チョコレート戦線 part2エクランドゥが長期休みに入り、チェリベリーはミルクティーを片手にのんびりと過ごしていた。
お菓子屋さんというのは、仕込み時間を踏まえてかなり早い時間から始まる。パティシエ希望のチェリベリーもプラリネに合わせて、その時間にはキッチンに入るようにしていたため、すっかり体が早起きするサイクルになっていた。
二度寝も考えたが、せっかく起きたのに勿体無いと思い、映画でも流しながらのんびり家事をやっていたというわけだ。しかし、今やそれも終わり現在は11時。
「(んー、お出かけでもしようかな〜。でも昨日クレアとカフェ巡りしたし……)」
外を見ればとてもいい天気だ。こんな日に部屋にこもるのも勿体無いと思い、チェリベリーは身なりを軽く整え、上着を羽織り、行く宛もなく歩こうと外へと飛び出した。
行くあてがないというものの、慣れとは不思議なもので足は自然と職場であるエクランドゥへと向かう。現在は店長であるプラリネもいないため、行ったところでなぁと思いつつ、足を運ぶとエクランドゥの前に見慣れない女性が立っていた。銀の長い髪に、綺麗な着物を着ている。
「(もしかしてお客様かな……?声かけるべき…?)」
そう考えていると、後ろから業者らしき人たちが現れて、女性に挨拶をしている。女性もペコリとお辞儀をして、エクランドゥの扉を開けて、業者たちを中に案内していた。
「あ…そっか、今日、清掃業者が入るって書いてあったかも……」
チェリベリーはプラリネに配られたお知らせの内容を思い浮かべる。確か業者が入る日は、立会人としてプラリネの姉弟子が来るとも書いてあった。つまり先程の女性がそうなのだろう。
「(店長の姉弟子ということは、彼女もパティシエなのだろうか…もしよかったら話聞けないかな…)」
そんなことを考えながら、エクランドゥを覗き込むと作業は始まりだし、中で見ていた姉弟子らしき女性と目があった。
長くキラキラとした銀髪の奥で、鋭く光る青い目。端正な顔立ちながらも、どこか冷たそうな雰囲気をまとった女性がツカツカとこちらによってくる。
「お客様かしら?今日はここはお休みです。お引き取りください」
「え……あ、私、ここの店員、です……」
「そう。じゃあ、帰りなさい」
なんてこった。挨拶する気もないってのか。冷たすぎる対応だ。プラリネは「優しい人よ」って笑っていっていたけれど、全然そんなことない。
「あ、の…ぷ、プラリネ店長にお菓子作りについて、ご指導いただいてるチェリベリーと申します。姉弟子さん、ですよね?」
けれど、ご挨拶しないのも変だと思い、チェリベリーは必死に言葉を紡ぐ。しかし目の前の女性は訝しげに口を開いた。
「プラリネが…?はぁ…またあの子は善意でそんなことをやってるのね……信じらんないわ……」
深く深くため息をつく。その言葉にチェリベリーは強い不快感を感じものの、顔には出さずに握手を求める。その手をチラリと見て、女性はふいと視線を反らした。
「六華よ。悪いけど、握手は遠慮させていただくわ。暑さで手が溶けちゃいそうだもの」
六華と名乗った女性はツンとした様子で告げた。チェリベリーはあまりの不快感に、六華と仲良くはなれないと判断し、この場を立ち去るために、軽く挨拶を使用と口を開く。
その時に、ピリリリリリとスマホの呼び出し音が鳴った。着物の懐から六華がスマホを取り出す。
「はい、六華です」
完全に立ち去るタイミングを逃した。チェリベリーは早く終わらないかな〜と目線をあちらこちらに彷徨わせる。しかし、六華が焦ったように発した言葉に、冷水をぶっかけられたかのような感覚に陥ることとなる。
「は?プラリネが意識不明…?」
六華の言葉に、指先が一気に冷えた気がした。
『エクランドゥ お休みのお知らせ
店長が体調不良のため、長期間お休みを頂くことにいたしました。次回の開店はまた改めてお知らせさせていただきます。大変申し訳ありません 店長』
そんな貼り紙を前にカブリは立ち尽くした。1週間お休みをすると聞いた時は、目当ての人に会えない寂しさこそあれど、リフレッシュも大切ですよね!と心の中でウンウンと頷いていたものだ。
そして1週間後、ウッキウキで開店時間に合わせて、エクランドゥに来たら、まさかの延長。しかも、その目当ての人の体調不良。動揺しないはずがなかった。
「え……え……?ぷ、らりねさん?お、おみまい……え…どこ……?どこ…?」
言葉が上手く頭の中でまとまらない。手を彷徨わせて、おろおろするしかできない。そして気がつく。プラリネに連絡する手段がない。
それも当然だ。あくまで二人はお店の店長とお客。カブリが一方的にプラリネに恋慕を向けているだけであり、けして連絡をとりあうような中ではない。なんなら、プラリネの今の状況がわかりそうな店員さんたちの連絡先もしらない。
「(というか、これ下手したら、うちの店に来たメンヘラ客と似たようなことしてる……)」
治安の悪い自身の職場に現れる、顔のいい店員を彼氏彼女と思いこんでる地雷オブ地雷系の客と似たようなことをしている自分にも気づき、それも相まってカブリは絶望するしかなかった。
カブリは決してプラリネに迷惑をかけたいわけではない。きっと頼れる人が側にいてくれるだろうと己に言い聞かせ、帰路につこうと足を向けると
「あーーーー!いたーーーーーー!!!カブリさーーーん!!!!!」
店の裏手から飛び出してきた、黒髪の長い耳を持つ女性が大きな声でカブリを呼び止める。驚いて、振り返ると目の前にエクランドゥの制服が飛び込んできた。
「キャーーーーーー!!??!?!」
カブリの情けない悲鳴と共に、後ろにひっくり返る。どうやら、エクランドゥの店員が飛び込んできたらしい。袖口やエプロンが青く、そして背中に特徴的な羽。見覚えがあった。
「えーと、クレア…さん…?」
「はーい!クレアです!こんにちは!!!」
飛びついてごめんなさーい!と軽い感じで謝りながら、クレアはカブリの上から降りる。
「クレアちゃん!飛びついたら危ないよ!カブリさん、大丈夫ですか!?」
後ろからやってきて、手を差し出してくる獣人はもっとよく知ってる。ケーキをよく包んでくれてる、チェリベリーだ。
「だい、丈夫です。ありがとうございます。」
チェリベリーの手を借りて、身体を起こすとそれよりそれより!とクレアが涙声でカブリに声をかけてくる。
「プラリネ店長、カカオグラに殴られて、意識不明だって!!!!」
「…………………………は?」
いしき、ふめい………イシキフメイ………と何度も頭の中で復唱する。そして、言葉の意味を理解したときに、カブリはクレアの肩を強く掴んだ。
「ど、ドコに……!!!ぷ、ぷらりねさんは…!?無事なんですか……!?!?」
思った以上に大きな声が出たのだろう。肩を掴まれたクレアはもちろん、チェリベリーも驚きで固まっている。その様子にカブリはハッと冷静さを取り戻す。
「す、すいません……あの……」
「て、店長は…!」
謝罪に重ねるようにチェリベリーが不安げな声で喋りだす。
「タットゥーインという国に、カカオグラというモンスターを討伐に行きました。ただ、3日前に仲間を庇って、カカオグラに弾き飛ばされてしまい…。すぐに病院に連れて行ったそうなんですが、まだ意識が、戻ってないそうです………」
最後の方はチェリベリーも涙をこらえるように話していた。クレアもいつもの元気さはなく、唇を噛み締めている。
「な、なんで、それを俺に……?」
「だって、カブリさんは店長のこと好きでしょ?」
「教えといたほうがいいかなって……」
どうしよう…と涙ぐむ二人をなんとかなだめながら、カブリは思考をめぐらしていた。
「ぷ、プラリネさんの病院とか…わかるの…?」
グズグズと泣くチェリベリーが、1枚のメモを差し出した。
「店長の、姉弟子って人が電話で聞いてメモしてたやつです……。その人はもうタットゥーインに向かってますけど……」
カブリはそのメモに目を走らせる。そして、グッと覚悟を決めた。
「会いに行きましょう」
「……え?」
「ここに居ても、不安になるだけですから!お二人の声を聞けば、プラリネさんなら目を覚ますかもしれないですし…!とりあえず行きましょう!」
なんてことを口走ってんだ…!と、思わず己に言いたくなったが、そんな恥ずかしさなんてどうでも良くなるくらいカブリは、大好きな人が大切にしてる二人を悲しませたくなかった。それだけなのだ。