5,寸止め(ミケハン) なんか楽しい事はないものか、とハンジが両手の平を上に手首を上下させながら訴えている。
机に浅く座るように寄りかかっていたミケが、腕を組みながらため息をついた。
「お前の言う、楽しい事とは何だ」
「そんなの決まってるだろ。聞くかい? いまさら」
「いや、いい……」
はあーっと肩を落として、ハンジは熊のようにウロウロと部屋の中を移動する。
「まだか……まだなのか……」
「落ち着け、ハンジ」
いっそ今から行ってやろうか、とハンジが半ば本気で呟いているようだったから、ミケは静かに制止した。
「今行っても、割を食うばかりだぞ」
「分かってる! 分かってるんだが、ヒマなんだよ~」
ミケもハンジも人を待っている。
常に忙しく過ごしていると、こんな風に空いた時間をもったいなく感じてしまう。かといって、何かするには中途半端で、しかも待っている相手の都合が読めないから、結局、何かをすることもなく時間を消費しているのが二人の現状だった。
「ああもう! 本当だったら今頃はとっくに終わってるはずだったのに……」
今度は恨み節か、とミケが窓の外を見ながら思っていると、いつの間にかハンジがすぐ側まで寄って来ていた。
ミケが視線を戻すと同時に、ハンジの右手がミケの頬に触れた。
「……どうした」
「……ヒマなんだよ」
いつもとは打って変わって、しおらしい声を出すハンジは伏し目がちに呟いた。
「そうか、ヒマか……」
ミケは組んでいた腕を解いて、ハンジの腰を抱き寄せた。
「ふふっ、いいね、こういうの」
静かな声のまま、ハンジの指がミケの頬から輪郭をたどり、すくうように顔の向きを変えさせる。ミケはされるがままに従った。
「こういうこと、してるんだろうなあ……」
「してるだろうな……」
もう少しで唇同士が触れ合う、その隙間を残してミケが知らせた。
「リヴァイが来るぞ」
「あとどのくらい?」
「10メートル」
「ふぅん。見せつけてやろうよ」
ハンジが言い終わって間も無く、部屋の扉がノックもなく開いた。
「てめぇら……人の部屋で何をやっている」
部屋主であるリヴァイが不機嫌そうな声で問う。
「大人の火遊び。リヴァイも混ざる?」
猫なで声でハンジはからかったが、リヴァイは表情も変えずミケの横まで来ると、手にしていた紙束をバサリとミケの左胸に突きつけて寄越した。
「決定稿だ。他の隊にも回しておいてくれ」
「了解した」
「……ところで、いつまでそうやってるつもりだ。ハンジ」
ミケの腕はとっくに離れていたが、ハンジはまだミケの右肩に頭を預けたままだ。
「なに、当てられてんの?」
ニヤニヤしながらハンジは煽る。
「自分はさっきまでエルヴィンと、もっとエグいコトしてたくせに」
「……出て行け、クソメガネ」
「ああ、元々そのつもりだよ。あんたがエルヴィンを独り占めにしなきゃ、私の仕事はもっと早くに終わってたんだ」
ハンジはパッとミケから離れると、
「ミケ、尻。踏んでる」
ミケの太ももを指裏で叩いて机から退かし、書類の入った封筒を後ろ手に振りながら部屋を出て行った。
「……俺も戻る」
ミケが去り際、スンと鼻を鳴らしたのを聞いて、リヴァイは大きく舌打ちをした。