ジューンブライド(指輪の交換) 梅雨の季節になると、ぱらぱらと雨が降る中結婚式を挙げるカップルが増える。それはジューンブライドの弊害だが、雨に降られる彼らはどこか誇らしげで、今回そんな結婚式の警護に当たることになった俺は、昔した約束を思い出していた。まぁ、くだらない約束だ。結婚式は何月がいい? 俺は六月がいい。雨の中でもきっとギノは綺麗だから。狡噛はそんなふうに言って、その約束はまだ果たされないのだが、まぁ、子どもの頃の約束とはそういうものなんだろう。もしかしたら彼も忘れているかもしれない。結婚式についてなんて、ありきたりな熱っぽい時期の約束だから。
「雨が降り始めました。滑らないよう気をつけてください」
俺は新婦たちにそう言いながら彼女を庇う。彼女は海外調整局のお偉方の娘で、その伝手で俺たちが警護にあたることになっていた。念のためだが恨みを買っている可能性もある。俺たちを手駒にして動かすことをなんとも思わない人間の娘なのだからそれも仕方がないのだろう。
ライスシャワー、ぱらつく雨、新婦が淡水パールで作った指輪が撒かれ、あちこちから歓声が上がる。ブーケトスになると色とりどりのドレスを着た女たちが競って腕を伸ばし、俺の頭に当たって小柄な金髪の女の手元に落ちた。もし結婚したかったなら、頭に当たった時に取ればよかったのだ。そうしなかったのは外聞を気にしたこともあるが、結婚に自信を持てなかったのもある。狡噛と結婚したとして、上手くやっていけるかはわからなかったから。
「おめでとう」
「幸せになってね」
「おめでとう」
新婦は祝福される。新郎も。俺はそれを眺めながら、別区画にいた狡噛が近づいてくるのを見た。彼は手に新婦が巻いた指輪を持っている。
「もう仕事も終わりだな」
彼はそう言って、俺の側に立った。そして新郎新婦が高級車に乗って二次会の会場に消えると、彼は跪きもせず、俺の手を取って、指輪をはめてみせた。全く、日本に戻ってきてからの彼はロマンチストが過ぎる。
「そんな安い指輪で俺が納得するとでも?」
「お前はロマンチストだからこれくらいしないとダメだろう?」
よく分かってるじゃないか。俺はそう言いそうになって、小指にはめられた指輪を天にかざした。雨の中でそれは輝いていた。幼い頃の約束が、また熱っぽくなる。少なくとも、俺に取っては。