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    firesday522

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    firesday522

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    ポイピク投稿練習。
    2021年10月発行の本からのweb再録。
    水城せとな先生の「フジノヤマイ」という漫画のほんのりオマージュです。

    #詠烏
    wingWu

    千年先で待ち合わせ 「楓って人間がいたろう。覚えてるかい?」
     烏天狗がラーメンを食べ終えて席を立とうとするのとほぼ同時に、間他の客と話していた店主の狐が突然振り向いてそう切り出した。美しい漆黒の翼を持つ妖怪が僅かに首を傾げると、羽飾りが揺れてしゃらんと澄んだ音をたてる
    「楓? ああ、雲外鏡を追い回していた奴か。それがどうかしたか?」
    「どうやら最近死んだらしいよ。まあ、寿命だろう」
     そういえば最近めっきり雲外鏡の姿を見ていないな、と今更のように気づく。少し前までは刀衆の男に追い回されて辟易している姿を良く見かけていたものだった。まあ、妖怪である烏天狗にとってのその少し前というのも、もう何十年か前の事だったかもしれないが。妖にとっての百年など瞬きの間に過ぎないが、人間にとっては天寿を全うする程の時間なのだろう。
     それがどうしたと言わんばかりの表情で、烏天狗は九尾の狐へとちらりと視線を送った。
    「あいつが死んでから、雲外鏡もめっきり顔を見せなくなってね。最近奴の姿を見かけた?」
    「いや、見てないな」
    「そうか。呼び止めて悪かったね」
     返事の代わりにひらりと手を振って、屋台を離れる。吹き抜けた風に煽られ、葛の葉がさわさわと揺れる。
     大鳥居の根元にあるこの場所は、初めて訪れた頃と何ら変わらないように見える。灯影街はすっかり様変わりしてしまった今も、九尾の狐の妖力に守られ時の流れに風化する事もなくそこにある。
     興味がないので『見る』気さえ起らないが、小耳に挟んだところによると今では妖怪を管理する役割も、刀衆から別の組織へと責を移したらしい。
    「百年、か」
     かつて刀衆と妖の間に諍いが起こった事があった。九尾の言っていた楓という名の青年は、確かその当時刀衆に配属されたばかりだった。人間の年齢など子供と老人の区別くらいしかつかないが、恐らく詠ともそう歳は変わらない筈だ。
     烏天狗からすると理解し難いが、ごく稀に人と妖が情を通わせる事があるという。九尾の話ぶりからして、雲外鏡と楓という人間もそんな関係であったのかもしれない。
     楓の寿命が尽きたという事は、詠ももう既にこの世にはいないのだろう。
     最後に大きな紅い瞳に自分の姿が映るのを見たのは、いつの事だったのか。永い時を生き、またこれからも気の遠くなるような年月を生きるであろう物の怪には、思い出す事ができなかった。
     
    「あっ、烏天狗さん。お帰りなさい」
     ねぐらへと戻ると、聞き慣れた声に出迎えられた。
    「……来てたのか」
    「この間頼まれてた情報、掴めたんで早く知らせておこうかと思って」
     毛先だけが白い短い髪に紅玉のような大きな瞳。服装こそ違うが、その姿は無謀にも自分を使役しようと挑み、完膚なきまでに打ちのめしてやった男そのものにしか見えない。
    「それともう一つ、伝えなきゃいけない事があって」
     ふと男の顔に翳りがよぎる。その表情に、烏天狗は見覚えがあった。
    「僕がここに来るのは今日で最後です」
     続く言葉を聞かずとも、何と言おうとしているのか分かってしまった。 
     
    「あ、そういえば」
     つい先刻まで自分の上で息を荒げて腰を振っていた男は、衣服を身に着けながら今思い出したと言わんばかりに話を切り出した。
     気紛れに身体を繋ぐ事はあったが、別に互いに情がある訳ではない。性欲解消を伴った精力の供給行為のようなものだ。
    「息子作っておいたんで、次からはそいつ来させますね」
     しどけない姿のまま寝台に横たわっていた烏天狗は、告げられた内容が理解できず思わず聞き返した。
    「なんだって?」
    「だから! 次からは僕の息子が来るんで、用事はそっちに言いつけて下さいねって」
    「……息子?」
     未だ事態が飲み込めず訝しげな表情のままの妖に向かって、詠は笑顔を向ける。その顔は確かに笑っている筈なのに、不思議と泣いているように見えた。だが今彼がどんな感情を抱いているのかは、想像もできない。
     人間は平気で嘘を吐く。その心の裡とは相反する表情だって浮かべる事ができるのだろう。まったく理解し難い生き物だ。
    「烏天狗さんの役に立てると思いますよ。きちんと色々仕込んであるんで」
     それだけ言い残すと、詠はさっさと帰ってしまった。
     所帯を持ったなどという情報は、聞いた覚えがない。どこぞの女に子供だけ産ませたのだろうか。
     そもそも人間など自分の都合のいいように使える駒としか思っていないので、詠の人間関係など気にした事がなかった。必要がある時は無理やりにでも言う事を聞かせればいいか。そう思って一眠りした後には、詠とのやり取りもすっかり忘れてしまっていた。

    「初めまして」
     いつものように詠を呼び出した筈が、やって来た男は開口一番そう言った。
     顔も背格好も詠に瓜二つだが、良く見れば年齢が大分若いようだ。そこに至って烏天狗は、先日告げられた言葉を思い出す。
    「詠の息子というのは、お前の事か」
    「はい。今日から父の代わりに僕があなた、烏天狗さんの手伝いをさせて頂きます」
     名を問うと、父と同じく詠と呼んで欲しいという返事が返って来た。刀衆は妖怪に真名を取られぬよう、本名から一文字取った名を名乗るという。この青年の真名にも父親と同じく『詠』の字が使われているという事なのかもしれない。
    「ふうん。まあ、使えれば何でもいい」
     人間などどいつも大して個体差はない。詠にしてもただ都合がいいように使えるから、傍に置いていただけだ。
     お役に立てるよう頑張りますと宣言した青年は、言葉通り烏天狗の為に働いた。できるだけ顔を合わせまいと逃げ回っていた父親と比べると、働きぶりは幾分ましだったかもしれない。
     その息子も、跡継ぎを作ったと告げそれきり顔を出す事はなかった。そして次の『詠』が烏天狗の元に訪れるようになった。
     
    「人間界ではクローン技術っていうのが開発されて、同じ人間をたくさん作れたりするらしいんですよね」
     そう言ったのは、一体何人目の詠だったろう。
    「まだ研究段階だし、莫大な金が掛かるらしいんで、一般の人間が簡単に自分の複製を作れるって訳じゃないんですけど」
     要するに人間同士の交わり以外でも、何やら得体のしれない技術で人間を作り出す事ができるようになったらしい。
    「工場みたいなところで、簡単に自分の複製が作れたら、苦労しないんだけどな」
     別に人間の技術にも事情にも興味はないが、その言葉を口にした詠が見覚えのある表情を浮かべている事に気づいてしまった。だが相変わらずその感情は読み取れない。
     今までの詠達は、代替わりを告げた時にこういった顔をしていたような気がする。
     別に子孫代々自分に仕えろなどと命じた訳ではない。今までも用事を言いつける頻度はそう多くもなかっただけだし、いなければいないでそう不便もないとは思う。
     ただふと疑問に思った。だから気紛れにそれを口にした。
    「なんでお前たちは、子供を差し出してまで俺に仕えるんだ?」
    「あー、ええと。それ聞いちゃいます?」
    「お前の口ぶりだと、子供を作る事も気が進まないようじゃないか」
    「それはまあ、そうなんですけどね」
     青い瞳に射抜かれて、詠はバツが悪そうに視線を逸らした。
    「またガキのうちからあんたに仕えろって言われて育って、何言ってんだって思ってたけど」
     一度深く息を吐いてから、思いきったように次の言葉を継ぐ。
    「何となく親父達の気持ちが分かったような気がしたんですよ。烏天狗さんに初めて会った時」
     それは問いの返事にはなっていなかったが、無理に聞き出そうとしてもきっと詠はのらりくらりとかわすつもりだろう。
     会話を終えると、詠はすぐに帰ってしまった。
     そしてその日以降彼が烏天狗のねぐらへと訪れる事はなく、次の代の『詠』がやって来る事もなかった。
     
     人間界ではまた大きな変動があり、政が大きく変わったらしいが、大鳥居は変わらず悠然とそこに在り、葛の葉の絡んだ屋台からは食欲をそそるラーメンの香りが漂っている。忙しく立ち働く鎌鼬と、動こうとする様子のない店主。昔から変わらないその光景が、何だか懐かしく感じる。
    「いらっしゃい」
    「あ、烏天狗。久しぶり」
     明るい声で出迎えてくれた鬼火に向かって、一抱えほどある包みを放り投げた。
    「わわっ」
     鬼火が受け止め損ねた包みを、九尾が横から手を出し上手い事両手におさめる。ふわりと甘い香りが周囲に漂った。
    「いい匂い! 果物かな」
    「桃だね」
     興味津々といった様子で覗き込む無邪気な妖に、狐の妖は桃色をした果実を一つ手渡してやった。その表情は常よりほんの少しだけ柔らかい。
    「烏天狗の家の庭に生る桃、甘いんだよなあ」
     鎌鼬も包みの中から桃を一つ手に取り、豪快に齧り付いた。
    「ちょっと! 着物が汚れるから、こっちに汁を飛ばすなよ」
     賑やかなやり取りも、もうすっかり毎年恒例のものだ。
    「おーい、先にラーメンを出してくれよ」
    「丁稚じゃねえよ! っと、麺がのびたら大変だ」
     客に急かされた鎌鼬は、お決まりの文句を口にしながらカウンターの中へと戻る。程なくして烏天狗の前にも、湯気のたつどんぶりが置かれた。
     黄金色のスープに縮れた細麺。厚めのチャーシューに卵まで乗っている。
     どれだけ長く生きても人間の事を理解できそうにないが、人間の生み出す文明、特に食べ物は称賛に価すると思う。
    「しかし健気なものだね。とうに人としての生を終えているのに、未だにこうして毎年恵みを提供してくれるなんて」
    「は?」
     いつの間にやら隣の席に移動していた九尾の突然の言葉に、烏天狗は形の良い眉を寄せた。
    「よほど懸想していたか。ああ、こういうのは執着と言うんだったか」
    「……まったく迷惑な話だ」
     そう応えを返しながら、妖は紅色の瞳を思い出していた。姿も声ももう思い出せないが、あの鮮やかな色だけが記憶の隅に焼き付いている。
     最後の『詠』は息子を作る事はしなかった。その代わりに種を呑んだのだ。
     烏天狗が暮らす家の庭には、立派な桃の木がある。そして毎年実りをもたらす。
     人間の心など理解できないし、知りたいとも思わない。だがあの大きな瞳に自分だけが映っているのは、悪い気分ではなかった。
     人よりずっと強い力を持ち、寿命も長いとはいえ、妖怪は決して不老不死ではない。自分にもいつか死を迎える時が来る。
     千年後か、もっと先か。いつになるか分からない。
     だが次にまた生を受けるとしたら、一度くらい人間に生まれるのもいいかもしれない。
     (その時には、詠。お前に感情というものを教えて貰うとしよう)
     心の中でそう呟くと、美しい妖は湯気をたてるラーメンを啜り始めたのだった。 
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