お題「熱中症」「いいか、絶対ここから動くなよ。すぐに帰って来るからな」
そう言い置いて清磨が走り去ってしまうと、途端に心細くなる。
どうしてこんな事になってしまったのだろう。ほんの三十分くらい前まではあんなに楽しかったのに。
日陰にいるというのにパラソル越しにも感じる日差しと初めて感じる身体の怠さに耐えながら、ガッシュは膝を抱えて丸くなった。ビーチマットが敷いてあるとはいえ、その下の砂もかなりの温度となっている。灼熱の熱さと具合の悪さ、そして何より清磨が傍にいないという事実が段々と心に侵食し、大きな瞳にじわりと涙が浮かぶ。
朝のニュースでたまたま海遊びをする人々の映像を見たガッシュが突然海に行きたいと言い出したのは、本当に突然の事だった。そしてそれに対する華の返答は、ガッシュと清磨にとって意外なものだった。
「清磨、ガッシュちゃんを連れて行ってあげたら?」
「いや、いくらなんでも突然すぎるだろ」
「いいじゃない。今日も気温が高くなるらしいし、水遊びをするにはいい日和なんじゃないかしら」
今ひとつ乗り気ではないらしい息子に対して、華はいつものようにどこか呑気に思える口調で言葉を返す。
「もし今からでも誘えるお友達がいるなら、誘ってみたらどう?」
「いや、そんな突然誘うのもどうかと思うけどな」
そこで言葉を切ると、清磨はガッシュの方へと向き直った。
「あんまり暑いところに長くいるのも良くないから、一番気温の高くなる2時には帰るぞ。それでもいいか?」
「もちろんなのだ! 清磨、連れて行ってくれるのか?」
「ああ。ただしちゃんとオレの言うこと聞かないと置いて帰るからな」
「ウム、分かったのだ! 清磨、ありがとうなのだ!」
華が想定していた友達というのが、清磨のクラスメイト達だったのか、それとも時折遊びに来る魔物の子達の事だったのかは分からない。だがいずれにしてもきっと清磨は誰かに連絡を取ったのだろうと思っていた。
海に着いてひとしきりはしゃいでから「そういえば、今日は他に誰が来るのだ?」という問いに「いや、今日はさすがに誰にも声かけなかった」という返事が返って来た時、がっかりするよりも嬉しい気持ちの方が大きかった。
(今日は清磨を独り占めできると思ったから、バチが当たったのかのう)
いつもの元気はどこへやら。生まれて初めて軽い熱中症にかかったガッシュは、すっかり意気消沈してしまっていた。
「ヌ?」
いつのまにやらうとうとしてしまっていたガッシュは、額に何か冷たいものが押し当てられたことで目を覚ました。
「悪い、待たせた」
顔を上げるとバツの悪そうな表情を浮かべたパートナーが目の前にいた。それだけで今まで小さな胸を押し潰してしまいそうだった不安が、すっかり晴れてしまう。
「起きれるか? ペットボトルいっぱい買って来たから飲めるだけ飲んどけ」
熱中症用の飲料をガッシュに手渡すと、清磨はどこで調達して来たのか冷やしたおしぼりで、甲斐甲斐しく顔を拭いてくれている。
(こんなに清磨が優しいなんて……やっぱりバチが当たったのかもしれない。でもこんなに優しくしてもらえるなら、具合が悪くなるのもたまにはいいかもしれんのう)
そしてパートナーの方はガッシュの心中など知る由もなく、まさか魔物の子も熱中症になるなんてと自分の管理不行届を猛省していたのであった。