さぁそこへ膝をつけ三ツ谷は危ない性癖なんて持たない、健全な男子であると自負している。
(恋人はそれでも自分のことを変態だのと呼ぶが)
ないったらない。だが帰り道に通りかかったペットショップの店先、そこに置かれた首輪を見た時に脳裏に浮かんだのはそれを着けてる恋人の姿だった。だったらあとはもう、実行に移す他ないだろう。
「って、事なんですけど」
「へぇ」
差し出された黒い首輪を見て返事をするその声は、地を這うように低い。まだ着けてくれ、とも何も言っていないのだが、腕組みをしてこちらを見る恋人の圧の前では経緯しか説明出来ない。
三ツ谷は至って健全だ。健全だと自分では思っている。恋人の可愛い姿を見たくて何が悪いのか。その一心で人間の首におさまるように質のいい皮を買ってきて作り上げたオーダーメイドのその一品。決して引き下がるわけにはいかないのだ。どうにかして言いくるめ、はたまた取り引きをして着けてもらいたい。そう気合いを入れ直し口を開きかけたその時。
「いいぜ。」
「へ?」
ぽつりと、圧を放っていた恋人、大寿はなんでもないように首輪を手に取る。
「着けてやるよ」
「ほ、ほんとに!?」
「何震えてんだ」
「いや、これは感動して…」
「いいから、ちょっと後ろ向いとけ」
つける姿を見られたく無いのだろうかといそいそと後ろを向く。金具の音がしたと思ったその時だ。
背後から抱き締められた。
「え、大寿くん?」
ドキドキとするが、このままでは折角の着用姿が見ることが出来ない。振り向こうかと思ったその時、自分の首にヒヤリとしたものが宛てがわれた。
「動くな。」
「は、はい」
カチャ、と金属音が首元から鳴る。あ、と気がついたときには遅かった。大寿のためにオーダーメイドとして作ったその黒い首輪は、自分の首に嵌められていた。
「えっなんで!?」いや、何で!?
三ツ谷は混乱した。何せ快く承諾されたと思っていたのだから無理もない。その反対、大寿はと言えばさも分からないとばかりに首を傾げる。
「着けてくれ、って言ったろうが」
「大寿くんにな!オレに着けてってことじゃないから!」
日本語って難しいね!そう半ばヤケになって言えばぴくりとその形のいい眉が寄せられる。
「あぁ?オマエ、オレにそんなものを着けようとしてたのかよ。いい根性してるじゃねぇか。」
成程、彼の中では着けるなどと言う選択肢はハナから無かったらしい。のそり、と大寿の身体が揺らめく。まるで獣のようだと思った。気が付けば肩を抑えられ、床に倒されていた。
「普段から犬みてぇな所があるし、オレの犬にでもなりてぇのかと思ったが……大した思い上がりをしてるなァ、三ツ谷ァ。」
「あ、あの、大寿くん?いや犬って……」
「どうやら解らせてやらなきゃならねぇようだな。」
ぺろ、と舌なめずりをひとつ。ああ、これはアレだ。自分を犬のようだと言うが、そっちこそ捕食する前の猫のようじゃないか。そう思ったが言葉は大寿の口の中へと仕舞われた。
後にたっぷりと躾られ、倍返しをし、くそ犬との称号をもらったのはまた別のお話で。