ピンク髪のよしみということでカルデア内図書館。
そこには古今東西ありとあらゆる本が揃っているカルデア内の憩いの場の一つである。
今日はそんな図書館にて一人の少女が、プルプルと震えながら手に届かない本に想いを馳せているところから物語は始まる。
「あ、と、す、こ、し〜〜」
そう言って本棚の3段目に懸命に手を伸ばす少女は苺花。齢15でこのカルデアへやってきたマスターの一人である。
図書館内には、高いところでもスムーズに本が取れるように踏み台が用意されているが、現在全部使用中ということで、およそ10分ほど己の身長と本棚と戦っている最中だ。が、しかし、現実は非情である。あと少しどころか、3段目の棚に手がやっと届くくらいで、本を取るにはやはり踏み台が必要らしい。
「……そろそろ、踏み台空いたかな〜」
己の不甲斐なさに肩を落としながら、踏み台探しに行こうとすると、すっと現れた影が苺花のほしい本をあっさりと抜いてしまった。
「………あ」
「取られてしまった」としょんぼりと目線を落とす苺花の前に、本が差し出される。目の前にある本に、苺花の思考は停止し、目をパチパチと動かす。すると、本を差し出している相手が困ったような声で話しかけてきた。
「ほしいのは、この本じゃなかったか?」
少し聞き覚えのある声に苺花の目線が上がる。そこにはピンク色の長い髪を一つに束ねた青年が立っていた。
「フォウ、さん……?」
「おう。で、この本で合ってるか?」
急いでコクコクと頷く苺花に、よかった、と笑うフォウ。そのまま、じゃあな。と離れようとするフォウに急いでお礼を言う。
「フォウさん、えと、ありがとうございました〜」
90度のキレイなお辞儀をすると、バサバサバサと何かが落ちる音がする。よく見るとそれは、苺花が抱えていたファイルの中から出てきた紙達で、本棚と本棚の間の少し狭い道を塞ぐように散らばっていた。続けて、ゴトンと苺花の筆箱まで落ちたものだから、苺花の顔はあっという間に熱を持つ。
「す、すみません、すぐどけますね〜」
ワタワタと紙を集める苺花。あまりの恥ずかしさに、相手の顔なんて見ることができない。すると、視界の端っこで銀の手が紙を集めるのが見えた。恐る恐る視線を向けると、困ったような笑っているような表情をしたフォウが同じ目線にいた。
「手伝う。」
そう短く伝えると黙々と紙を拾い始める。その横顔はあまりにも美しく、いつも人の醜美なんて気にしたことない苺花でも、思わずほぅ…とため息が出てしまうほどだった。
「(セブンさんとはまた違う顔立ちしてるんだなぁ)」
なんて、頭のどこかで青い髪をした口下手な青年を、フォウを見ながら思い浮かべる苺花に、見つめられた相手は恥ずかしそうに口を開いた。
「そんなに見られると穴が開きそうだから、やめろ。」
ぺしょりと頭を集めた紙で叩かれる。
「あ、はい、すいません〜。あんまりにも綺麗だったから……あ、紙も拾ってくださりありがとうございます〜」
「いや、少しでもこないだの礼ができたならいいよ。」
こないだ……となんのことだか全く思いつかない苺花に、フォウは苦笑いで答える。
「サメのホッチキス。セブンだけじゃなく、俺にもお土産くれただろ?使い心地もいいし、フォルネウスも妙に気に入ってて、『お礼したい』って言ってたぞ」
「ふぉる……?」
「俺のサーヴァント」
「あぁ、デースさん。え、お礼?」
デースさん、ことフォルネウスの姿を思い浮かべるが、ここのところ数日、両手を広げて追いかけてくる様しか出てこない。
妙にニコニコしていて、身体が大きくて、すごく怖かったため苺花に「うちのマスターに近づくんじゃありまセーン。次やったら海のもずくデース」的な牽制をされているのかと思っていた。しかも、こっちは必死に走って逃げてるのに、歩いて追いかけて来るため、苺花的にはヒューマンホラー体験になった。
「脳内BGMはクシコス・ポスト……」
「くし……?」
「なんでもないです〜。もしかして、あれがお礼だったんですかねぇ……」
「……なにか迷惑かけたのか?」
若干の怒気がはらむ声に全力で首を横に振る。迷惑じゃない……とは言い難いが、いい運動にはなったと伝えると、フォウがホッとした表情を見せる。
「実は俺もなにかお礼をしたいんだ。でも気の利いたことは何も思いつかなくってな。せっかくだから、何がいいか聞いてもいいか?」
「そんな、別に私が勝手にやったことなので、お気遣いなく〜」
「ほんとに嬉しかったんだ。だから、な?」
ぐぅ、顔がいいとはこのこと。苺花は思わず口をきゅっと結ぶ。しかし、お返しなんてほんとに気にしなくていいのも事実。なんとかして、この場を切り抜けたいと思った矢先に、フォウが口を開く。
「そういえば、苺花……さん、のサーヴァントは、中国の英霊なのか?」
「え、いえ、わたしのサーヴァントは日本の英霊ですよ〜。なんでですか〜?」
「いや、だって、それ、三国志だろ?」
それ、と指をさされたのは、先程フォウに取ってもらった本「三国志」だった。フォウの中では「ただ興味があるだけか?」と理由などさして考えてない質問だったが、苺花の答えは少し意外なものだった。
「あ、これはですね。こないだセブンさんが読んでた、か、ら……」
尻すぼみになる言葉、ようやく赤みがひいたと思った頬はりんごのように真っ赤になる。フォウも思わぬ人物の名前に疑問が浮かぶ。
「え、セブンが読んだから読むのか?」
浮かぶままに質問してしまうフォウに対して、苺花は真っ赤な顔のまま目線を彷徨わせる。思考する時間が肯定を示してしまう。しかし、理由も話さなかったら、ただのストーカー認定されてしまうのでは?と苺花の中で謎の焦りが出てきて、懸命に言葉を紡ぎだす。
「あ、あの、せ、セブンさんのストーカーとかではなくてですね〜。え、えと、こ、これを通してセブンさんとお話するきっかけが掴めたらなぁ、なんて思ったりしてまし、たぁ……」
もはや言い訳とも言い難いセリフに、涙目になる苺花。その様子を呆然と見ているフォウ。不自然な沈黙が、二人を包む。
「あ、あの、このことはセブンさんにはご内密に、お願いします〜。さっきのお礼はこれでいいので〜!では、失礼しました〜!」
耐えられないとばかりに苺花はあっという間に立ち去る。呆然とするフォウの背中に、ねっとりとした声色の男が近づいて声をかける。
「フォウさ〜〜ん♡ありましたヨ〜『残念な生き物図鑑』〜〜」
「あ、あぁ、よかったな。」
「?ドウかしましたカ?」
「いや……うん……」
フォウはすたこらさっさと去っていった、ピンク色のおさげの少女を思い出す。
「真っ直ぐな思いって、眩しいなって思っただけだ。」