星降る夜に(前編)『今日は一日中良い天気なので、双子座流星群がよく見えるでしょう』
ノイズが入りつつも今日の天気を告げるラジオに、布団に潜っていた少女は思わず目を輝かせる。
「なぁなぁ!トメさん、今の聞いたか!りゅーせーぐんだって!!りゅーせーぐん!!」
「聞こえましたよ、土筆お嬢様。外は雲一つない晴天ですから、きっと美しく見えるでしょうね。」
流星群のニュースを聞いて、ゴロゴロと嬉しそうに転がる少女、土筆はその言葉にさらにテンションが上がっていた。
「そろそろ私の風邪も治ったと思うんだ!だからさ!ね?ね?行ってもいいだろ?」
強請るように初老のお手伝いさんであるトメを見上げる土筆。そのタイミングで体温計がピピピと鳴る。トメが土筆の脇から取り出して、体温計を確認する。
「な!な!もう熱ないよな!学校も行っていいだろ?」
そわそわとランドセルと黄色い帽子を持ってくる土筆に、トメはきっぱりと言い切った。
「駄目です」
「ええーーーーーー!!!」
「37.5℃微熱がありますので、きちんと治すまでは学校はお休み下さい。流星群を見に行くなんて以ての外です」
トメはそう言って、土筆のランドセルと帽子を取り上げる。その対応に不満たらたらの土筆は最後の抵抗とばかりに、駄々をこね始めた。
「やだやだやだーー!もう一週間もどこにも行けてない!!!部屋の中で本読むの飽きたーーー!!!学校行くーー!!流星群見るーーー!!!!」
「そもそも土筆お嬢様が、風邪が治ったばかりの時に『エリマキトカゲみたいに水の上を走る実験』というのをしなければ、4日前に学校へ行けていたんですよ。」
「うぅーー!もうしないもん!!!もうほとんど治ってるしいいでしょ!!?」
「駄目です。ただでさえご当主のレッスンに遅れが出ているのです。またぶり返すことないよう、きっちり治してからにしてください。」
「うわーーーん!トメさんの馬鹿ーーーー!!!」
朝の忙しい時間から大きな声で騒ぐ土筆。そんな土筆の部屋を通り過ぎる影が一つ。
「つーちゃんうるさい……」
「さっちゃーーーん!」
颯稀が目をこすりながら土筆の部屋の前を通ると、土筆が抱きついてきた。颯稀はそれを迷惑そうに受け止める。
「さっちゃん、聞いてくれよ〜。トメさんったらひどいんだ!もう元気なのにまだ部屋にいろってんだぜ!!」
「つーちゃんがうちの池で変な実験したからでしょ。自業自得」
「さっちゃんもノリノリだったくせにーーー!!」
裏切り者ー!と叫ぶ土筆を、トメは捕まえ部屋に押し込む。そして襖を閉めて、魔術で開けられないよう鍵をする。
「うわーーん!出せーーー!!!学校ーーー!りゅーーーせーーーぐーーーん!!!」
「颯稀お嬢様、おはようございます。今、朝食をお持ち致します。土筆お嬢様も少々お待ちください」
「ん、ありがとうトメさん」
ドタバタと部屋の中で暴れる土筆を華麗にスルーして、颯爽とトメが立ち去る。
「すごいなぁ、トメさん」
「うっうっうっりゅーせーぐん……ぐすっ」
「つーちゃんはいつまで泣いてるの。そもそも流星群ってなんの話?」
「きょ、きょう、りゅーせーぐんがよくみえるって……ひっく……にゅーすいってた……」
「……もしかしてガチ泣きしてる?」
「うぅぅぅ」
朝から騒いだ挙句に泣き始めた同い年の妹に、面倒だな……と遠い目を始める颯稀。そんな二人の気まずい空気を吹き飛ばすように、明るい声が廊下に響く。
「おはよう、颯稀!と、土筆!」
「おはよー、さっちゃんつーちゃん」
やってきたのは二人の義姉である蓮と菖蒲。二人の登場に颯稀は思わずほっと息をつく。
「おはよう、レン姉さん、菖蒲姉さん。」
「おん?土筆はなんだ、泣いてんのか?」
「う、うぅ……りゅーせーぐん……」
「りゅーせーぐん?」
なんのこっちゃと顔を見合わせる蓮と菖蒲に、颯稀は簡単に説明する。今夜流星群が降ってくること。それを見に行きたいが、風邪が治りかけのためトメに止められたこと。
「いや、それは土筆の自業自得だろ」「つーちゃんの自業自得だね」
二人のハモったセリフに土筆の泣き声が弱々しいものになる。いつも何をするにも元気な末の義妹の弱々しい泣き声に、二人は慌ててフォローを入れる。
「じゃあ、俺の星座の図鑑貸してやるから。泣き止め、な?土筆?」
「つーちゃん、ほら、私の鯉のぼりなりきり寝袋を貸してあげるよ。トメさんに渡しとくからさ」
「姉さんたち甘すぎ……ほら、つーちゃん、泣きやんで。」
「……ゔ」
ようやく落ち着いた土筆に三姉妹が胸をなでおろす。そのタイミングで卵粥を持ってきたトメが三人に話しかける。
「蓮お嬢様、菖蒲お嬢様、おはようございます。朝食の準備ができました。お座敷にてご当主がお待ちです」
「あぁ、トメさんありがとう。菖蒲、颯稀、行こう。土筆、あんまりトメさんを困らせるんじゃないよ。俺らは行ってくるからな」
「うん、わかった」
素直に頷く土筆の言葉に、安心した三人は部屋の前から離れていく。それをお辞儀で見送ったトメは土筆にも声をかけた。
「土筆お嬢様、本日の朝ご飯です。」
「………またお粥?もう飽きた」
「そうですか。今日は鮭もつけさせて頂いのですが」
「!!食べるーー!トメさん大好きーーーー!!!!」
お座敷にも届きそうな土筆の声に、蓮、菖蒲、颯稀は顔を見合わせて笑った。