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    短い話を放り込んでおくところ。
    SSページメーカーでtwitterに投稿したものの文字版が多いです。
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    POIPOI 192

    10/10〜10/11開催『全国一斉色相調査会』、及びプチオンリー『二人の係数24時』のウェブ展示作品です。
    任務が終わって報告書を書いている怪我をした宜野座さんに、狡噛さんがコーヒーとマフィンを買ってくるお話です。イベント開催おめでとうございます!

    #PSYCHO-PASS

    コーヒー&チョコチップマイフィン「ねぇ、その怪我大丈夫なの?」
     もう少しで朝だという時間帯に、行動課のオフィスで書類仕事に励んでいると、花城はそう言って胸に抱えた情報共有用のタブレットを静かにデスクに置いた。そこには先ほど逮捕した男の情報が載っており、それは今まさに俺が上に上げる報告書に必要だったものだった。俺は「ありがとう」と言い、タブレットからデータを吸い上げる。
    「あなたが頑丈なのは知ってるけど、絵面が危ないのよね。また医務室に行ったら? その包帯は目立つわ」
     花城は額を指さし、すぐには俺から離れなかった。俺の容姿が、いや、頭に包帯を巻き、生身の手に止血テープを貼った部下の姿が気になったのだろう。とはいえ、絵面のわりにはそれほど怪我がひどいわけではない。数日経てば傷跡も消えてしまうようなものだ。ただ出血量が多かったので、念入りに手当てをされてしまっただけで。
     しかし黒髪や黒地のスーツに白い包帯たちは目立つのか、ここに来るまでに数え切れないくらいの人間に(外務省は公安局以上にナイトシフトに入る者が多い)じろじろと見られてしまった。それでは花城も困るのかもしれない。生傷が絶えない行動課と思われてしまったら、敬遠されてしまったら、彼女の交渉ごとには支障をきたすのかもしれない。
    「そうだな、包帯は外してテープに変えてもらうよ。久しぶりのナイフだったからかな、少し油断していたかもしれない。目立つのは良くないしな」
    「そういうことじゃないの。あなたのこと、心配してるのよ。そろそろ休憩したら?」
     花城が肩をすくめる。俺はそれに、そういえばこの怪我は彼女をかばってできたものだと思い出した。
     さっき俺たちが逮捕した男は——正しくは俺たちが捕縛し、今は公安局への引き渡しを待ってもらっている男は——過激な反シビュラ組織の構成員だった。彼の犯行内容はここでは省くけれど、俺はこの一週間、いや数日間関わっていたその事件の終わりに、ナイフを使った格闘戦に巻き込まれ不運にも怪我をしてしまったというわけだ。とはいえ額を少し切り、格闘中にナイフを掴んだ手が血まみれになってしまったくらいなのだが。幸い動脈は切れなかった。表層の血管を切っただけですんだ。だから花城がそこまで気にすることはないのだけれど。
     ちなみに今ここにいない須郷はその男の取り調べにあたり、狡噛は煙草休憩に出ている。狡噛については、真面目に仕事をしない彼が憎らしくもあったが、昔からそういう男だったから俺は慣れてしまっていた。もっと昔は、彼が監視官だったころは何にでも好奇心旺盛に首を突っ込むたちだったけれど、今は自分が必要でない場面では事件に積極的には関わろうとしなくなっている。
    「任務中に怪我をしたんだし、カウンセリングを受けてみたら? まぁ、これは予防的措置だけど……」
     花城が言う。俺はそれに笑ってしまって、今さらカウンセリングかと彼女の温情を無下にしてしまった。心配されているというのに、少し不謹慎だったかもしれない。
    「潜在犯の俺がカウンセリングを受けても無駄さ。もう濁ってるんだからな。でもありがとう、この仕事がすんだら少し休むことにするよ」
     俺は笑ってコンピュータのモニターに向かう。花城は納得したのか、いやそうではないのか、どこか物言いたげに離れてオフィスから出てゆく。きっと、これから須郷とともに犯人の取り調べに当たるのだろう。俺はそれを目の端で眺めながら今回の事件の報告書を作った。それが終わるころになっても、狡噛は帰ってこなかった。どこで遊んでいるのかは知らないが、あぁ、もしかしたら官舎に戻ってしまったのかもしれないが、俺はどうしてか彼に会いたくなってしまった。仕事の後はいつもそうだ、彼に抱きしめられて、口づけをして、飽きるまでお互いを確かめ合いたくなる。有体に言えば寝たくなる。もっと下品に言えば——。
    「ギノ、ほら、コーヒー」
     そうやってぼんやりとモニターを見つめていると、後ろから懐かしい声がかかった。それは狡噛だった。そして彼が持っていたのはコーヒーチェーンのマークが入った、優しい味のカフェラテだった。飲んでみるとえぐみが少しあるが、それは徹夜明けの朝にはひどく旨く感じられる。
    「出島のマーケットに? こんなに朝早くから?」
    「マフィンもあるぜ」
     狡噛が紙袋を差し出す。そこにはチョコチップが大量に入ったコーヒーマフィンが入っていて、俺はそれの紙カップを破って一口かじり、またカフェラテに口をつけた。これも旨い。少し苦いのがいい。糖分で頭が冴えるし、これで今日のデイシフトに余裕を持てるかもしれない。
    「煙草を吸いに行ったと思ってた。案外サービスがいいんだな」
     俺がそう言うと、狡噛は不本意そうに煙草を取り出した。やはりヤニが切れるとまずいらしい。どれだけ献身的に俺に奉仕しても、煙草だけは手放せないのだろう。健康診断で引っかかったばかりだというのに、彼も懲りない男だ。
    「いいアクセサリーだな。お前は白が似合うよ」
     狡噛が俺の包帯をさして笑う。彼はデバイスの番号が書かれたブラックコーヒーを口にしているが、さすがに恋人の前ではその番号にかけるつもりはなさそうだった。昔から女に気に入られる男だったから、そんなふうに番号をもらっても不思議ではなかったのだけれど、ナンパにはいい思い出はないのか彼は積極的にならない。
    「花城には不評だったんだがな」
    「俺は消毒液の匂いもそそるぜ?」
     狡噛がまた笑う。俺は作り終えた報告書をサーバーに上げる。するとすぐに確認作業が入って、俺は仕事を終えてコンピュータの電源を落とした。
    「お前は俺ならなんだっていいんだろう? そうだろう、狡噛」
     俺は笑って恋人に手を伸ばす。義手ではない、ナイフをつかんだ生身の手で、止血テープが貼られた、右手で。すると狡噛は部屋に備え付けられた監視カメラも気にせず、その手の甲に唇を押し付けた。ぎゅっと手を握られたから、少し皮膚が痛む。すると表情に出てしまったのか、狡噛は少し不安そうな顔をして、俺の顔を見た。
    「まだ痛むのによく仕事をするな」
    「お前が報告書を置いて出ていったからだろう」
    「そりゃあそうだ」
     狡噛が笑い、コーヒーを飲む。俺はマフィンを腹に入れ、行動課のオフィスから見える朝陽を眺めた。ネオンの残滓がビル街に満ちているのに、そこに陽の光が差し込むのは不思議な光景だった。
    「なぁ、ギノ。もう仕事は終わりだろう? 早く帰ろうぜ」
     そう言われて初めて、俺は彼の柔らかな表情に気づいた。まったく、こういう時ばかり優しいのだから困ってしまう。俺が彼がほしい時にばかり優しいのは、本当に困ってしまう。
    「マフィンを食べてからな」
     そう言ってチョコチップがたっぷり入ったそれをかじると、狡噛は不満げにコーヒーをすすった。
     今日も仕事が終わった。ここ数日俺たちを悩ませていた仕事が終わった。俺はそれを幸いに思いながら、この一週間を思い出す。足で情報を稼ぎ、被害者の足取りを追う日々だった。それは辛いものだった。だからもう、後の仕事は公安に任せてしまおう。俺たちが今すべきなのは、被害者の弔問くらいだろうから。
    「長い仕事だったな。お前が花城をかばって、怪我をした時はどうにかなるかと思った」
    「ずいぶん優しいんだな。マフィン味のキス、試してみるか?」
     俺はそんなことを言って話をそらし、狡噛を試す。すると彼は降参といったふうに肩をすくめ、それでも俺に唇を近づけた。
     俺たちはキスをする。朝陽の中で触れるだけのキスをする。備え付けの監視カメラが気になったが、そんなものはなかったかのように俺たちは唇を触れ合わせた。もうすぐ完全に日が昇る。そうしたら、こんな夜に近いキスもできなくなるだろう。俺はそれを少し残念に思って、けれど事件を遠いものにしようとしてカフェラテやマフィンを買ってきた恋人を愛しく思って、軽く唇を食んだ。狡噛がそんな俺の胸を押し返す。ここじゃ駄目だと言って。じゃあどこならいいんだ? 俺はそう言う。すると彼はやっぱり事件でハイになってるなと笑って、俺の腕を引いて椅子から持ち上げたのだった。
     俺はステップを踏むように彼とともにオフィスを出る。
     報告書は上げた、犯人の取り調べは須郷たちが行っている、だとしたら俺たちに残されているのは休息くらいだろう。行動課のオフィスが留守になることは少なくないから、帰ってしまっても構わない。その後の時間が休養になるかどうかは、これからの俺次第なのだろうけれども。だが身体は熱を持っていて、それは自分ではどうにもならなかった。馬鹿らしいと思うけれど、俺は彼に強く愛されたかったのだ。
    「マフィン味のキス、どうだった?」
     俺は廊下を腕を引かれながら歩きつつ尋ねる。狡噛は耳を赤くして、一言「甘かったよ」と言った。
     彼は可愛らしい男だ。自分勝手で、すぐにこちらを振り回すくせに、彼は可愛らしい男なのだった。恋人のために軽食を買ってきて、それで事件を終わらせようとした。
    「じゃあもっと甘いのを……」
    「ギノ、黙ってくれ。俺に理性が残ってるうちに」
     狡噛が言う。俺はそれに笑ってしまって、でも彼の言葉が嬉しくて口をつぐんだ。廊下に陽の光が差し込む。ナイトシフトとデイシフトが切り替わって、疲れた顔をの人々とピンと張ったスーツを着た人々が入れ替わる。俺たちは前者で、でもこれからマフィンより甘いことをしようとしているのだった。
    (理性なんてすぐにでも失くしてくれていいのに)
     俺はそう思い、狡噛に手を引かれて歩く。まだ口の中は甘い。これが消えてしまうくらいキスをするのだと思うと、ひっそりと興奮してしまった。やっぱり俺は事件でハイになっているのだろう。普段はこうじゃあないから。自分の血を見て、生存本能が働いたのかもしれないけれど。大切なものを失くしたくないと思ったからなのかもしれないけれど。
     俺たちは陽の光の中を歩く。ガラス張りの廊下は、明るく、事件が起こった夜とは全く違った。事件は終わった、後は自分たちをなぐさめるだけだ。たったそれだけのことに、俺たちは必死になるのだろう。
     俺は何も言わず狡噛についてゆく。甘いキスがもっとほしくて、マフィンの味が彼のそれに消えてゆくのを願って、何度も、何度も、俺は愛しい恋人とのキスを想像しては、甘い口の中で狡噛の名を呼んだのだった。
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    TRAININGお題:「昔話」「リラックス」「見惚れる」
    盗賊団の伝説を思い出すネロが、ブラッドリーとの初めてのキスを思い出すお話です。軽いキス描写があります。
    かつての瞳 ブラッドは酔うと時折、本当に時折昔話をする。
     普段はそんな様子など見せないくせに、高慢ちきな貴族さまから後妻を奪った話だとか(彼女はただ可哀想な女ではなく女傑だったようで、しばらく死の盗賊団の女神になり、北の国の芸術家のミューズになった)、これもやはり領民のことを考えない領主から土地を奪い、追いやった後等しく土地を分配したことなど、今でも死の盗賊団の伝説のうちでも語り草になっている話を、ブラッドは酒を飲みながらした。俺はそれを聞きながら、昔の話をするなんて老いている証拠かなんて思ったりして、けれど自分も同じように貴族から奪った後妻に作ってやった料理の話(彼女は貧しい村の出で、豆のスープが結局は一番うまいと言っていた)や、やっと手に入れた土地をどう扱っていいのか分からない領民に、豆の撒き方を教えてやった話などを思い出していたのだから、同じようなものなのだろう。そしてそういう話の後には、決まって初めて俺とブラッドがキスをした時の話になる。それは決まりきったルーティーンみたいなものだった。
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    TRAININGお題:「花火」「熱帯夜」「一途」
    ムルたちが花火を楽しむ横で、賢者の未来について語ろうとするブラッドリーとそれを止めるネロのお話です。
    優しいあなた 夏の夜、魔法舎に大きな花火が上がった。俺はそれを偶然厨房の窓から見ていて、相変わらずよくやるものだと、寸胴鍋を洗う手を止めてため息をついた。食堂から歓声が聞こえたから、多分そこにあのきらきらと消えてゆく炎を作った者(きっとムルだ)と賢者や、素直な西と南の魔法使いたちがいるのだろう。
     俺はそんなことを考えて、汗を拭いながらまた洗い物に戻った。魔法をかければ一瞬の出来事なのだが、そうはしたくないのが料理人として出来てしまったルーティーンというものだ。東の国では人間として振る舞っていたから、その癖が抜けないのもある。
     しかし暑い。北の国とも、東の国とも違う中央の暑さは体力を奪い、俺は鍋を洗い終える頃には汗だくになっていた。賢者がいた世界では、これを熱帯夜というのだという。賢者がいた世界に四季があるのは中央の国と一緒だが、涼しい顔をしたあの人は、ニホンよりずっと楽ですよとどこか訳知り顔で俺に告げたのだった。——しかし暑い。賢者がいた世界ではこの暑さは程度が知れているのかもしれないが、北の国生まれの俺には酷だった。夕食どきに汲んできた井戸水もぬるくなっているし、これのどこが楽なんだろう。信じられない。
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     狡噛が読んでいた本にも海を賛美するものは多かった。詮索はしなかったけれど、事実彼は泳げもしない海を眺めに行っているようだった。誰かに影響されやすい、可愛らしい恋人。
     俺は今、母の遺体を引き取りに沖縄に来ていた。そして何かに導かれるように、全てを終わらせると海に行った。多分、学生時代に俺の母の出身が沖縄と聞いた狡噛が、きっと色なんて全然違うんだろうなななんて、そんな馬鹿げたことを言ったからだった。その頃は俺は監視官で狡噛は執行官だったから、俺は意固地になって言わなかったが、彼の言葉はいつだって俺の中にあった。
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