after chocolate見つけたのは故意じゃなかった。
ボクの筆箱がおそ松に勝手に持っていかれ、勝手に返されたと伝えられたのがついさっきのこと。テキトーに鞄に突っ込んどいた、と言われてボクの鞄を確認したけれど、そこに筆箱はなかった。
だとすると、いい加減なおそ松のことだし、違う弟の鞄に突っ込んだんだと思う。
だから、一番近くにあった鞄の中を覗いて探そうとして、別のものを見つけてしまった。
「チョコレート……」
四角いブロック状の、コンビニで買える一番小さなサイズのチョコレートだった。二月十四日は疾うに過ぎた。コンビニで気まぐれに買ったまま、忘れたものなのかもしれない。
でも、その包み紙には見覚えがあった。手に取ってひっくり返してみる。
『一松くんへ』。やっぱりそうだ。これは、クラスメイトのとある女子が全員に配った義理チョコだ。ボクも貰った。というか、一松にはボクから手渡した。席にいないから、渡しておいてと託されたから。一松君のぶんだから食べちゃダメだよ、なんて言われて、その場でマジックに一松の名前を書いて渡されたのだ。多分おそ松ならそんなの気にしないで食べただろうけれど。
明らかな義理チョコだった。それでもありがたいバレンタインのチョコだから、その日のうちにこっそり食べた。おそ松は貰ったその場で食べていた気がする。
そのチョコを、大事にとってあるんだろうか。鞄に入れたまま忘れている……なんてことはないだろう。目につくところにおいてある。ボクが鞄を開けて一目わかったんだから。
じゃあ、どういう理由で食べずにとってあるんだろう。まさか——、まさか。
黒い液体がポタリと落とされたみたいだった。じわじわと心に広がった染み。その正体はなんだろう。ざわざわする。
その時、こども部屋の襖が開いた。はずみで、そのチョコをズボンのポケットにいれてしまった。
「あれ。カラ松?」
「いいい一松?」
「なんでおれの鞄開けてるの?」
「えっと……これは。おそ松がボクの鞄から勝手に筆箱とっちゃって、でも、違う鞄に返しちゃったみたいで。えっと、だから……ごめん。その、勝手に見て」
「謝らなくていーよ。見られて困るもの入ってないし。あった?筆箱」
「今開けたばっかりで、探してなくて」
嘘だった。動揺して声が上擦って、早口になる。焦らなくていいよ、と一松が近づいて、鞄の中を見る。
「ない。他の奴の鞄かも」
「そうみたい。探してみる」
ホッとした。鞄の中を勝手に見たから、もっと怒ると思っていたけど。
鞄の口を閉じようとした一松が、あれ、と声を出した。心臓がドキリと大きく鳴る。
「あのさ。中にチョコ……入ってなかった?」
「えっ……チョコ?」
ドキン。ドキン。心臓が痛いくらいに大きく早く動く。冷や汗が出そうになる。
「ごめん。知らない」
「……そっか」
一松が眉根を寄せた。困ったような顔。でも、落胆していることをこちらに悟らせないようにしている。ぽとり。また一滴、液体が零れた。
「……大事なものだった?」
「え?」
「大事なら……、ボクも探すよ」
「いや、全ッ然?チョコ食べたい気分だったからさ、買ったんだけど」
あはは、と一松が笑った。
「コンビニのやつだし。持って帰る途中で落としたのかもしれないから」
だから気にすんなよ。そう続けた一松の笑顔はどこかぎこちない。
一松も嘘を吐いている。コンビニで買ったのも、大事に思ってないなんて言うのも、全部嘘だ。胸の奥で広がった苦い思いを誤魔化すように、ボクはポケットの中のチョコを布の上から触っていた。
一松が部屋から出ていく。チョコを探しに行ったのかもしれない。
はぁ。ため息をひとつ。誰もいなくなったこども部屋で、こっそりとチョコレートの包みを開ける。熱で周囲が少しだけ溶けていた。ぱくりと一口で頬張る。甘い。
「ごめんね、一松」
手にべとついたチョコがまとわりつく。喉に引っかかるような甘ったるさにまた一つため息をついた。
◇
家のどこを探しても、ゴミ箱を見ても、チョコレートは包み紙さえどこにもなかった。カラ松が食べちゃったのかもなぁ、なんて思った。それか、おそ松兄さんか。他の兄弟か。
プライバシーなんて無いのと同じだ。偶然、または故意に、鞄を開けたら、そこにチョコがあった。だから食べた。その程度のもの。
『はい、チョコレート』
ころんと差し出されたチョコ。嬉しかった。単純だ。仕方ないだろ。こちとら高校生だぞ。たとえそれがクラスメイトからの義理チョコだったとしても。
ため息をつく。
————大事なものだった?
聞いたカラ松の顔が頭を過る。こちらを窺う怪訝そうな顔。大事だった。大事なんだよ。
だって、お前がくれたものなんだから。