不機嫌を隠しもせずに万次郎はドカリとベッドに腰を下ろす。据えた目でうつむくその背にはありありと険難が張り付いている。
「ヘソ曲げてんじゃねぇよ」
万次郎の険に思い当たるのか、向けられた背の頑なに男は苦笑する。その気配を感じながらも万次郎は振り向かない。
「ケンチン、ミツヤが気になるんだろ」
ほんの一時。男は万次郎の傍らから離れた。それが万次郎の密やかな臆病に刺さる棘になる。クチリ、万次郎の気弱を責める。
それが酷く滑稽なことは今さらだ。万次郎には男を責めることも、ましてや引き留めることも出来はしない。けれど許すことも出来ない。男は万次郎のものだからだ。万次郎だけのものだからだ。
「ちげーよ。…アイツの顔、見ておきたかっただけだ」
アイツ。そのひと言にさえ別格な響きを含んでいるようで、検討違いだとわかっていても小さな苛立ちが沸き上がる。
「‛相棒’だって言った」
「…聞こえたのか」
男の声を万次郎は逃さない。ため息ひとつ囁きひとつ逃さない。だからこそ、苦しい。
「ケンチンの相棒はミツヤだって」
オレじゃねぇんだ。そう責めることのできない万次郎がいじらしい。そう、口にすることができないことが口惜しい。
せめてこの手で拗ねるその背を抱きしめることが出来たなら。けれど堅には万次郎に触れることさえ叶わない。
堅には伝えることしかできない。ならばせめて、と思う。せめて伝われ、と。
「アレが最後だ」
その声音の神妙さに万次郎は思わず顔を上げると、注ぐ堅のまなざしに息を飲む。
「アイツは相棒だけどーーオマエはオレの全部だ」
そのまなざしにも言葉にも迷いなどなかった。
「全部なんだよ」
感触の無い指先が万次郎に触れる。肩に首に頬に大きな掌が触れる。頬を包む手の甲に触れればそのぬくもりも手触りもはっきりと浮かび上がる。この手を指を、知っている。小首を傾げ頬を預け、頬に触れる手のひらを包みこむようにして、うっとりとその感触を味わった。
すり、と頬を寄せればすっぽりと小さな頭は堅の胸元に引き寄せられる。もう誰にも奪われない。もう誰にも奪わせない。
「これから…タケみっちと殺ることに…なるな」
「…うん」
「(今)だけじゃ決着なんてつかねぇかもしんねぇな」
「…うん」
堅の言う「今」の意味をわかっている。それは命の意味だ。堅を失った世界の意味だ。
「それでもオマエ、タケミっちと殺るんだろ」
小さく、けれどはっきりと堅に頷いてみせる。今生での決死線が近付いている。そこに辿り着いたら引き返すことは叶わない。そこで果てるか地の底へ堕ちるかだ。どちらにしても地獄の門が開いている。
「オレはもう此岸のキワからはずれっちまってるけど」
ここから全部。何度でも何度でも、何度でも繰り返す命を全部。堕ちると決めたーー共に。
(オマエが巡るなら、どこまでもオレは一緒だから)
「連れてけ。オレを。今度こそ」
最期までーー。
オレはオマエの モンだ
ぎゅう、としがみついた万次郎の小さな頭を抱き寄せて一層隙間を埋めるように抱きしめる。
「ん、」
コクンと頷いた顎は細く華奢でさえある。
堅を想い、万次郎は歪に一途に可憐に枯れる。苦しむたびに迷うごとに、ヒトの肉をそぎヒトの姿を棄て、ついに万次郎は夜叉へと変わり果てるのだろうか。非道懐炉の煙幕の中、廻る焔のろくろの上で畜生残骸の終わりの無い奈落へと堕ちるだろうか。
どうせ六道夜叉と死霊の道行きならば六道でしかあり得ない。堕ちるなら、共に。まっ逆さまに果てるなら、際限の底へ。
歪む回廊の道連れに オマエを