かくして取引は成された「よう、お前か。エースを名乗ってるやつってのは」
冷たいコンクリートの建物に、低く気だるげな声が響く。目の前の扉から現れたボロボロのキグルミ。扉の向こう側から聞こえる、この場に似つかわしくない楽しげな音楽と人々の喧騒。コンクリートの床が繋がっているはずなのに、キグルミが現れた扉の向こうには木造の床が広がっている。
何者かわからずに眉を寄せ、相手を観察しているとキグルミが「うおっ」と声を上げる。
「おいおい随分派手な遊び方してんじゃねぇか……」
そう言ってみつめてるのは、床に転がる人の体。それも一つではなく、たくさんの。
「ハッお上品なアンタらには見なれねぇか?」
「お前らみたいにあちこちに噛みつかないって言えよ、クソガキ」
煽ったつもりだが、薄汚れたキグルミは呆れたように、馬鹿にするかのように返事をする。その反応に少しだけ腹がムカッとする。しかし、深呼吸をして、気持ちをなだめる。すると、目の前のキグルミがおや?と不思議そうな顔をする。
「なんだ、ちゃんと考えられるのか。猪突猛進な愚か者だと思ってた」
「あ??」
「ははっ冗談さ、エース様。さてと…」
睨みつけても軽く流し、キグルミは芝居がかった仕草でお辞儀をする
「申し遅れました。私はスノウ・ホワイト。Funny Worldの案内人。赤熊殿。お茶会へのお誘いだ。き、テッ!!!?!?」
最後まで話し切る前に乾いた音ともに、スノウと名乗ったキグルミの頭が吹っ飛ぶ。
音のした方へ視線を向けると、先程痛めつけた相手の一人が、煙を吐く拳銃を持っている。そして鬼気迫る顔で、ソレのトリガーをひく。
乾いた音が再度響き渡るが、それは頬をかすり、後ろの窓を割った。
ゴロンゴロンとスノウの大きな頭が転がってくる。
「いやはや、話しをしているときに割り込んでくるなんて、躾のなってない奴らだ……」
キグルミの頭の下にあるはずの、顔がない。しかし、首のないスノウは飽きれたように肩をすくめ、黒い煙が集まってできたかのような槍を何度も拳銃を打った相手に突き刺す。
刺されている相手は、小さく汚い声を出しながら、刺されるたびに血飛沫をあげる。
そんな声すらも聞こえなくなったころに、スノウは満足したのか、ふぅと一息をつきそして転がった頭を拾い上げた。
「さてさて、では行きましょうかエース様。………ってげぇ!!めっちゃ血ぃついた!!」
首のないため表情こそわからないが、コミカルに声をかけ動くスノウに思わず舌打ちがでる。
「………ミスったかもな」
「お?今更か?」
小さく言った言葉をスノウは目ざとく聞きつける。その声はイヤに楽しげだ。
「イカれた国にはイカれた国の法がある。のまれたくなきゃ、尻尾巻いて逃げるのが適切さ」
スノウは血のついたキグルミの頭を被り直す。そして、槍を引き抜きくるりと回転させると、長かったソレは小さな黒いツヤツヤの鍵に変わる。
馬の顔が型どられた持ち手を、スノウは向けてくる。キグルミの表情は変わらない。しかし、それはまるでこちらを試しているかのような、ニヤニヤした顔に見えた。
「イカれた国にイカれた法?」
腹の中に渦巻くムカつきを抑えながら、鍵を奪い取る。
「そんなもん今更だろ」
奪い取った鍵を、スノウの後ろにある扉の鍵穴に差し込めば、突然に扉が光り、視界を埋め尽くす。
どこか遠くで馬の嘶きが聞こえ、視界が光りに慣れたころには、目の前にコンクリートの壁も床もなくなっていた。
「ここは……」
「やぁ、キミが私のお金を返してくれる奇特な子かい?」
赤熊が視線を上げれば、目の前にはとぐろを巻いた超巨大なアオムシの上に座る、耳の長い銀髪の女がこちらを楽しげに見つめている。よく見れば、その女の隣で見たことある相手が黒いソファに座っていた。
「私のお茶会へようこそ、エース殿」
赤を貴重とした派手なドレスに、黒い冠、そして相手を見下すように紫の目。自らをクイーンと名乗る図々しい男。
「ハロウィン以来だな。あれから音沙汰がなくて死んだかと思ったぜ、女王様」
「ご挨拶だな。首をはねてやりたいが、今の私は機嫌が良い。なんてったって、そこにいるクソ妖精の悔しがる顔が見れたからな」
なあ?と意地の悪い顔を銀髪女の方へ向ける。銀髪女はふぅーとひとつシーシャから煙を吐いて、微笑む。
「えぇ、えぇ、本当に。私が1000年かき集めてきた愛しいお金たちが、200年分も減ってしまって………」
銀髪女はまたひとつ煙を吐き、ゆるりと金の瞳を三日月に歪める。
「本当に忌々しい限りだよ」
底冷えするような声が、空間に響く。それと同時に地面がグラリと揺れる。壁がじわじわと捻じれ、こちらに迫ってきている。
「(何かの魔法か…?)」
赤熊が足を踏ん張りながら、様子を見ているとこんなことは慣れているのか、クイーンは笑いをこらえて、スノウはやれやれといった様子で肩をすくめる。誰も止める気がないようだ。赤熊は仕方無しに口を開く。
「………茶番を続けるなら、今回の話はなくすぞ?」
そう言うと、銀髪女の剣呑な表情はコロリと変わり、わざとらしい笑顔に変わった。
「これは失礼。お客人を立たせっぱなしだったね」
そういって、銀髪女はシーシャを吸い込みフーと大きく吐く。すると、吐き出された煙が集まり、みるみるうちに人が一人座るようのソファと茶菓子が並んだテーブルになる。
警戒して座らないでいると、何も仕掛けてないさと目の前の女は笑った。
「さて、改めまして、私は紫煙。このサーカス団の演出家兼お財布担当さ。キミが私のお金を返しに来てくれた、赤熊くんだろ?」
「返しに来たつもりはないが?」
「んふふふふ、そうだ。そうだね。そうだった」
機嫌の良い紫煙に対して、訝しむ赤熊に後ろに控えていたスノウが話しかける。
「悪いなエース様。アイツ、頭がおかしいんだ」
「見りゃわかる。はぁ……で?返事は?」
右を向いても左を向いても変人に変人、変人しかいない。あまり話を長引かせるつもりもないため、椅子にも座らず単刀直入に赤熊は問う。
その答えは半分わかりきってたようなものだ。団員がほぼオバケになり、それらが逃げ出して、それを捕まえるために無茶な賞金をかけたサーカス団。
資金がなければ運営はできない。無法都市であるここでならなおさら。そして赤熊には、オバケ狩りで得た大金。喉から手が出るほどほしいものだと予測した。だから桜紅会の影響をより広げるために、大金をちらつかせた。
だというのにだ。目の前のクイーンと紫煙は落ち着いている。それはさほど問題ではないかのように。
「とりあえず座るといい、エース・オブ・スペード。いい取引をするには、良い関係から……。せっかちは嫌われるぞ?」
クイーンの長い指先ですいと動き、ソファに座るように促す。スノウが跪き、テーブルに置かれたポットから花のようなきれいなカップへと紅茶を注ぐ。
血のような真っ赤な紅茶からは、クラリとするような薔薇の香りがした。
「………ちっ」
舌打ちをしながらソファに座ると、スノウは紅茶を赤熊の前においた。
「あんま長くいるつもりはねぇぞ」
「おや、お姫様と何か約束事でも?」
お姫様………からかうように言われた単語に、指先に力が入る。
「色々と調べさせてもらった。……桜紅会、ね。まるでおままごとみたいな組織だな」
クイーンは赤熊の様子を気にすることなく続ける。
「自分勝手で愛したがり愛されたがりなわがまま娘。そして、それを誰も止められない。己の美貌と口先だけの世間知らずなお姫様。私にはわからない魅力だ。………いや、人間らしからぬイカれた思考の持ち主だからこそ、『特別に思われたい』なんて考える愚か者がついてい…」
「黙れ!!!」
怒号とともに、テーブルが揺れる。ガチャンと音を立てて、カップが倒れる。
赤熊の手が遅れてジンジンと痛みを訴える。拳の下には、先程スノウに出された白いカップがバラバラに砕けてた。溢れた赤い紅茶に、赤黒い濁りが混ざる。
赤熊からの刺すような視線に、クイーンは笑みを崩すことなく続けた。
「気を悪くしたなら申し訳ない。私は彼女の魅力こそわからないが、その影響力には驚かされたと言いたかったんだ」
白々しい……とスノウが呟く。クイーンの悪いところだ。敢えて神経を逆なでして、冷静さを失わせ、取引の主導権を握ろうとする。
「そこまで言うなら、この取引はなしでいいな?愚か者とは取引したかねぇだろ?」
赤熊は怒りを抑えるかのように低い声でそう告げる。しかし、クイーンはやれやれと言ったふうに首を横に振る。
「せっかちは嫌われると言っただろ?まず、貴殿からの取引の返答を言おう。私達の買い取りはなしだ」
「はあ???」
「我々としては、サーカス団は中立の場でなくてはならない。ヤクを流されて、質の低い客を増やすわけにはいかなくてね」
クイーンへの睨みをやめない赤熊に、紫煙がシーシャの煙を吐き出しながら告げる。
「キミが私達のことをどこまで知ってるかわからないけれど、ここはサーカスとしてだけじゃなくて紳士淑女の交流の場になってるんだよ」
またフゥーと煙を吐けば、周りの景色が変わる。高級感の漂う赤絨毯、並べられた丸いテーブル。そして正面には大きなステージ。
「ここはオークション会場。招待された金持ち連中がこぞって金を積んで、人を物を買っていく」
うちは中々質がいいものが揃ってるからね〜と紫煙は呑気に話す。
赤熊もサーカス団が裏でオークションをやっているのは知っていた。だからこそ何が言いたいのかが分からない。そんなのは無法都市の中ならどこでもやってることだ。珍しくもない。
「『珍しくもない』とか考えたかな?たしかに珍しくもない。無法都市の中だけならね……」
「まどろっこしい。つまりなんだ」
結論を急かす赤熊に、紫煙は「キミはほんとにせっかちだね」とクスクスと笑う。
「キミもここに来るときに見たろ?どこの扉からでもここにつながる不思議な扉。それらが世界中にあるとしたら?」
「……は?」
「マスターキーを持ってるのは、クイーンとそこにいるスノウだけだけどね。招待状と魔法陣が書いてある扉があれば、どこの国のどこの立場の人間も、ここに来ることができるのさ。それこそ、様々な国の王様、政治家やマフィアのボス、大富豪等々」
クラリとする。赤熊は力が抜けたかのようにソファに座る。頭の中では思考がめぐる。
魔法なのだろう。しかし、そんな強力なことができるのか。赤熊は魔法には疎いが、そんな強大な力を持ってるやつなら噂くらいにはなるだろう。しかし、そんなのは聞いたことがない。
「『どうやって?』ってとこかな?まあ、私とそこのスノウとの合わせ技、ってところかな?」
赤熊の思考を読むかのように、紫煙が楽しげに言葉を紡ぐ。嘘みたいなとんでもない話。しかし、先程世界を歪めた力を見るに、不可能ではない気がした。
ぐるぐると悩む赤熊にクイーンが口を開く。
「さて、ここからが取引だ。うちの買い取りはさせない。だが、世界中の権力者たちが集まるこのオークション会場。出会いの場としてはもってこいじゃあないか」
ゆったりとクイーンが立ち上がり、赤熊に近づいてくる。そして赤熊の怪我した手にふれる。
「我々としても客の交流にいちいち首を突っ込むほど暇でもなくてね。ここで食事を楽しんで、その裏でどんな取引をしようが、同盟を組もうが、お客同士でトラブルが起ころうが関係はない」
「あ、ちなみに、桜紅会と仲が良くないところには、まだ招待状贈ってないぞ」
ついでとばかりに、救急箱を持ってきたスノウが告げる。
ここまで言われて目の前の奴らが何を言いたいのか、赤熊でもわかった。顔を上げて、クイーンを見る。クイーンは変わらず挑発するような目で笑った。
「貴殿のお姫様ならここを上手く使うだろ?」