄ちゃん!?」
「えむっ、無事か!? 襲われたって聞いたが!」
「おい大丈夫なんだろうな……って」
えっと、二番目のお兄さんだから晶介さんの方? が険しい顔でこちらに来る。
「おいお前どこ怪我したんだ」
そう言ってえむの腕をギュッと握った。
「えっ? あたしは怪我なんて……」
「嘘つけ! じゃあなんでお前衣装にそんなベッタリ血ぃついてんだよ!!」
言われて気づいた。
えむの衣装のスカート部分がベッタリと赤に染まっている。
わたしは、ふくらはぎの辺りについてるモコモコが赤黒くなっていた。
急にひゅっと恐怖に襲われる。
だって、こんなに赤が、血が付くってことは。
「ち、ちが、これ、あたしじゃな」
「……? どういうことだよ」
「えむ、は、無事、です。これはえむじゃなくて、えむじゃなくて……」
「……そういえば、男子二人がいないな」
「っまさか、」
お兄さん二人も察したらしい。
顔を見合わせて頷いたあと、晶介さんがえむの目線に合うようしゃがみこむ。
「だいたいわかった、一回落ち着け。深呼吸しろ、パニックになる気持ちも分かるがとりあえずえむが落ち着け。吸って、吐いて……うん、大丈夫だな」
そこで一旦言葉を切って、聞いたことない優しい声でえむに聞く。
「悪いがこれだけハッキリさせてくれ。……どっちだ?」
「っく、つ、つ、つかさ、くん」
クッソあのうるさい方か! と晶介さんが立ち上がる。
「草薙さんは、怪我はないか?」
「えっ、あっはい、大丈夫、です」
そうか、と慶介さんが答えてから、また二人で顔を見合わせる。
「確認とるぞ、うるさい方……天馬が刺されて、ヤバイ方……神代が付き添いで救急車に乗ったんだな? 襲われた時の状況言えるか?」
「き、急にバッグから包丁出して、怖いって思ったら司くんに突き飛ばされて……その後は着ぐるみさんが……」
「……あとから丁重に礼をしないとな」
「よし、だいたい把握した。お前ら二人とも、今からこっそりフェニラン出ろ」
「「えっ?」」
パニックになりかけていた頭がフリーズする。
いいか、と耳打ちするように晶介さんが声をすぼめる。
「今襲ったやつは鳳家のボディーガード……お前ら風に言えば着ぐるみだな、が取り押さえてる状態だ。警察に通報したから直ぐに連行される。その時お前らがここに残ってたら確実に重要参考人として軽く二時間は質問責めだ。それより早くあいつの容態確認したほうがいいだろ?」
えむが目をぱちくりとさせる。
「あの神代ってやつが使ってた抜け穴まだ残ってるから、そっから出ろ。車呼んでおく。まあ残ったことは俺たちで何とかするから」
「目を覚ましたら、ちゃんと礼を言うんだぞ?」
お兄さん二人の言っていることを理解するのにしばらく時間がかかった。
「……うん、行ってくる」
「お大事に言っといてくれ」
「着替えた方がいいな、ロッカー寄ってから行けよ。そのままじゃかるくスプラッタだ」
わたしたちはお兄さん二人のお言葉に甘えて、ロッカーに向かって駆け出した。