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    #たいみつ

    最悪軸たいみつ③ 12月15日は、先日大寿と三ツ谷が行き合った美術展を再訪することで意見が一致した。あの展示室での抱擁のあと、終盤の作品をまともに見れていなかったからだ。帰り際、仕事の処理に少し手間取り、待ち合わせ時間ちょうどの到着になった大寿を、三ツ谷は入口につながる中庭で寒さに肩をすくめて待っていた。マフラーに埋まった口元と薄く色づいた鼻先は7年前と変わらないあどけなさをたたえている。大寿は待たせたことを詫び、そのまま手の甲で冷えた三ツ谷の頬を撫でた。「ここ外だよ」。咎める声に表情を変えないまま「関係ねえよ」と返すと、三ツ谷は呆れと愛おしさが入り混じったような表情で大寿を見てほほえんだ。

    「……おまえ、いつから絵なんか見るようになった」

     受付でチケットを購入し、階上の展示室に向かうエレベーターに乗りこむ。乗客は大寿と三ツ谷のふたりだけだった。大寿の問いかけに三ツ谷は首を傾げ「4、5年前だよ、たしか」とこぼす。エレベーターの扉が開き、展示室につながる廊下が現れた。

    「仕事の合間にぽっかり空いた時間があってさ。暇つぶしに、百貨店ぶらぶらしに行ったんだ。服とか、アクセサリーとか、見たくて。それで……ウワ、恥ずかしいなこれ」

     訥々と話していた三ツ谷がそんなセリフとともに耳を赤く染め、軽く握った拳を口許にあてて大寿から目をそらす。

    「……からかうなよ?」
    「そんなことしねぇよ」
    「……その百貨店のホールで、たまたま美術展がやってて……大寿くん絵好きだったよなって思って……見に行ったら、良かった……」

     三ツ谷は拗ねた子どものようにうつむき唇をとがらせた。それは7年前にも幾度となく見た仕草と表情で、大寿は自分の心が驚きと安堵で満たされるのを感じた。三ツ谷が自分で選び身を投じた環境は長い時間をかけて彼の体や顔つきを薄暗闇へと連れこんだが、本質は明け渡すことなく守り抜いたのだろう。大寿は相槌の代わりに薄くほほえみ、その黒髪を柔く撫でてやった。

     展示室はやはり人気が少なく、ふたりが肩を並べてひとつひとつゆっくりと作品を見て回るのに適した、穏やかな時間が流れていた。できることならずっとその肌に触れていたいのをこらえ、三ツ谷がときおりこぼす感想や質問に返事をしながら、ころころと変わる表情に愛おしさを募らせる。三ツ谷を斜め上から見下ろすと照明の具合によって目元に長いまつ毛の影ができて、まばたきに合わせてその影が揺れるのが三ツ谷と恋仲になる前から好きだった。

    「ルドンはさ、もともとモノクロの絵ばっかり描いてたんだろ」

     できる限り近くで寄り添いあいながら立ち入ったのは、あの日、大寿と三ツ谷が再会した展示室だった。暗い部屋で大寿を見上げた三ツ谷の言葉に頷き、目の前にそびえる傑作を見つめる。

    「ああ。モノクロの─────奇妙で鬱屈とした印象の絵だな」

     ふたりを包み込む色彩は、大寿がまぶたの裏に浮かべたルドンの初期作品群とは似ても似つかない。同じ人間が描いたとは信じがたいと言ってもいい。しかし、その隔たりこそ画家の────ひとりの人間の生き様である。
     オレはどうだ。大寿は自分自身に問いかける。物心ついたときから世界は暴力に満ちていて、生まれもった性格とあいまって大寿は苛烈にならざるを得なかった。暴力によって問題を起こし暴力によってそれを解決し、暴力によって感情を表現していた。日常のすべては傷や痣や血のにおい、誰かの悲鳴や泣き声、ひりつくような緊張感を伴っていた。
     しかし三ツ谷と出会い、大寿は凪いだ。人を暴力以外の手段で愛する方法を知り、そうやって人を愛し愛されることの心地よさと尊さを教えてもらった。満ちあふれた愛は、たわいない会話や仕草から言外に伝えることができるということも。

     オレこの絵すげぇ好き。そうこぼした三ツ谷の肩を、大寿は部屋が暗く他の来館者がいないのを良いことに抱き寄せる。

    「結婚して、子どもが生まれたあたりから、こういう絵を描くようになった」

     ルドンの前半生は直接的な愛とは少し距離を置いたものだった。結婚後も、長男を生後間もなく亡くしてしまっている。それでも、妻と次男と愛を繋いで、紡いで、ささやかな生活とともに育む中で、ルドンの世界はこんな風に色づいていったのだろうか。自分に十分に降り積もった愛は人に分け与えることができる。さまざまな形で。彼が描いたグラン・ブーケ─────大きな花束からは、そのこぼれ落ちる花びらと一緒に、愛が音を立てて降り注いでくるような気がする。

     大寿と三ツ谷は、長い間寄り添って、何も言わずにじっとその絵を見つめていた。展示室を出る直前、あたりをさっと見渡した三ツ谷が、大寿の口許に顔を寄せて、小さなキスを1度だけした。

    「……その、さっき言った初めて行った美術展っていうのがさ、シャガールの特別展だったんだ」

     前回、ふたりがほとんど何も見ずに通り過ぎてしまった最後の展示は、パリ派と呼ばれる作家たちの作品を集めたものだった。一角に並んだマルク・シャガールの数点を見て、三ツ谷が優しい笑みを浮かべた。

    「そのとき見た、婚約者たちって絵が、オレは今でもずっと好きで」

     ─────大寿くんのことが、大寿くんがくれた愛のことが思い浮かんだから。

     息をひそめた三ツ谷が、大寿を見上げてそうはにかむ。
     大寿もそうだ。三ツ谷と出会ってから、そして三ツ谷と離れてからもずっと、数多の絵に、三ツ谷を、三ツ谷と過ごした時間を、三ツ谷に与えた愛を、三ツ谷に与えられた愛を重ねて見ていた。三ツ谷の体温を直接感じることができなかった間も、三ツ谷に与えた愛が、三ツ谷に与えられた愛が、大寿を人間たらしめてくれた。

    「セーフハウスにね、飾ってんの。レプリカだけど」

     大寿は大きく息をついた。それは安寧と愛おしさがつまった夢のような一瞬だった。

    *
     
     美術館近くのホテルのバーで軽い食事と酒を交わし、その後、大寿が予約した上階の一室で時間をかけて体を重ね、愛を伝えあった。何度目かの絶頂で三ツ谷はすとんと気を失い、そのまま穏やかな眠りについたようだった。
     子どものような顔つきで寝入ってしまった三ツ谷を見つめながら、大寿はよく似た安寧を思い出す。三ツ谷の妹たちだ。

     三ツ谷と7年ぶりの夜を共にした2日後、彼のふたりの妹とも再会することになった。三ツ谷が大寿をルナとマナの暮らす家─────7年前、三ツ谷が幼い妹と母を連れて夜逃げ同然で身を隠した家に招いてくれたのだ。三ツ谷が言ったとおり、ルナとマナは大寿との再会をこのうえなく喜んだ。背格好こそずいぶんと大人びていたが、ひとたび口を開けば7年前とまったく変わらず、歌うように大寿の名を呼び、自分よりひとまわりもふたまわりも大きな体に抱きついて我先にと近況を報告し出す。まるで雛鳥が親鳥に餌をもとめてむらがるみたいだと思った大寿がふっと頬を緩めると、その様子にも大寿が笑ったと大騒ぎだ。仕事があった大寿は2時間ほどで家を出なければならなかったが、またすぐに会いたいとねだるルナとマナとは連絡先を交換して別れた。
     東京卍會の幹部として忙殺されているだろう三ツ谷がまるで急かされるように大寿と妹たちを対面させたのは、昨今の東京卍會の雲行きを考えれば納得がいく。今の三ツ谷の身にはいつ何が起きてもおかしくない。三ツ谷がいなくなったあとの妹たちの身の安全を考えたとき、親しい立場に大寿の名前があるのとないのとでは天と地ほどの差がある。大寿は"一応"堅気の人間だ。表舞台に顔を出すことができ、まっとうな社会でまっとうな地位を築いている。三ツ谷は保険をかけた。何も言わずとも、大寿が三ツ谷の意図を理解することを見越して。

     ルナから大寿へ個人的に連絡がきたのは再会の翌朝のことだった。あらためてふたりだけで話がしたいとつづった文面は、まるで昨日までのルナのほがらかさをどこかに隠してしまったように思えた。
     授業やアルバイト、サークル、それらに紐づいた交友関係と、学生には学生の忙しなさがある。大寿はルナと連絡を重ねながらふたりの都合がつく数時間をほとんどむりやり見つけ出し、経営者の特権をつかって昼過ぎに仕事を抜けた。きっと三ツ谷の名前が出るだろうからそれなりに落ち着いた雰囲気で隣席と距離のとれる場所が良いだろうと思い、待ち合わせたのはホテルのラウンジだった。
     夕方からの会合に備え先日より社長然とした────豪奢で畏まった装いに身を包んだ大寿にラウンジの厳かな雰囲気が加わり、ルナは少し萎縮しているように見えた。そうだ、7年前、大寿はまだ大学生だった。すでに会社を立ち上げてはいたが、経営はまだ軌道に乗る前で、商談や会合の場数を踏んでいたわけでもない。

    「……緊張するか」

     そんなルナに愛情半分、からかい半分で問いかける。ルナは存外素直に首を縦に振って、三ツ谷そっくりの仕草と顔つきで唇をとがらせた。

     ウェイターに案内されて席につき、ドリンクの注文を済ませる。ケーキを勧めたがあとで食べると返事をしたルナに今日の本題を尋ねるより先に、彼女は自分で口を開いた。

    「マイキーはお兄ちゃんをどこに連れて行っちゃうの?」

     大寿を射抜く真剣なまなざし。三ツ谷のそれをそっくりそのまま移植したような目元に、大寿は思わず息をつめる。

    「……順序立てて話せ。悪いがまだオレは三ツ谷から何も聞いてねえ」

     高い位置のツインテールを揺らしていた少女は今、年相応の女性らしさといたいけさを同居させ、1度ブリーチで色を抜いたあとに入れたような鮮明で落ち着いたアッシュグレーの艶やかな髪を胸元まで伸ばしていた。落ち着かない様子であたりを見渡すように首を振るたび、柔らかく巻いた毛先がワルツを踊るようにはねる。伏せたまぶたにはブラウン系のグラデーションがかかり、うすく散ったゴールドのラメがラウンジの照明に反射した。

    「……本当に何も聞いてないの?」
    「ああ。これから話してくれるかもしれねえし、ずっと隠したままかもしれねえ」

     大寿の返事を聞き、ルナは膝の上でロングスカートを軽く握りしめた。三ツ谷が好きそうな柄のスカートだ。19歳の大学生がまとうには少し大人っぽいかもしれない。もちろん、絶対に口には出さないが。
     それよりも気になったのはさきほどからルナが揺れるたびに香る身に覚えのある凛々しさだった。大寿はこれにはこらえきれず、「嫌なら言わなくて良いが」と切り出した。

    「香水はシャネルか。……似合ってるな」

     ルナが猫のように目を見開いて大寿を見つめる。そのまま少し黙り込んだあと「……そうだよ」とどこか悲しそうに返事をした。

    「大寿すごいね。社長になるとそんなことも分かるんだ」
    「アホか。社長になったからじゃねぇよ。三ツ谷、あいつこういうの好きだろ。中でもシャネルは贔屓にして、香水も……。でも当時は大して金もねぇからオマエにそっくりの目ん玉キラキラ輝かせて店の外から見るばっかりで、それが不憫でいくつか買ってやったことがある。それ以来ガキみてえにオレがやった香水ばっかつけてくるから覚えちまった」

     あの香水たちはどうなっただろうか。再会してからの三ツ谷の言動を鑑みても、空の瓶がまだ三ツ谷の手元にあるか、それともまるごと捨ててしまったか、確信が持てなかった。少なくとも、再会してから、三ツ谷は大寿が贈った香りをまとったことはない。

    「あれあげたの大寿だったんだ。ウケる。女物まであったから誰かのお古なのかと思ってた。お兄ちゃんすごい喜んでたよ」
    「そうかよ」
    「……私にこの香水くれたのお兄ちゃんだよ。きっと大寿がくれたやつ気に入ったんだよ」

     ルナが幼子のたたずまいを取り戻していたずらめいた笑みをこぼす。しかしそれは一瞬でなりをひそめて、諦念と憂いに覆い隠されてしまった。

    「大寿の言う通り昔は本当にお金なくてさ。よくあれがほしいこれがほしいって駄々こねてお兄ちゃんのこと困らせてたけど……最近はお願いしてもないのに会うたびモノばっかり買ってくれる。香水も、このスカートも、この時計も。家にもっといっぱいある。高い布買ってきてすごい可愛いブラウス作ってくれたこともあるんだよ。もちろんマナにも、たぶんお母さんにも、いろんなものたくさん買い与えてる」

     ないものねだりなのかな、大寿、と、ルナが眉を寄せる。

    「私は最近お兄ちゃんに何かもらうたびになんだかすごく虚しくなる」

     大寿の頼んだブレンドコーヒーが運ばれてくる。大寿は砂糖とミルクを断り、ゆったりとした動作でチェアに座り直した。

    「お兄ちゃんは大切なことは何も教えてくれない。私は、お兄ちゃんがまだ東京卍會にいることしかわからない。私たちにこんなにたくさんモノを買えるお金がどこから出てくるのか、なんで私は私立大学に奨学金無しで行けたのか。私はなんにも知らない」

     ラウンジ内は禁煙だったが、大寿は無意識のうちに内ポケットの煙草に手を伸ばしていた。ごまかすこともできずそのまま取り出した一式を机の上に置いたが、ルナはあまり気に留めていないようだ。

    「お兄ちゃんが東京卍會にいることは絶対に誰にも言うなって言われてる。マナも一緒にいるときに、そう言われた。あのときのお兄ちゃん、すごく怖かった……」

     ルナは大きく息をついてぼんやりと虚空を見つめていたが、大寿がかける言葉を見つけるより先にキャラメルラテが用意されると少し冷静さを取り戻したようだった。ウェイターに会釈し、指先でカップの取っ手をなぞりながら話し始める。

    「……お兄ちゃんはマイキーと約束したんだって。お兄ちゃんはマイキーの前からいなくならないって……」

     ルナが大きく息をついて、思い出したようにカップを口元に運んだ。あたたかく甘い飲み物が喉から食道を抜けて胃に広がる感覚に、少し安心したように見えた。

    「……佐野万次郎とは面識あんのか」
    「……うん。もう10年以上会ってないから、マイキーは忘れちゃったかもしれないけど。お兄ちゃんたちがまだ中学生だった頃は、よくうちに……渋谷のあのアパートに遊びに来て……。4人でお兄ちゃんのご飯食べて、そのあと遊んでくれた」

     ルナとマナは今、母親と3人で、渋谷から離れた都内の住宅街に暮らしている。住まいは大寿の記憶にあるようなボロアパートではないが、豪勢な一軒家やタワーマンションというわけでもない。オートロックつきの、ごく普通のファミリー向けの集合住宅。その最上階。7年前、三ツ谷が大寿の前から姿を消したときに越してきて以来、安住しているという。

    「……大寿はお兄ちゃんから何も聞いてないけど、何も知らないわけではないんでしょ?」

     やけに核心をついた言葉だと思った。ルナは相応に大人になったのだ。今のルナは、大寿の前から─────表舞台から姿をくらませたあのときの三ツ谷と同い年だ。大寿が口ごもると、ルナはその反応を想定していたような口調で言った。

    「私、お兄ちゃんが何をしてるかなんて正直どうでもいいよ。お兄ちゃんが私たちのお兄ちゃんとして……傍にいてくれれば、それでいい」

     それでもルナはどこか青白い顔をしている。指先が冷えたとき特有の不快な感覚を持て余しているだろうルナの手を和らげてやりたかったが、自分にはその資格がないように思えて、大寿はごまかすようにブレンドコーヒーを口に運んだ。

    「……大寿ならお兄ちゃんを連れ戻せる?」

     向けられたまなざしは切実だった。大寿は惹かれるように夢想する。三ツ谷を東京卍會から連れ去る。八戒も一緒に。大寿は仕事を手放す。柚葉とルナとマナ、そして三ツ谷の母親を連れて、当面の間は海外へ身を隠す。その後は─────

     大寿はじっとルナを見つめ返した。そこに、世間知らずの少女を憐れむ感情はない。事実は事実として目の前に重く横たわるのみだ。大寿はそれを捻じ曲げる術を持たない。

    「……無理だな」

     もしかするとルナは、大寿からその回答を引き出すために質問したのかもしれなかった。ルナはあからさまに表情変えることも、取り乱すこともなく、しかしうすく唇を噛んで、兄弟揃いのつり眉をほんの少しだけ下げた。三ツ谷もよく似た仕草をする。悲しくて、しかしその悲しみが事実に姿を変えてもう自分自身の手に負えるものではなくなってしまったとき。

    「……マイキーとの約束なんか破っちゃえばいいのに」
    「……オマエは三ツ谷と約束してねえのか」
    「お兄ちゃんが私たちのお兄ちゃんでいてくれることを、わざわざ約束なんてする必要ある?」

     あのときのルナのまなざしが、声が、言葉が、今も大寿の脳裏でちかちかと灯る。こんなふうに、三ツ谷の穏やかな表情を眺めて幸福をかみしめているときは、なおさら。
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