気まぐれな熱情(どっちも同じ) かさついた指があごをくすぐる。手のひらが喉仏をさすって、それはだんだんと胸元に下がってゆく。俺はもうほとんど服を着ていなくて、彼は直接俺の肌に触っている。セックスは嫌いじゃない。肌と肌を合わせるのは嫌いじゃない。けれど彼の気まぐれなそれには驚いてしまう。こうやって気まぐれに彼が俺を抱く時、彼は何かを抱えている。俺に言えない何か、機密として秘することを強いられている何かを彼は持っているのだ。だから彼は俺に触る。そうしたら楽になるような気がして。そうしたら秘密を持つ苦しみから逃れられるような気がして。そんなの幻なのに、彼は俺を使って楽になろうとする。俺はそれを拒まない。彼が楽になるのなら、楽になった気分になるのならそれでいい。だって俺も同じようなことをするから。楽になろうとして彼に抱かれることがままあるから。
「ほら、ミネラルウォーター」
セックスが終わってベッドで寝転んでいると、デニムだけ履いた狡噛が俺にペットボトルを渡してきた。俺はぼんやりとそれを受け取る。彼はどこか話したげで、俺はそれを聞いてやろうかと思った。けれど結局俺は沈黙を意味する水を飲み、そうはしなかった。洗礼を受けるように水に沈み、奇蹟をその身に受ける。俺は幸せだった。秘密を共有しないくらい、そんなのどんなカップルでもありふれている。ただ、俺たちはそれが重かっただけで。
「この後食事はどうする? 行きつけの店でいいか?」
「シャワーを浴びてから考えるよ。そろそろ暑い季節になって来たから、冷たいものもいいかもな。あぁ、日本古来じゃ辛いものを食べるんだっけ?」
軽口をかわして、俺はペットボトルの水を全て飲み干した。そしてベッドに寝転んだ彼を眺めて、そしてそれに近寄ってキスをした。辛いものを食べたら、キスすら億劫になるから。その前にしておこうと思ったのだ。
「なんだ? 二度目のお誘いか?」
それを勘違いして狡噛が言う。彼は気まぐれだが、俺もいい加減で気まぐれだった。相手を翻弄するのが好きなのだ。
「お前がそう思うんならそうかもな」
裸のまま立ち上がり、狡噛にキスをする。そしてゆっくりとシャツを着て、シャワーに向かう。彼は付いてくるだろうか? それとも俺は一人きりなのだろうか?