チョコレート戦線バレンタイン。それは愛する人へ、愛を伝える甘酸っぱいイベント。そんなイベントを盛り上げるアイテム、チョコレート。
名のあるお菓子メーカーやスイーツ店が、この時期に向けて様々な案を出し、いかに売上につなげるか頭を抱えている。
さて、この世界では植物であるカカオから作られるチョコレートが主流であり、最も流通しているものである。カカオを育てるのは、他のチョコレートを入手する方法よりも安価で、天候によってやや差があれど、収穫量も味も安定しているが故である。
しかし、カカオから作られるチョコレートよりも、美味しいチョコがとある魔物から捕れることはご存知だろうか。
それは巨大で、気性が荒く、しかしその体内で生成されている液体は、カカオのチョコよりも濃厚で、薫り高い。その魔物の名は………
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「カカオグラ?」
「そう。とても大きなカカオにモグラの手足、髭がついたような超巨大なモグラよ 」
閉店したエクランドゥの片付けをしながら、店長プラリネの話を聞くチェリベリーとクレア。好奇心旺盛な二人は目をキラキラとさせ、プラリネの話しに耳を傾ける。
「タットゥーインっていう砂漠がある国に生息していて、一時期は絶滅危惧種に認定されるくらいだったんだけど、最近は増え過ぎちゃって地域の問題になってるから、子育てが終わるこの時期に狩りが解禁されるのよ。カカオグラのチョコレートはとても濃厚で美味しくて、希少価値が高いのも相まって、超高級チョコレートとしてよく市場には出回るわ」
「へぇ!知らなかった!」
「そんな美味しいなら、食べてみたいね〜」
興奮気味なクレアを少し止めながら、チェリベリーもワクワクした顔で笑う。パティシエを目指す身としては、味など気になるものなのだろう。
ポケットに入っていたスマホで、さっと調べたチェリベリーはすぐに顔を青くする。
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「カカオグラの生チョコ、1箱1000円……!?!???」
「えーーーー!!!たった4つしか入ってないのに!!?!?」
「超高級チョコレートって言ったでしょ?」
チョコの値段をみて、わぁわぁと話す二人を微笑ましく見ているプラリネは、掃除道具を片付けて振り返る。
「そして来月のうちの一押し商品として、そのカカオグラを使ったチョコケーキにしようかと思ってるの」
ゴトンと大きな音をたてて、スマホが落ちる。店員二人の顔には困惑と疑問がありありとうつっている。
「ウチ ソンナニ オカネモチ……?」
「テンチョウ ワルイコト シテル……???」
固まる二人に思わず吹き出してしまう。それもそうだ、無法都市で経営するケーキ屋としては、かなり良心的な値段設定かつ違法行為をせずに経営をしているエクランドゥが、そんな高価なチョコを材料に量産できるほどの財力があるわけない。
しかし、プラリネはにこやかに否定する。
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「ちがうわ。カカオグラを狩りにいくの」
「「え……!?」」
二人の驚きの声が重なる。そんな二人を気にせずに、プラリネは続けた。
「パティシエとして修行してた時のツテがあってね。年に一度のカカオグラ討伐を手伝って、その報酬に討伐分のチョコを頂けることになってるの」
その言葉に目を輝かせたのは、クレアの方だ。
「すごーい!!!てんちょー私もいきたーい!!」
「んー残念ながら、これは国であるタットゥーインからの正式な依頼だから、狩猟資格を持って10年以上たつ人じゃないとできないのよ」
プラリネが困ったように笑って告げると、クレアの羽がシュン…と元気をなくす。
「クレアちゃんは、まだ狩猟資格持ってないもんね…」
「言ったなー!いつかとるもん!」
チェリベリーに更に言われて、クレアは唇を尖らせながら、「デュクシ!デュクシ!」とチェリベリーをつつく。それを「やめてよー」と笑いながら受け止めるチェリベリー。じゃれつく二人をなだめるために、プラリネは2回手を鳴らした。
「というわけで、エクランドゥは、1月の第二月曜日から第三月曜日までの1週間ほど、施設の点検も兼ねてお休みにします。二人ともいつも頑張ってるから、たくさん休んでちょうだいね。詳しいことは、あとでお知らせを配るからそこを確認して」
「「はーーい」」
1週間のお休みかー、なにしようかなーと話に花を咲かせる微笑ましい二人を横目に、プラリネはお店に施錠を確認する。
「(さて、わたしも、色々準備しなくっちゃ)」
討伐の日まで残り1ヶ月。必要なものややるべきことを、頭の中でリストアップしながら、次々と鍵を確認する。ふと顔を上げると、すでに着替え終わってクレアを待っているのか、不安げな表情のチェリベリーと目があった。
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「チェリさん、どうかしたの?」
「あ!いえ、その………カカオグラってとても凶暴なんですよね…」
言いづらそうに言葉をつまらせるチェリベリーに、プラリネは「あぁ」と合点がいく
「まぁ、100%無事で帰ってこれるとは言い切れないわ。『もしかしたら』があるかもしれないわね」
「…そうです、よね」
チェリベリーの優しい表情が更に曇ってしまう。プラリネはそんなチェリベリーを見て、安心させるように頭をなでた。
「大丈夫よ。討伐に関しては国からの手厚い補助もあるし、わたしもそうならないように全力を尽くすわ。……もし仮にそうなったとしても、ちゃんとエクランドゥは残せるように根回しはしてあるの」
だから安心して、とはプラリネには言えなかった。もしもの可能性はどんな討伐にだって十分にある。ベテランしか呼ばれない今回はなおのことだ。
だから言えない代わりに、笑顔を見せる。そうするとチェリベリーの不安な表情が少しだけ和らいだ。
「チェリーーー!!!おまたせーーー!!!帰ろーーー!!!」
そう元気にスタッフルームから飛び出してきたクレアに「うん!」と元気な返事をするチェリベリー。
そんな微笑ましい二人の笑顔を曇らせることはしたくない。プラリネはもしもの可能性を振り払い、必ず戻ることを強く心に誓い気合を入れ直した。
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1月の第二週の某日。
想定外の大きさの蟻地獄、その中心には獰猛なカカオグラのメス。その腹の下にはカカオグラの子どもがいる。どうやら随分と出産が遅れに遅れた個体らしい。
「まずい!!!!蟻地獄に閉じ込められるぞ!!!撤退!!!!!撤退ーーーーー!!!!!!!」
後衛の誰かが叫ぶ。後ろに控えてる魔法使い達が防御壁を張るものの、子を守らんとする母カカオグラはこちらを敵と認定し、猛攻を仕掛けてくる。蔦のような長い髭を自在に動かし、地面に叩きつけ、巨大で鋭い爪の生えた手足を振り回す。
プラリネ含む前衛は、防御壁を掻い潜る攻撃たちを捌きつつ、自分より後ろのパーティが撤退するのを待つ。
1台、2台と次々とここまで乗ってきたトラックが、カカオグラが生み出した蟻地獄から全速力で逃れていく。
「前衛メンバー!!!もう大丈夫だ!!!乗って!!!」
運転手であるタットゥーインの軍人が叫ぶ。防御壁が張られるタイミングを見計らい、プラリネ達も全速力でトラックへ向かう。後ろでは怒り狂うカカオグラの声。鳴き声だけでもビリビリと体を震わせるほどであり、今にも防御壁は破れそうだ。
次々とメンバーがトラックに乗り込む。プラリネも乗ろうと、武器を背負った瞬間。視界の端っこで、誰かが転んだのが見えた。それと同時にバリンと割れる音。
プラリネは即座に引き返し、転んだ人のもとへ走る。転んだ人の手を握り、関節のことなどを考えずにありったけの力で、ハンマー投げのようにその人をトラックの方へと投げ、即座に振り返り、背中にあるハルバードに手をかける。
しかし、その時にはカカオグラの長く巨大な手が、すでに真横にあり、プラリネは一瞬の浮遊感を感じるとともに、意識を手放した。