チョコの気持ち「空、少し話したいことがある」
「? どうしたの?」
今日の授業も終わり、いそいそと帰り支度をしている空を呼び止めた。不思議そうに魈の方を見ながらも、鞄に筆箱を突っ込む動作は止めていない。空も特に恋愛に関して熟知している訳ではないと思うのだが、魈にとっては、このようなことを相談できるのが空しかいないのである。
「バレンタインの、チョコのことなのだが……」
「先生に渡すやつ?」
「そ、そうだ」
空に意図がすぐに伝わってしまい、心臓が跳ねた。もうすぐバレンタインデーである。日頃からお世話になっている鍾離への感謝の気持ちを少しでも伝えられれば良いと思い、渡す決心は既についている。問題は何を渡すかである。
「手作りとかどう? 溶かして固めるだけだからそんなに難しくないって蛍は言ってたよ」
「我の手作りなど……そのようなものでは鍾離様の舌に合うものが作れるとは思えぬ」
「味とかじゃないと思うけど……」
眉を八の字に寄せながら、空がぽつりと呟いた。あの鍾離にあげるものだ。素材や産地や銘柄にもこだわりがあると思うのが常であり、生半可な代物は渡せないと思うのが魈の考えである。
買うのならどこへ行けばいいのかと空に尋ねると、催事場をやっている場所を教えてもらった。
一緒に行こうか? という空の申し出を断り、一人で買いに行くことにしたのだが……人の多さに慄いてしまった。しかも当然と言えば当然なのだが女人ばかりなのである。やはり空についてきてもらうべきだったかと、思わず売り場から一歩二歩と後退りその場を眺めてしまった。皆興味津々にチョコを眺め、手に取っては真剣な眼差しで吟味している。何をそんなに見ているのだろう。チョコの善し悪しなど魈にはさっぱりわからない。鍾離の好みもわからない。何を買えばいいのか不明だ。どうすれば鍾離が喜んでくれそうな品を見つけることができるのだろう。
「……ふぅ……」
一旦目を閉じて深呼吸をして、再度ゆっくりと目を開けた。催事場で一番並んでいる店が目に入った。そこで購入すれば間違いはないだろうと思い、数十分と並んで、チョコを購入することができたのである。
「こちらを……鍾離様に……」
朝一で鍾離にチョコを渡した。僅かに声が震えていた。鍾離は一瞬だけ目を丸くし、数回瞬きをした後に微笑んで受け取ってくれた。
「魈が選んでくれたのか?」
「……そうです……」
数個の丸や四角の小さなチョコレートが箱に入っている品だ。売り場には何種類かのチョコがあったが、素材の味を活かし、甘みの少ないチョコレートだと説明をされたものだったので、それを選んだのである。
「ありがたくいただこう。感謝する」
「……空には、手作りはどうだと勧められたのですが……生憎と鍾離様にプレゼントできるような腕前ではございませんので、そちらを選びました」
「なるほど。魈らしい。しかし、来年は是非手作りのチョコをもらってみたいものだ」
「なっ……一年かけて修行いたします……」
「はは。こういうものは味ではないのだがな。折角の機会だ。楽しみにしている」
空と同じようなことを鍾離が言っている。しかし、味ではないのなら、なんだというのだ。
それを魈は、まだわからないままでいる。