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    佳芙司(kafukafuji)

    ⚠️無断転載・オークション及びフリマアプリへの出品・内容を改変して自作として発表する行為等は許可していません。⚠️
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    POIPOI 71

    企画提出作品。テーマ「サンダル」です。

    #京園
    kyoto-on

    京園⑫#ゆるっと京園夏休み


     大きな目標を達成する為に、手前にいくつか小さな目標を設定して、それを一つ一つ順番にこなしていけば大きな目標も達成しやすい。という手法は一般的であると思う。
     今し方首に巻かれたマフラーの、青と紫のグラデーションの色から感じる印象とは裏腹に、ふわふわと柔らかな手触りとあたたかさ。それによって思考をあらぬ方向へ飛ばしかけながら、しかし京極はマフラーの端のフリンジ部分を指先で摘んだ。三つ編みになっている為か適度に重さがあり絡まらない。

    「いつか絶対、セーターも完成させたいの! だからこれは通過点よ。今度こそ挫折しないで頑張るから、待っててね真さん!」

     両手で拳を作った園子が白い息を吐く。ボクシンググローブのような手袋を嵌めている為に一見ファイティングポーズのように見えて、そのちぐはぐさが愛らしいと京極は反対に小さく息を呑んだ。
     久方振りに帰国した東京が、ここ数年で稀に見る寒波の影響で冷え込んでいると、今朝見た天気予報で言っていた事を彼は思い出す。その寒さに感謝しようと瞼を伏せる。然もなければこの頬の熱をなんと弁解すればいい。俯いて息をすると眼鏡が曇って彼女の表情が見えない。こういう時ばかりは本当に眼鏡が心の底から煩わしい。

    「こんな、素晴らしいものまでいただいた上に、いいんですか。待っていても?」
    「元はといえば私の所為だけど……普段私が待ってる側な訳だし。真さんも何か一つ、私の為に待ってくれてもいいじゃない」

     おあいこよ、と笑って園子がマフラーの両端を持って手早く巻いた。「とりあえずネクタイの結び方と同じやり方で巻くわね。結構あったかいでしょ」と説明する彼女の手元を、一瞬見た動作を覚えようと頭の中で反芻している時、彼女のヘアバンドの上に雪が一片降ってくる。また降り出したのかと手で雪を退けようとした瞬間、顔を上げた彼女の頭がすっぽり掌に収まって、あ、と間抜けな声が出た。

    「す、すみません」
    「え? 頑張れって撫でてくれたんじゃないの?」

     そうではなかったとしてもそうすべし、と目で訴えられ視線の強さにたじろぐ。結局負けて、京極は彼女の頭を撫でた。嬉しそうに彼女が目を細めるのを見て、自分の行動が間違っていなかったとほっとする。
     陽が落ちてきて急激に気温が下がった事もあってか、空気は肌を刺すように冷たい。 足元は積もった雪が一度溶けて滑りやすくなっているからか、踵に少し高さのあるブーツを履いた彼女は歩幅を縮めて慎重に歩いていた。危なっかしいという単語が頭に過ぎる。
     咄嗟に、というよりはほぼ無意識で、京極は園子の手を掴んだ。

    「転んだら、危ないですから」

     白い息を混ぜながら、彼女が眸を瞬いて京極を見た。あ、と一言だけ発して、しかし結局言葉にならずに小さく首肯する。足先へ目線を落とした園子の耳が赤いのは寒さの所為か、それとも何か別の要因でもあるのだろうか。握った手に力を込めれば彼女の手もまた彼の手を握り返す。間違いなく寒さは感じているのに、繋いだ手はあたたかく、いつまでもこうしていたいと願わせるほどぴったりと馴染んだ。
     恋人と手を繋いで歩いたのは今正にこの瞬間が初めてだったと、京極自身が気付いたのはその日の夜眠る直前で、当然ながらまともに眠る事が出来なかった。


    ***


     あの日の寒さは何だったのかと季節が巡って今は夏の盛りだ。このところは毎年のように最高気温を更新しているが、流石に同じような季節を幾つか過ごすと、新しい環境への適応力が身に付いたり勘が働くようになって、ある程度予測も立てられるようになる。
     だがそれでもまだ足りず、尚も想像を超えてくる事もまた起こり得る。その状況下に唐突に放り出されて、京極は血の気が引くやらのぼせそうになるやらで心中穏やかではなかった。

    「どうして肩紐が右肩だけないんですか……!?」
    「なんでって、ワンショルダータンクトップだからよ。一応言っておくけどこういうデザインだからね?」
    「首と肩周りと背中が開き過ぎです。というか、足も出過ぎでは」
    「夏なんだからいいじゃない、だって暑いんだもん! 一応上着も着てるんだからそんなに心配しなくてもヘーキよ」

     何を以ってそのように断言出来るのか、根拠は何なのか。園子の理論を京極は未だに理解出来ない。季節に合わせて装いを変える彼女が、暑くても寒くても肌を見せるような型の服を選んで着る事が多い事はもう流石に彼も知っている。自分が側に居なかった今まで一体どうやって過ごしていたのだと過去に遡ってまで不安を覚えて、やはり受け入れ難いと京極は‪顳顬‬に汗を滲ませた。
     肌やボディラインを晒していても健康的で溌剌とした印象を与える園子の装いは、彼女にとても似合っていて魅力的である事は京極なりに理解出来る。だが同時に、隙がある状態だという事も分かるからこそ気が気でない。先程からチラチラと彼女を盗み見ている人間の気配を感じるし、今し方通り過ぎて行った男などは園子の陽に焼けていない白い脹脛とアキレス腱の輪郭を目で追っていた。
     足元、でふと気が付いて京極は改めて彼女を見る。そういえば今日は普段に比べて身長差を感じないのは何故かと目線を向けて、踵を上げて背伸びの姿勢をさせるようなヒールの高いサンダルを彼女が履いている為だと気付いた。

    「真さん? どうしたの?」

     急に黙って凝視してくる京極の様子に気付いた園子が首を傾げて彼の視界に入り込む。自然と上目遣いで覗き込むような仕草になった彼女と正面から目が合って、俄かに彼は狼狽えた。

    「い、いいえ。なんでもありません」
    「ほんとに? なんか、まだ納得してませーんって感じの顔してるけど」
    「いえ、本当に、園子さんが平気だと仰るならそれで、もう分かりましたから……」

     更にじっと見つめられて京極は思わず視線を逸らした。彼女がヒールの高い靴を履いている所為でいつも以上に距離を近くに感じ、たったそれだけで先程あんなに気になった服装が取るに足らぬ瑣末事のように感じられてしまう。
     根本的な問題として、京極は彼女の言う事であればおおよそ何でも理解に努めたり、落としどころを見つけて自分なりに納得して聞き入れてしまう。園子に露出度の高い服を着ないでほしいという気持ちと、彼女の真っ直ぐな心が感じるまま選択した事に対して無暗に反対や対立はしたくないという気持ちは常に同時に成立しており、後者の方の思いが常に強い。
     ただ、隙があるという事に変わりはない。京極は気を取り直し小さく咳払いをしてから、掌を上に向けて園子へ手を差し出した。

    「その靴だと歩きにくい事もあるでしょう。転んだら危ないですから」
    「あ……うん。そうね」

     一瞬躊躇うような間を置いてから重ねられた彼女の手を握る。己の手の中にあるその細い指先を見下ろしながら京極は何とはなしに、これは自分のものだ、と思った。

    「あのね、真さん」

     視線に気付かれたかと彼は一瞬身構えたが、彼女は僅かに伏せた目を泳がせているだけだった。なんでしょうか、と問う声にはいつもより緊張が滲んでいたかもしれない。

    「今日履いてるサンダルね、お気に入りなんだけど、たまに歩いててバランス崩しそうになるの。もし本当に転びそうになったらしがみついてもいい? ……な、なんてね!」

     照れ隠しで冗談っぽく笑う園子を、京極が足を止めてじっと見つめる。目を瞬いて首を傾げた彼女の前で、ややあってから彼は至極真面目な顔付きのまま口を開いた。ついでに腕が掴みやすいよう脇を少し緩める。

    「勿論構いません。体幹には自信がありますから」
    「……それもそっか。ふふ、そうよね」

     繋いでいない方の反対の手でわざわざ拳を作って言い切る京極に園子は思わずという風に笑って、繋いだ手を控え目に揺らしながら再び歩き出す。何かおかしな事を言ってしまっただろうかと眉尻を下げる彼に、園子は含みのある微笑みを向ける。

    「真さん、初めて手繋いだ時も私が転ばないように心配してくれたなーって。……でもね、あれ実はそういう作戦だったの」

     冬の時の事覚えてるかしら、と悪戯っぽい表情を浮かべる園子に京極は頷く。そういえばあの日のブーツも少し底が厚いタイプの靴だった。今日のサンダル程の高さはなかったが、雪も相俟って危なっかしいと思ってつい手を伸ばしてしまったが、まさかあれが彼女なりの計算だったのかと京極は僅少目を瞠る。
     驚いている間にふと彼女の手が離れて腕を組まれ、今度こそ彼は吃驚した。恋人同士の距離感としてはごく普通の事かもしれないが、京極にとっては心臓に急激な負担がかかるほどドギマギとして落ち着かない。

    「そ、園子さん、あの」
    「これは暑くて眩暈して転びそうになっちゃった、って事で。ね、いいでしょ?」

     園子は組んだ腕に力を込めて、その分だけ彼の方へと身を寄せた。陽射しの所為のみではない体温の上昇を覚える。自力で抑えられない汗が噴き出してきやしないかと密かに焦る京極の横で、園子もまた頬がほんのりと熱くなるのを感じていた。
     真夏の正午過ぎ、時折吹き抜けていく風さえ生温く二人の体感温度を上げる。こんなにも暑くては仕方がないと言い訳をしながら、二人は暫くの間ぴったりと寄り添い合ったまま歩いた。



    〈了〉


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    Replies from the creator

    佳芙司(kafukafuji)

    REHABILI園子さんは正真正銘のお嬢様なので本人も気付いてないような細かなところで育ちの良さが出ている。というのを早い段階で見抜いていた京極さんの話。
    元ネタ【https://twitter.com/msrnkn/status/1694614503923871965】
    京園⑰

     思い当たるところはいくらでもあった。
     元気で明るくて表情豊か。という、いつかの簡潔な第一印象を踏まえて、再会した時の彼女の立ち居振る舞いを見て気付いたのはまた別の印象だった。旅館の仲居達と交わしていた挨拶や立ち話の姿からして、慣れている、という雰囲気があった。給仕を受ける事に対して必要以上の緊張がない。此方の仕事を理解して弁えた態度で饗しを受ける、一人の客として振る舞う様子。行儀よくしようとしている風でも、慣れない旅先の土地で気を遣って張り詰めている風でもない。旅慣れているのかとも考えたが、最大の根拠になったのは、食堂で海鮮料理を食べた彼女の食後の後始末だった。
     子供を含めた四人の席、否や食堂全体で見ても、彼女の使った皿は一目で分かるほど他のどれとも違っていた。大抵の場合、そのままになっているか避けられている事が多いかいしきの笹の葉で、魚の頭や鰭や骨を被ってあった。綺麗に食べ終わった状態にしてはあまりに整いすぎている。此処に座っていた彼女達が東京から泊まりに来た高校生の予約客だと分かった上で、長く仲居として勤めている年輩の女性が『今時の若い子なのに珍しいわね』と、下膳を手伝ってくれた際に呟いていたのを聞き逃す事は勿論出来なかった。
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