「匂いがきつい」
そう言って顔をしかめたJ太朗にふり返ると電柱二つ先の軒先にクチナシの花が見えた。白い。
死を連想させる色。
これだけ離れても匂って来るのだからそれはそうだろう。ふむ。
「それじゃあこっち」
手を引いていつもと違う横道にそれた。人気が無いのを良いことに手を握ったままどんどん進む。いつもと違ってJ太朗の手のひらは冷たい。随分前にひとりこの辺りを歩いて廻ったことがあった。高級住宅街の路地は迷路のように入り組んでいるのが楽しくて…。
眉間に皺を寄せたまま戸惑ったように黙って腕を引かれているJ太朗が可笑しくて、でも早く辿り着きたくて、早足を止められない。
ふわりと匂ってきた金木犀の香。
ここだよ。
振り向くと ん…? 表情が変わった。古くて大きな敷地の家。壁越しに庭の金木犀が揺れている。樹木の背は随分と高い。見上げた彼の横でにっこり笑う。
「すごいだろ」
「…ああ」
毒気を抜かれたJ太朗の呆けた顔を見ながら、僕は満足感でいっぱいになった。こんな住宅街の路地裏で。
最後の夕陽が一瞬照り返して、日が落ちた。
「今日の夕飯は鰤の照り焼きだよ」
「悪くねぇな」
曲がり角を抜けて一本道を違えて、漂ってきた夕餉の香りに一気に日常感が戻ってくる。
僕らの家まであと少し。