水から引き上げた体を抱き締める。荒々しく空気を取り込む背中を摩れば、震える指がすがるようにコートを掴んだ。
ぎゅう、と心臓が痛む。ああ、間に合った。それだけで、信じてもいない神に感謝を捧げたい気分だ。
「……ねぇ、知ってた? 僕はね、ずっと君の神様になりたかったんだよ」
冷たく濡れた額に頬を寄せる。寒さか別の何かでか、微かに震える腕の中の男は、は……と笑うように小さく空気を吐き出した。
「……信者じゃないのにか……」
「そうだね、祈るだけで助けてくれるような超越者なんて、僕には信じられない。……それでも、僕は君にとってのそんな存在になりたかった。無条件に信じられて、悩めば手を伸ばしてもらえて……そんな君を何からも救えるような、そんな存在になりたかった」
温めるように抱き締めてから、ゆっくりと抱き上げる。すっかりと脱力した濡れた体は重く、冷たく、それでも離す気にはなれなかった。
「過去形か」
「過去形だよ。もう僕は、他になりたいものができたからね」
「トランスポーター、だったか……」
けほ、と空気の取り込みに失敗した男の背中を支える腕に力を込め、顔を覗き込みながら苦笑した。
「違うよ、ほんとにわからない?」
僅かに血色の戻ってきた顔いっぱいに疑問符を浮かべて見上げてきた男に、まあ分からないよね、君だから、と肩をすくめる。
濡れた額に口唇を落とし、星を宿すような瞳を見つめて、今の僕はね、と囁いた。
──ずっと君の隣を歩ける、人になりたい。