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    sayuta38

    鍾魈短文格納庫

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    sayuta38

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    しょしょドロライ7回目お題「海灯祭」
    祭りの期間中は先生に会わないと決めていた魈の話。

    #鍾魈
    Zhongxiao

    街の灯り「う……」
     木の上に座って、気絶するように僅かな休息を取って瞼を開ける。横になって眠ったのはどれくらい前であったかも忘れた。
     疲労を感じる暇もないくらいに、連日妖魔が現れる。屠っても終わりがなく、まるで魔神戦争の渦中にいるかのようだ。
     休める時に休み、妖魔の気配がすればすぐに動き出す。その繰り返しで朝も昼も夜もない。海灯祭の期間は毎年そうだ。百年以上そうしてきたのだから、今更それに対しては何も思うことはない。
     鍾離から貰った薬を口に放り込んで噛み砕く。正直苦くてあまり口にしたくはないが、これがないといつ魔に堕ちてしまうかわからない。街の灯火の中に入りたいとは思わないが、折角凡人が祭り事で盛り上がっている中、災厄をもたらす存在になることだけは避けたかった。
     業障を完全に鎮火させる程の効果はないかもしれないが、鍾離が作ってくれた、ということもあり御守りのように食事の代わりに食べている。
     望舒旅館へもしばらく帰っていない。杏仁豆腐も随分長く口にしていない。嗜好品は思考の邪魔だ。望舒旅館へ帰った時に、もし鍾離に会ってしまったら気が抜けてしまうかもしれない。だから会わないようにしている。鍾離も海灯祭の準備などで忙しくしているだろう。例え鍾離が望舒旅館に来ていたとして、そこに魈がいなくても探しに来たり追ったりまでするような暇はないと考える。魈にかまけている時間があるのならば、他のことに使った方が懸命だ。魈の気配を追えば、生存の有無くらい鍾離ならわかるだろう。
     今は己に寸分の隙も作りたくない。だから、鍾離には会わないと決めていた。


     何度望舒旅館へ寄っても魈はいなかった。オーナーに話を聞くと、しばらく戻らないと言って出て行ったと話をしてくれた。ただの凡人なら、降魔大聖の近況など教えてくれないだろうが、ここは往生堂の客卿という地位が役に立っている。妖魔の気配が目立つのは毎年の事ではあるが、魈はずっとそれと戦い続けているのが常だ。
     労った所で彼の傷が癒えるはずはない。数日前に薬をいつもより多く欲しいとわざわざ訪ねて来ていたのには、しばらく会わないという意味合いが含まれていたのだろう。
     気配を探ればどこにいるかはわかる。わざわざ足を運んだ所で何もしてやれないただの凡人は、邪魔にしかならないだろう。
     しかし、昨年度は笛吹きに助けられたと言っていた。それくらいの助力ならば鍾離にも可能であると考える。
     ……さて。
     面と向かって会いに行くことはしないが、祭の期間中の魈の具合は特に気にはなる。気にしていることを気取られてしまうと、心遣いなど無用だと言われてしまうのだが、知らない所で魈が魔に堕ちてしまえば後悔どころでは済まなくなる。
     魈が動かなくなる一瞬を狙う。そこまでするのかと言う話だが、そこまでしても大事にしたいのが、魈という名をつけた夜叉の存在であった。
     気配を消して近付く。魈は木の枝に腰掛けて瞼を閉じていた。元々色素の薄い肌ではあるが、いつもより青白く見える。頬や衣服には煤の様なものが所々ついており、全くもってゆっくり休めていないことがよくわかる。額に手を触れ、頬、首筋と僅かに触れない距離を空けて手を翳す。本当は口移しで仙気も分けたいところではあるが、そうすると魈は起きてしまうだろう。だからほんの、ほんの気休めにしかならない行為だ。
    「今はこれだけしかしてやれず、すまない」
     魈に言葉を届けることなく独り言ちる。目を覚ます前にとその場を去ったが、日を開けることなく、魈がどこにいても毎日のように通っては顔を見て、どこか安堵していた。

     
     今年も人々の願いを託した霄灯が空へと高く飛び立つのを見て、祭の終わりを知る。やっと少し休めるかもしれないと、最後の連理鎮心散を噛み砕きながら天衡山の草むらに座り、璃月の街を見下ろす。ただの光るゴミを少しずつ綺麗なものだと感じられるようになったのは旅人のお陰でもあるが、主君が凡人としての生活を楽しみ、その話を魈に聞かせてくれるからなのかもしれない。
    「鍾離様……」
     もうそろそろ、少しくらい休んでも良いだろうか。横になっても大丈夫だろうか。否、今日はまだ妖魔が現れやすい日である故、いつでも飛び立てるようにしておかなければならない。あとどのくらいすれば、望舒旅館へ帰れるだろうか。
     鍾離様の顔が見たいと願って霄灯を飛ばせば、その願いはどこへ行くのだろう。そんなものに願わなくとも、鍾離様にお会いしたいと思う気持ちを今持つことは、許されるだろうか。
    「街中から見える明霄の灯りも良いが、天衡山から見える景色も中々に良いものであるな」
    「……し、鍾離様……!?」
    「言笑殿に杏仁豆腐を包んで貰った。食べるか?」
     そんなことを考えながらぼんやり街の灯火を見ていたら、突然鍾離に声を掛けられて腰を抜かしそうになってしまった。そんな魈を他所に、鍾離は隣に腰掛けている。土の上に鍾離を座らせるなどありえないことであり、更に自分も鍾離に会うにしては、あまりにみすぼらしい身なりをしている。
    「疲れた時には甘いものが染みると凡人が言っていたが、仙人様はどうだろうか」
    「あ、の……鍾離様は、な、何故ここへ……」
    「今日くらいは、俺も英雄を労ってもいいだろうと思ってな」
    「我は、英雄などでは……」
    「降魔大聖は相変わらず謙虚であらせられる」
    「鍾離様、おやめください……今日はその、鍾離様の御前にいるにはあまりに失礼な風貌なので、日を改めます」
     すぐ様立ち上がって去ろうとしたが、腕を掴まれて阻まれてしまう。隣に座るよう促され、仕方なく元の位置に腰を降ろした。
    「なに、ただの凡人の前だ。失礼なことなど何もない。むしろ仙人様の休息のひと時を邪魔しに来た俺の方が失礼に当たるのではないか?」
    「そんな、滅相もありません……」
     顔もすすけている。髪もボサボサで薄汚れている。数日水浴びすらしていない。間違いなく失礼なのは自分の方だ。
    「……ちゃんとお前の顔が見たかっただけだ。少ししたら璃月港に戻る」
    「……承知しました」
     顔が見たかったのは魈も同じだ。しかし鍾離に会ってしまうと、張り詰めていた糸を少し緩めてしまいそうになる。安堵感を覚えて立ち止まってしまいそうになる自分がいる。
    「薬ばかり飲んでいないで、少しは食べることも大事だ。食にも人の思いが宿る」
     差し出された杏仁豆腐は、酷く美味しそうに見えた。恐る恐る匙ですくって口に入れると、頬が蕩け落ちそうな程甘かった。いけないと思いながら、幾分か気分が安らいでしまう。
    「まだ日が昇るまでは、妖魔の動きにも気を張らねばなりません。今は、これだけで充分です」
    「……そうか。残りは後でお前の部屋に置いてくるとしよう」
    「お心遣い、感謝します」
    「魈」
    「は、い……っ!?」
     振り向くと口付けられた。驚きに目を見張る暇もなく後頭部を押さえられ、ぐっと引き寄せられる。
    「んンっ」
    「少しのまじないだ」
     一瞬だけ触れた唇から、ほんの僅かな仙気が渡された。自分のものとは違うそれがじんわりと体内を温めていく。
    「顔を見てしまうと駄目だな。もう一日待てば良いのに、俺も大概堪え性がない。お前が行かなければいけないことは頭ではわかっているのだが、離れるのが惜しくなってしまう。……引き止めて悪かった。近々顔を見に行った時には、望舒旅館でお前に会えることを楽しみにしている」
     やはり鍾離は望舒旅館へ来ていたのだ。帰らなくて正解ではあったが、結局鍾離は今目の前にいる。こんなことを言われるともう駄目だ。この場から立ち去るのが難しくなってしまう。
    「……我は……鍾離様の傍にいると、自分の弱さを感じずにはいられません。なので、少しの間避けておりました。すみません」
    「……どういうことだ?」
    「一人で立てなくなりそうで、い、嫌、なの、です」
    「……魈は、それだけ俺に気を許してくれているということか?」
     鍾離に対しては気を許すどころか、全てを差し上げても良いとまで思っている。しかし、それとはまた違う感覚のような気がする。
    「……そうなのでしょうか。上手く言葉で言い表すことができず、申し訳ありません」
    「今すぐ答えをださなくても良いが、俺といることでお前の気が紛れたり、俺を頼ろうと思ったりすることがあれば、それは良いことだと感じる」
    「良くはありません。夜叉にそのようなことは不要と考えます」
    「……そうだな。少しずつでいい。また会いに行く」
     頭の上に鍾離の手のひらが置かれ、髪を撫でて流れていった
    「鍾離様……」
    「うん?」
     優しい石珀色の瞳は、じっと自分を見ている。
     また会いたい。今日はお会いできて嬉しかったです。心労お掛けして申し訳ありません。今度はちゃんと湯浴みを済ませてから、自分から会いに行きます。
    「……いずれ、また」
     言えない言葉に唇を噛み締め、風に乗って鍾離の前から去ってしまった。鍾離に触れられた感触を忘れようと夜を駆ける。疲れていた身体は、鍾離と杏仁豆腐のお陰で随分と動きやすく、夢中で魔を屠る。
     鍾離の顔を思い出す度に、業障とは別の胸の痛みを感じる。
     この気持ちは、一体なんなのだろうか。
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