おやすみ(明日も明後日も明明後日も) 狡噛のこめかみには弾丸がかすった傷跡がある。あと数ミリずれていたら、脳を傷つけて紛争地では助からなかった傷跡がある。俺は彼と寝る度にそれに触って、あぁ、狡噛は生きているのだと思わされた。狡噛は生きている。俺を置いて行ったりはしない。何度も確かめたのに、俺はその傷を触る度に、もし弾丸がここじゃなく違う場所を撃っていたらと思わずにはいられないのだ。自分も任務では大概無茶をしたくせに、俺は恋人が馬鹿をやったことを今でもいくらか恨んでいる。
「ギノ、くすぐったい……」
眠そうな声が聞こえる。それは恋人の声で、低くて、腰に響いて、誰のものより美しい声だった。俺が好きな声だった。それは俺を抱きしめるように響き、俺は彼の背中に腕を回す。
「ごめん、起こしたか?」
「いや、まだ眠ってなかったから。そんなに傷が気になるんなら消してもらおうか? 別に大した意味があって残してるんじゃない。お前が苦しいんなら……」
狡噛はなんでも先周りをしてしまう。俺がどうして自分の傷で苦しんでいると思った? どうしてそんなに自分を高く評価出来る? なぁ、狡噛、お前の答えは当たっているけど、たまに憎らしくなるよ。
「いや、お前が気にしていないならいいんだ。わざわざ治療しないでもじきに消えるさ。ただ耳たぶの近くにあるから気になるだけで……」
俺はそう言って彼の耳たぶをくすぐり、そして何度かキスをした。狡噛もそれに答えてくれる。俺たちは何度もキスをする。
「ならいいんだ。考えすぎなのは俺の方なのかもな。これを負った時、久しぶりに死ぬかもって思ったからさ。その時お前を思い出したから、消したくなくて」
また馬鹿なことを言う。俺はどうしていいかわからなくなって、ベッドの上で転がってクッションを狡噛の胸に押し付けて、そして覆い被さってキスをした。唇にじゃなく、こめかみに、傷跡に。そしておやすみを言う。生きてくれてありがとうの代わりに、明日も生きてくれないかと、俺のために生きてくれないかと、おやすみを言う。