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    短い話を放り込んでおくところ。
    SSページメーカーでtwitterに投稿したものの文字版が多いです。
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    POIPOI 192

    2/12ワンライ
    お題【完成品/覆面/ベランダ】
    任務で出会った男の子の裂けてしまったぬいぐるみを、夏油が手直ししてあげるお話です。

    #夏五
    GeGo
    ##夏五版ワンライ

    あなたの優しい手 初夏の昼過ぎ、ベランダの扉を開けると、傑が縫い物をしていた。大きな手のひらの中には覆面ヒーローのぬいぐるみ、ただし腕や背中が裂けて、中の綿が出てしまっている。彼は扉が開いても、黙々とそのぬいぐるみを縫い続けていた。マリオカートをやろうと意気込んできた俺は、それに言葉をなくしてしまう。
    「それ、いつまでやんの」
     最初のうちは物珍しくて見ていた俺も、段々と暇になって訪ねてしまった。でも傑は「あとちょっと」と言うだけで、俺の質問にはきちんと答えてくれない。
    「それ、誰の?」
     しかしそう尋ねると、傑はようやく顔を上げて、コントローラーをさげている俺を振り返った。切れ長の瞳、さらさらの髪、時間をかけて拡張した大きなピアスに、ほのかに香る昨日の湯の石鹸の匂い。そんな傑を構成するもの全てに、俺はそんな質問、しなくてもよかったなんて思ってしまう。
    「昨日の任務で宗教施設に行ったろう。そこで神子にされてた男の子の宝物だよ」
     傑はそう言って、静かに自分の中にある怒りを処理しようとしているようだった。
     確かに俺たちは昨日、前々から問題視されていた、都内のとある施設に行った。そこには在野の呪術師がおり、彼らは小さな少年を神子として扱って、表向きは悩める人を救っていた。少年は元は信者の子で、見えなものが見えるとして母親が相談に来たのだという。そしてその呪力量に驚いた教祖が、彼を神子として扱うようになったのだった。自由のない生活。きちんと術式をコントロールする術を教えられていないから少年は傷だらけだった。それでも彼は教祖に言われた通りに人々を掬い続けていた。それが自分が救われるためだと教え込まれて。
     あの日、傑は珍しく怒り、少年を高専預かりにしたのだった。そんな少年は今、この寮の一室に母親と離されている。母親の洗脳が解けず、まだ会わせるにはどちらにとっても危ういからだ。
    「上手いもんだね」
     俺はベランダにあるエアコンの室外機に寄りかかって、傑がぬいぐるみの傷を治してゆくのを見ていた。傑は優しい。俺たちだって、高専にいいように使われているだけだと言うのに、同じような立場の子どもを助けようとする。
    「母さんに昔教えられてね。……それで、悟は何をしに来たの?」
     傑にそう言われて、俺はすぐに答えられなかった。マリオカートはもうやりたくなくなっていたし、今はどういうわけか傑とキスがしたかった。悩ましい彼の痛みをとってやりたかった。
    「さぁ、どうだろうね。当ててみてよ」
     俺は恥ずかしくてそう言って、傑は俺を見ずに小さく笑った。多分、見通されていたのだろう。恥ずかしいけれど、彼なら仕方がない。傑の大きな手のひらの中で、覆面ヒーローのぬいぐるみが出来上がる。丸くて、可愛らしいけど強いヒーロー。きっとあの少年にとっても、傑は自分を助けてくれるヒーローだったんだろうな。
    「私に言わせるんなら、分かってるよね?」
     傑が艶やかに笑う。それはもう夜の誘いで、俺はいつの間にか完成していたぬいぐるみに、もう少し時間をかけても良かったのにと、そんなふうに思った。もう少し時間がかかったら、ちゃんと答えられたのに、と。
    「嘘だよ、あの子のところに行こう。よろこんでくれるといいんだけど……」
     傑はそう言って立ち上がった。でも、彼がどうしてベランダで裁縫にいそしんでいたのかは分からないままだった。高専の景色が見たかったのか、それとも内にある怒りを発散したかったのか。少し暑い空気が漂う中で、俺はそこまで考えてやめた。傑は優しい、それでいいじゃないかと思って。
    「お前が助けに来てくれたヒーローなんだから喜んでくれるよ。俺はどうだろ、あー、あの時は側にいただけだったからなぁ……」
     外ではぎったんばったん大活躍だったんだけどなぁ。俺はそう言って、室外機から離れ、ベランダの扉をまた開けた。傑はその瞬間俺にキスをして、部屋の中に入る。
    「あ……」
    「さ、行こう。早くしないと夕食の時間だよ」
     傑が言う。俺は手のはやい恋人に少し怒りそうになって、でもうれしくて、誰にでも優しい彼が愛おしくなった。そして彼と幼い頃に会っていたのなら、自分も救われただろうに、と思った。優しい大人、自分を助けてくれる人。神子の少年がそんな彼に会えたのは、きっとあの子どもにとって幸せの一つになるだろう。
    「そうだね」
     俺たちは傑の部屋に入る。そしてそこでキスをする。傑の手には綺麗に縫われたぬいぐるみがある。俺は一度だけそれに触れて、彼の優しさの中心に触れた気がした。傑は何も言わなかったけれど、俺の考えを分かっている気がした。
     さぁ行こう、傑を待ってる人の元に。傑に助けられて、それでもまだ怯えている子どもの元に。
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    TRAININGお題:「昔話」「リラックス」「見惚れる」
    盗賊団の伝説を思い出すネロが、ブラッドリーとの初めてのキスを思い出すお話です。軽いキス描写があります。
    かつての瞳 ブラッドは酔うと時折、本当に時折昔話をする。
     普段はそんな様子など見せないくせに、高慢ちきな貴族さまから後妻を奪った話だとか(彼女はただ可哀想な女ではなく女傑だったようで、しばらく死の盗賊団の女神になり、北の国の芸術家のミューズになった)、これもやはり領民のことを考えない領主から土地を奪い、追いやった後等しく土地を分配したことなど、今でも死の盗賊団の伝説のうちでも語り草になっている話を、ブラッドは酒を飲みながらした。俺はそれを聞きながら、昔の話をするなんて老いている証拠かなんて思ったりして、けれど自分も同じように貴族から奪った後妻に作ってやった料理の話(彼女は貧しい村の出で、豆のスープが結局は一番うまいと言っていた)や、やっと手に入れた土地をどう扱っていいのか分からない領民に、豆の撒き方を教えてやった話などを思い出していたのだから、同じようなものなのだろう。そしてそういう話の後には、決まって初めて俺とブラッドがキスをした時の話になる。それは決まりきったルーティーンみたいなものだった。
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    TRAININGお題:「花火」「熱帯夜」「一途」
    ムルたちが花火を楽しむ横で、賢者の未来について語ろうとするブラッドリーとそれを止めるネロのお話です。
    優しいあなた 夏の夜、魔法舎に大きな花火が上がった。俺はそれを偶然厨房の窓から見ていて、相変わらずよくやるものだと、寸胴鍋を洗う手を止めてため息をついた。食堂から歓声が聞こえたから、多分そこにあのきらきらと消えてゆく炎を作った者(きっとムルだ)と賢者や、素直な西と南の魔法使いたちがいるのだろう。
     俺はそんなことを考えて、汗を拭いながらまた洗い物に戻った。魔法をかければ一瞬の出来事なのだが、そうはしたくないのが料理人として出来てしまったルーティーンというものだ。東の国では人間として振る舞っていたから、その癖が抜けないのもある。
     しかし暑い。北の国とも、東の国とも違う中央の暑さは体力を奪い、俺は鍋を洗い終える頃には汗だくになっていた。賢者がいた世界では、これを熱帯夜というのだという。賢者がいた世界に四季があるのは中央の国と一緒だが、涼しい顔をしたあの人は、ニホンよりずっと楽ですよとどこか訳知り顔で俺に告げたのだった。——しかし暑い。賢者がいた世界ではこの暑さは程度が知れているのかもしれないが、北の国生まれの俺には酷だった。夕食どきに汲んできた井戸水もぬるくなっているし、これのどこが楽なんだろう。信じられない。
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    TRAINING学生時代の狡噛さんと宜野座さんのラブレターにまつわるお話。
    800文字チャレンジ9日目。
    手紙(ラブレター) 狡噛は変にアナクロなところがある男だった。授業はほとんど重ならなかったが、教師の講釈をタブレットにまとめるでなくノートに書き写したり、そして今ではほとんど見ない小説を読んでいたり。だからからなのか、狡噛にかぶれた少女たちは、彼と同じ本を読みたがった。そしてその本に感化された少女たちは、狡噛に手紙を書くのだった。愛しています、好きです、そんな簡単な、けれど想いを込めたラブレターを書くのだった。狡噛の靴箱には、いつだってラブレターが詰まっていた。俺はそれに胸を痛めながら、彼が学生鞄にそれを入れるのをじっと見た。そしてその手紙はどこに行くのだろうかと、俺は思うのだった。
     彼の同級生がいたずらを思いついたのは、狡噛があまりにもラブレターをもらっていたからだろう。ラブレターで狡噛を呼び出して、待ちぼうけさせてやろう、という馬鹿ないじめだった。全国一位の男には敵わないから、せめてそんな男でも手に入れられないものがあることを教えてやる、ということなのだろう。俺は話を聞いても、それを狡噛には伝えなかった。ただ俺は狡噛が傷つくとどうなるのか少し気になった。そんなこと、どうでも良いことなのに。
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