その花の名前は知っている「日本には随分桜の木が多いんだな」
住宅街の中にある小さな児童遊園の前を通りがかった時、ぽつりとデュフォーが呟いた。
「ん? ああ、そうだな。あんまり気にした事なかったが、言われてみれば学校の校庭なんかにはほとんど植えてあるな」
足を止め後ろを歩いていた友人の方を振り向くと、そのはずみで手にしたエコバッグの中の酒瓶がぶつかり合い微かに音を立てた。
淡い色の瞳が見上げるのにつられるように頭上を見上げると、盛りの桜色がトンネルを作っている。
「それにしても良くこの花が桜だって知ってたな」
言ってしまってから、そういえばこいつにかかれば分かって当たり前なのだと気づく。それにしても花なんかには全く興味のないタイプだと思っていた。
「昔ゼオンと一緒に見たことがある」
二人がお花見をしている光景を思い浮かべようとしたが、あまりにも似合わない組み合わせ過ぎて少し笑いそうになってしまった。
「弁当持って公園にでも行ったのか?」
「いや」
そう一言だけ返したデュフォーの視線はまだ桜へと向けられている。
「正確に言えば桜を見ていたのはゼオンだけだな」
気づいてしまった。いつもより和らいで見えるその目が捉えているのは、咲き誇る花でも舞い散る花弁でもない。
「オレは桜を見ているゼオンを見ていた」
きっとデュフォーの目には、桜の枝の上に立つゼオンの姿が見えているのだろう。
オレが今でも夕暮れの公園で夕日に染まったガッシュが振り向く様を見てしまうように。真夏の向日葵畑で大輪の花の間からのぞく金色の髪を探してしまうように。
「また一緒に見れるといいな」
必ずまた会えると信じる気持ちは、きっとデュフォーも同じだろう。
ああ、と短く答えた彼の瞳は過去ではなく、いつかの未来を見据えているようだった。
辺境の村への視察の帰り、寄りたい場所があるからついて来て欲しいと告げた弟は、こちらの返事も聞かずに駆け出して行ってしまった。一度言い出したら聞かないタチだと分かりすぎるくらいに分かっているので、溜息一つ吐いて後を追う。
話しかけるタイミングを見失って無言のまま悪路を10分ばかり歩いた頃、前方の空がピンク色に染まっているのに気づいた。
「花、か?」
「ウム。魔界の樹木だがこの樹に咲く花は桜に良く似ているのだ」
ひらひらと舞う花弁を手に取って見ると、形こそ少し違うが確かに桜の花に良く似ている。何よりその色は、かつて日本で見たかの花にそっくりだった。
「桜、見たことあるかの?」
青空に映える桜色を見上げながらそう尋ねたガッシュの瞳は、花より遠くの何者かを見ているようだった。
「ああ。日本に行った時に見たことがある」
自然と自分もそこにいる筈のない姿を探してしまう。
「清麿とお別れした頃、あちこちに桜が咲いておった」
「そうか。日本は春だったんだな」
「ウム」
短く答えて振り向いたガッシュの金色の髪が、陽光を弾いて眩しかった。
「必ずいつかまた一緒に見るのだ」
いつとも知れないいつかが、必ず来ると信じているのだろう。キラキラと輝く大きな瞳と視線が合うと、自然と自分もそれを信じたくなった。
必ずまたいつかあいつと共に、あの花を見よう。
再会が叶うのならば。願わくば今日と同じようなよく晴れた青空の下で。