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    sayuta38

    鍾魈短文格納庫

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    sayuta38

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    しょしょドロライ13回目「遠出」
    疲れたから遠出しようとする鍾離先生の話

    #鍾魈
    Zhongxiao

    遠出「少し、遠出しようと思うのだが、お前も共にどうだ?」
    「我には……降魔があります故……その……」
     いつものように、望舒旅館で共に茶を飲んでいた時であった。鍾離から誘いを受けたのだ。一体どこへ行こうというのだろう。璃月港や沈玉の谷では遠出というかは微妙なところだ。モンドは遠出に値するだろうか。あまり遠くでなければ共に行くこともできるかもしれないが、行けない可能性の方が高いと思った。
    「そうか」
     鍾離は目を伏せ、茶を眺めていた。しばしの沈黙が訪れる。ふぅ。と鍾離が息を吐いて茶を一口飲んだ。気落ちされてしまったのかもしれない。
    「そ、その……行先によっては……可能かと」
     おずおずと全く無理ではない旨を伝えると、じっと石珀色の瞳に見つめられた。
    「お前と行ける範囲で構わない。沈玉の谷の方で筏を借りたのだ。一人で漕ぐのも虚しいと思ってな」
    「そ……うなのですね。ならば行きます」
     魈は小さく息を吐いた。例えばスメールの砂漠に行きたいと言われた場合であれば同行できないところであったかもしれないが、璃月内であれば問題ない。
    「そうか。ならば、明日の同じ時間に遺瓏埠の辺りで落ち合おう」
    「承知しました」
     いつもなら魈が誘いに乗った瞬間、鍾離の周辺にはポツポツと花が咲きそうな程の笑みを見せてくれるのだが、今日の鍾離は淡々としていた。どこか違和感を感じながらその日は別れ、また次の日に会うことになったのである。

    「どちらに向かいますか? 我が筏を漕ぎます」
    「そうだな。行くあては決めていない。川の流れるまま、身を任せるとしよう」
     あくる日の夕方、遺瓏埠付近にて鍾離と落ち合った。早速と筏に乗り込み、魈が漕ぎ役を買って出たのだが、鍾離が最初のひと漕ぎをした後は座るように促されてしまったので、大人しく鍾離と共に筏に備え付けられた簡素な椅子の上に座った。筏は川の流れとともに、ゆっくりと流されるように進んで行く。
     鍾離は遠くを眺めていた。目線の先を追ったが、どこを見ているともわからず遠い目をしていた。いつも共に出掛ける時には、どちらかというと朗らかな顔をしているのだが、今日は能面のように表情がない。何も言葉を発しない。ただ川に流されているだけだ。
    「このまま流されていたら、どこか遠くへ辿り着くものだろうか」
     鍾離がポツリと呟いた。それ以上の会話はなく無言の時間がしばし流れていき、魈は段々不安になってきてしまった。この筏は流れに身を任せていても、ただ下流の翹英荘付近に流れ着くはずである。それ以外の場所に辿り着くなんてことはないはずだ。鍾離の言う『遠出したい』というのは、場所を指しているのであろうか。それとも、ここではないどこか遠くというのは、もしや……という考えも過ぎる。遥か遠くを見ている鍾離の石珀色の瞳が、儚げに見えてしまう。ああ、このような時、何と声を掛けたら良いのかがわからない。
    「し、鍾離様……」
    「ん?」
    「あの……まだ、我は鍾離様と共に過ごしたく……」
    「ふむ?」
    「……まだ、いかないでください」
     魈は立ち上がった。鍾離に一歩一歩と近寄り、そっと手を伸ばして鍾離の胸元に顔を埋める。そして、背中に手を回してきゅっと力を込めた。
    「? どういうことだ?」
     そう言いながらも、鍾離も魈の背中に手を回して、ぎゅっと抱き締めてくれた。あたたかい体温と、トクトクという規則正しい鍾離の心音が聞こえる。
     何と返したら良いのかわからず、より強く鍾離を抱き締める。どこにも行かないで欲しかったが、今にも消えてしまいそうな雰囲気を感じたのだ。急に目の前からいなくなってしまうのは、魈の我儘ではあるが、やめて欲しかった。
    「鍾離様、どうか……」
    「何を思っているのかはわからないが、お前から抱擁してくれるとは……それもいいな」
     髪を撫でられる。そのまま背中へと指を滑らせ、抱き寄せられた。何をされても別れの挨拶に聞こえてしまう。
    「……っ……」
    「遠くへ行きたいと言ったのは、そうだな。あてもなく目的地も決めず、ふらりと外出してみたかった。とでも言うべきか」
    「……?」
    「だから、その……特に理由はないんだ」
    「理由は、ない……?」
     鍾離の膝の上に乗せられ、横抱きになるような体勢で抱き込まれた。魈も鍾離の存在を確かめるように、しっかりと身を寄せてそっと抱き返した。
    「少し、疲れを感じて早めに対処しようと思ったというべきか……」
    「疲れ……というのは……摩耗のことでしょうか」
    「いや、違うな……これはただの疲労だ」
    「疲労……?」
     この元岩神が、疲労を感じたなどと言ったことがあっただろうか。昨日から鍾離がいつもと違うように感じていたのは、疲れから気落ちしているように見えていただけだったのだ。
    「我は……鍾離様が消えてしまうのかと……」
    「はは。お前にはそう見えていたのか。それはすまないことをした」
    「笑い事ではありません! 我は……我は……」
     じわりと目尻に雫が浮かんだ。いつか別れの日は来るものだが、もし、今、を考えてしまったのだ。
    「すまない。お前を置いては……まだいけないな」
     誰にも見られていないのをいいことに、より強い力で抱擁され、髪に口付けをされる。髪を撫でられ、頬を撫でられ、それから少し上に向かされて唇を重ねられた。
    「……疲労は少しでも、軽減されたのでしょうか……」
    「ああ。今回復した」
     感謝する。そう鍾離は言って再度口付けを一つ落として、少し微笑んだ。
     この筏はもうすぐ下流に辿り着く。どこか遠くへ辿り着くのは、まだ先だ。
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