Draw(ゲームの達人) 勝ち負けなんて考えたことはなかった。というより、彼を好きになった時点で負けだと思っていた。全国考査一位の天才、色相は限りなくクリア、周囲の人は皆彼を称賛する。そんな男が自分のことを愛してくれるなんて、そんなの想像出来るだろうか? 俺は何もしなかったというのに? 俺はただ愛されているだけで、特に愛されるために努力もしていない。魅力的であろうとしたこともない。彼に告白をする少女たちがするような努力、リップクリームを塗ったり、髪の毛を巻いたり、まつ毛をびっしりと生やしたり、手に入れられる限りの愛される方法を試したこともない。だから俺は負けなのだろう。彼が愛したい時にだけ俺は愛されるから、きっと最初から負けだったのだろう。
狡噛と確認をして付き合うようになった時、関係はすぐに終わると思った。でも二十年経っても俺たちは共にいて、共に暮らしている。ここに来るまで色々あったし、正直もう二度と体験したくないことを体験させられたが、それでも共にいて良かったと思う。今日だって記念日にと小洒落たカフェに連れて来てくれた。いつもは出島の安い飲み屋なのにこういうロマンチックなところは変わらない。
「ギノ、どうしたんだ、さっきからそんなに笑って。俺の格好おかしいか?」
ややフォーマルな格好をした狡噛にそう言われて、俺はランチプレートに置いたナイフを握った。
「違うよ、これじゃあお前に負けっぱなしだと思ってな。ずっとお前のペースだろ?」
そう言うと、狡噛は心外だ、という顔をした。俺は黙ってその言葉の続きを待つ。すると狡噛はプレートのコロッケを口に放り込んで、「俺の方が負けてるよ」と言った。「こうやって機嫌を取らされてるんだからさ」
「それはお前が勝手に……」
「勝手に機嫌を取るくらい魅力的なんだよ、お前は」
狡噛がにやりと笑う。ということは、俺はある面では負けていて、ある面では帰っているということだろうか? そしたらゲームはドローだ。だからこそ、俺たちは長く一緒にいられるのかもしれない。俺はそんなことを思いながら、ようやく運ばれてきた新しい水に口をつけたのだった。それは付き合って二十一回目の、暑い夏の日のことだった。