魔法使いは伝説を紡ぐ ポップはいつものようにカール王国から依頼された書類をアバンに納品した。いつもと少し違うのは、立ち会いがアバン一人だけ。とはいっても、アバンもあまり身辺に頓着しないたちなので、城内を一人でふらふらとしていることは珍しくないのだが。ただ、アバンはいつもより少しだけ渋面を浮かべていた。
「さて、あなたに聞きたいことがあります」
「はい、先生」
「巷では大魔王との勇者一行の戦いの物語が大流行です」
「はい、先生」
ポップはいつもの軽い口調で答える。そうか、アバンのいる宮廷まで届き始めたかと内心で安堵しながら。
「世界の各地の酒場で旅人が披露している話が元だとか?」
ポップは答えず、アバンの言葉を待った。
「それはなぜか私の活躍が盛られていると思われる物語です」
ポップはその物語に嘘はないと思っている。大勇者アバンの使徒たちが大魔王に立ち向かい、その使徒たちを大勇者アバンが救う部分が前面に押し出されているが。
間違ってはいない。バーンパレスの攻略も脱出もアバンがいなければ為しえなかった。
「それから魔王軍の元軍団長の2人の活躍も盛られていますよね。嘘ではないのですが盛り方が秀逸で絶妙です。その場にいないとわからないような逸話が多い」
それにも嘘はない。元軍団長のクロコダインは陰日向なく使徒たちを支え、一見地味に見える任務も誠実にこなしていた。正義の魔法円を死守する戦いでも活躍した。パプニカの王女のお目付け役とも親交が深いという。
元軍団長のヒュンケルは、己の命を限界まで酷使してもはや戦えない体となっている。彼の生きざまに感化されて正義に目覚めた金属生命体は、仲間たちをバーンパレスから救ったともいう。
そう、どれも嘘ではない。
「ポップ、なんのために?」
アバンは市井の人々の間で流行る物語の元がポップだと確信している。ポップも否定しない。
「元軍団長の正義の武勇伝が流行るのは良いことだと思います。彼等が今後、この平和な世界で生きるためには。かつての行為は消すこともできませんし消してはいけませんが、それを少し和らげることができるような功績もあることを周知する方が良い」
それがポップの狙いの一つだった。
「元軍団長の2人のことはわかります。何故、私のことも?それからその分、あなたやダイ君の活躍が少し大人しくなっていますね」
そう、ダイはダイの剣を振るうときに強大な力を発揮し(つまりダイではなくダイの剣が強大なのだと印象付け)、ポップはあくまでもそのダイを助ける役だ。
「先生さ、女王さまのことはずっと好きでしたよね?」
「なななななな急に何を!?」
「なのに結婚したのはバーンを倒した後」
「……はい」
アバンは少し小さくなるが、ポップは淡々と話を進める。その時間でおれたちを育てることができたから悪いことじゃないんですが、と前置きをしながら。
「先生、ハドラーを倒して世界を救った勇者が一国の王配になることを躊躇ったことってありますよね?」
今のアバンは大魔王を倒した大勢のなかの一人で、勇者のうちの一人だ。だが、かつては?カール王国の王配になれば猜疑心を招きかねない状況ではなかったか?
「ポップ……あなた本当に……私の生徒でマトリフの弟子ですね」
ポップは破顔する。それは何よりの誉め言葉だ。
「私、つまり先代勇者がカール王国の王配である。先代の勇者に助けられた当代の勇者も世界の脅威でなくパプニカの王配になっても問題はない、と。そうなることを狙っているのですか?実際のところ、私ではダイ君には叶いませんが」
「実際ではなく、みんながどう思うかですよ。ダイは勇者だけど、世界の脅威と思われちゃ困るんです。先代勇者や正義の元軍団長の助けが必要な勇者ダイ。ダイの剣が必要な勇者ダイ。勇者ダイに功績はあるが脅威とはならない。いざとなれば先代勇者や元軍団長が抑え込める。それぐらいの印象がいいんです」
そういうことならば、虚偽の物語ではないし甘んじて受け入れようかとアバンは考える。正確な記録は別途で各国の書院や図書館に残せばいい。元軍団長や勇者ダイへの迫害が始まらぬような英雄譚を流行らせるのは悪いことではないだろう。
「ということで、この戯曲も出版してもいいですか?ちまたで流行っている物語をまとめました」
ポップは一冊の書物をアバンに手渡した。著者名はルトゥール。聞いたことがない名前だが、”アバン”に対する”ルトゥール”を用いたということは、偽名であることは伺い知れた。
それにしても事後承諾なのはいかがなものか。いや、もしかして旅をするうちに今後のことを考えて思いついて、とりあえず試してみての今なのか。
あともう一つ、アバンは気になることをポップに問う。
「あとね、物語でのあなたの役割がとても小さくなっているじゃないですか、それはどういう?」
答えをわかりやすくするために、ほんのすこしだけポップは魔法力を高めた。
「おれのできることがみんなに知られたらどうなると思いますか?」
至って軽い口調でポップは続ける。
「その気になればイオラだけでこの城を消せるんですから。今から飛んでいってパプニカの城をおとすことだって」
目の前の少年がそんなことをしないことはアバンは知っている。そう、アバンは知っているが。
「ダイ君の御父上がやってしまったこと、あなたやダイ君には可能ですからね」
「おれたちがそういうことをするとすればダイの親父さんのように大事なもんが奪われた時なんだけど。だからおれたちに変なちょっかいをかけてこなけりゃいいって話なんすけどね。それをわかってもらうには」
ポップの声が低くなっていく。”みんな”にわかってもらうための方法を幾つも思い浮かべているのだろう。ポップがそれらを実行はしないとわかっているがアバンは念のためにたしなめる。
「ポップ」
「やりませんよ。おれが世界を脅しておれたちが平和に生きられるならそうするけど。力と恐怖じゃ弱っちい奴をずっと抑えられないのはこのおれがよっく知ってますから。ナメられない程度の敬愛をもらおう、ってやつです」
ポップは軽く片目をつぶりながら言う。この軽さだけをみんなが見ていればいいとアバンは思う。
「あなたそれにしてもこんな手の込んだことをして。ダイ君がレオナ姫と結婚する気がなかったらどうするんですか」
「だとしても、あいつがこの世界で恐れられずに生きやすい環境にはなるでしょ?あいつが旅に出たいならおれはそれに付き合うし、姫さんと結婚したいならそれを助けるし」
どう転んでもいい。あいつが生きやすいならそれでいいんだ。おれたちのところに帰ってもいいんだって思えるのなら。
ポップからは静かな覚悟が滲んでいた。
「で、ダイ君が帰ってきやすい準備も整えて、これから魔界へダイ君を探しに行くんですか」
「さっすが先生!お見通しですね」
一人で?とは確認するまでもなかった。魔界に行くには回復の魔法力かトラマナを全身に常時まとう必要があるという。そんなことができる人間はこの地上でおそらく彼だけだ。
「だから先生、お願い。この世界にあいつが戻ってきやすいように」
「そうですね、あなたの話にのりましょう。そしてダイ君だけではなく、あなたたち二人が戻ってきやすいように計らいますよ。あなたたちの先生として、それから、カール王国の王配として」
そして後輩の憂いがなくなった当代の大魔道士は天を駆け、地の底へ向かうだろう。
彼にとっての唯一の勇者を迎える為に。