かき氷とシロップ「お前は……夏休みに何か予定はないのか……?」
「予定……ですか? バイトの予定はありますが……」
「そうではなくてだな」
「?」
大学生の夏休みは長い。ほとんど二ヶ月くらいある程に長い。バイトに生を出す者、課題に励む者、学友と遊ぶ者など様々な過ごし方があるとは思うのだが、魈はそのほとんどを家から出ることもなく過ごしている。週に何回かバイトに行き、それ以外に日雇いのバイトもしているようだが、バイト以外では鍾離と買い物に行くくらいだろうか。友達がいない訳ではないとは思うのだが、こんなにも家にいるものだろうかと少し心配になってしまった。
魈は夏休みの間、掃除、洗濯、食事のほとんどをこなし、その上年末の大掃除でもしているかのように、普段は行き届かない部分まで掃除をしていたりする。 朝も特に変わらずいつもと同じ時間に起きてきて、鍾離が仕事へ行くのを見送ってくれたりもする。家政婦のように家のことをする必要はないと伝えても、前から気になっていたので今掃除することができて嬉しいです。と魈は言っていた。
「何か、夏らしいことでもしてみるか?」
「夏、らしいこと……ですか」
今日も魈の作ってくれた晩御飯を食べながら、鍾離は提案をしてみた。魈は鍾離の言ったことにオウム返しをしながら首を傾げていた。
「プールに行ったり、花火を見に行ったり、だな」
「我は人混みがあまり好きではないゆえ……鍾離様が行きたいのでしたら、共に行きます」
「そうか」
夏のイベントごとに人混みは付き物だ。魈がこの夏出かけない理由がほぼ判明してしまったようなものではあるが、鍾離も無理に外へ連れ出したい訳ではなかった。
「それに、我は水着を持っておりません故……まずは買いに行かねばなりません」
「そういえば、俺も水着は持っていなかったな」
少しの沈黙が訪れた。各々料理を口へ運び咀嚼する。鍾離が行きたいと言えば魈は行くと言ってくれるだろう。しかし、それでは意味がないような気がした。
「かき氷など……どうだろうか?」
「かき氷……ですか」
「ああ。杏仁豆腐のシロップを先日見かけたんだ。試してみないか?」
「杏仁豆腐……」
魈が呟き、そしてまた食事を続けた。これは承諾と捉えてもいい返事だ。
「……その、かき氷を作る物がこの家にはなかったように思いますが……」
そう思ったが、魈は僅かな抵抗を見せていた。
「はは。それくらい用意する。雪のように細かくふわふわに氷を削れるものがあるらしいので、少し俺も気になっていたんだ」
「なるほど……」
「次の休みに、どうだろうか」
「……はい。我も少し食してみたいです」
魈は頷いた。結局家の中でできるイベントになってしまったが、魈に少しでも夏を感じる特別なことができるのならば、それで良いかと思った。
次の休みの日に家電量販店へ行き、一番細かく氷が削れそうなものを購入して帰った。氷とシロップは予め用意していたので、後は作って食べるだけだ。
「いくぞ」
「はい」
電動で動くそれから、ガガガ、とけたたましい音が鳴ると共に、ガラスの器へと氷が落ちていく。魈はなるべく器の真ん中に氷が集まるように、器をくるくると回していた。一定の量になると次の器と入れ替え、またくるりと回している。鍾離はただ上から氷を押さえているだけであったが、ものの数分も経たずにかき氷は出来てしまった。
「ふむ。できあがったな」
「そのようですね」
降りたての雪のような、白いかき氷が二つできあがった。見たところ確かにやわらかそうである。
「では、さっそくいただくとするか」
「はい。鍾離様はどのシロップをかけるのですか?」
「俺は、レインボーのかき氷にしようと思う」
「レインボー……」
シロップを購入する時に、杏仁豆腐のシロップはもちろん購入したのだが、自分はどのシロップにしようかと少し悩んだのだ。イチゴ、レモン、ブルーハワイ……それ以外にも、思ったより味の種類があったのである。悩んだ結果、七色のシロップをかけて食べてみることにしたのであった。
対して魈は、杏仁豆腐のシロップ一色に決めていたようで、こんもりかき氷へとかけていた。真っ白なかき氷に、さらに乳白色の艶が乗っている。負けじと鍾離もイチゴ、レモン、ブルーハワイ、メロン、グレープ、マンゴー、モモと七色のシロップをかけていった。キラキラ輝くシロップに、少しだけ笑みを浮かべてしまう。ちなみに鍾離が小学生の時でも、このようなことはした事はなかった。
「いただきます」
長いスプーンを持ち、魈と二人、かき氷をすくって口に入れる。
「……すぐ溶けてしまうな」
「はい……確かにやわらかな雪のようです」
「杏仁豆腐の味はするのか?」
「多少は……食べられますか?」
魈はそう言うと、杏仁豆腐のシロップがかかった艶やかなかき氷をスプーンにすくい、差し出してきた。鍾離はそれを口で迎え入れ、舌で転がす。僅かな杏仁豆腐の甘みが感じられた。
「お前もどれか食べてみるか?」
「……では、その、緑のところを……」
僅かに魈が口を開けたので、メロン味の部分をスプーンですくってそこへ差し込む。
「メロン味だが、メロンの味はしないと思った。お前はどうだ」
「確かに……そうですね。ただの甘みを感じます」
お互いに納得したところで、残りのかき氷を食していく。食べてみて思ったが、思ったより量があると感じた。調子に乗って作りすぎてしまったかもしれない。魈はどうだろうかと見てみると、時折目をぎゅっと瞑りながら眉間に皺を寄せている。
「どうした?」
「いえ、その……少々頭が……」
「ああ、なるほど。すまない。作りすぎてしまったな」
「いえ、夏休み分のかき氷と思えば……」
そう言いながら、魈は顔をしかめつつかき氷を食べている。機械はあるのだから何度でもかき氷は食べれば良いと思うのだが、この夏休みに今日一日だけかき氷を食べるつもりだったのかと少しおかしくなってしまった。
「ふ、はは」
「……なにか、我はおかしかったのでしょうか」
「いや、なんでもない」
かき氷の続きを食べる。だいぶ底が見えてきた。鍾離も少しの頭痛を抱えながら、もはやレインボーとは程遠い色に混ざりあったシロップと共に、口へと氷を放り込んだ。
「ふぅ、食べ終わった」
「我も食べ終わりました」
では、器を片付けます。と魈がキッチンへと器を持っていき洗っている。それを見ながら、魈へ話し掛けていると、次第に魈の視線が口元へと注がれていることに気付いた。
「鍾離様、舌が」
珍しく魈がふふ、と笑っている。どうやら鍾離の舌が、シロップの色に染まっているらしい。
「何色に見えるか?」
「何色でしょう」
何色になっているのか自分ではわからないが、おそらく子供のようだと魈は笑っているのだ。
「んん、っ」
「お前からは杏仁豆腐の味がするが、俺はどうだろうか」
「ンッ」
魈に近付き、口付けをする。揶揄われたことに腹を立てている訳ではないが、噛み付くようにキスをした。舌を絡めれば、先程まで食べていたかき氷のシロップの味がする。杏仁豆腐の味なのか、ただの甘い味なのか、混ざりあってもうわからない。
そのまま名を呼べば、すぐに蕩けた瞳が返ってくる。押し倒すようにしてソファに魈を沈めた。涼しい部屋の中で夏を感じるのも悪くはないのかもしれないと思った、長い夏休みの日のある一日のことであった。