はじめての「はぁ……」
魈は深いため息をつかずにはいられなかった。
理由は明白だ。望舒旅館に現れた客人のことである。
ウェンティと胡桃に呼び出され、此度のイベントについての説明を聞かされた。是非来て欲しいと言われたが、是非の部分がどうにも納得できなかった。何故自分が。その場を賑やかすことも出来ず気の利いたことも言える気がしない。そのうえこの二人……なんとも断りにくく、言葉を濁して去ったのもつかの間、今度は旅人が現れたのだ。なんだかんだと断ってみたものの、あの者達の目はちっとも諦めてはいないように見えて、ますます深いため息をついてしまう。凡人の催しに参加するには、まだ心の準備が出来ていない。
「随分と熱烈な誘いだったな。行かないのか?」
「鍾離様……」
きっと全てを見ていたのだろう。皆が去った露台に顔を出し、下の露店を見ながら鍾離が呟いていた。
慌てて鍾離の隣へ降り立つ。鍾離に参加すればいいと言われてしまえば、ますます断る口実がなくなってしまう。一部のことはそう気にするなと海灯祭で言われたばかりだ。業障を理由にすると一蹴されてしまうかもしれない。
「しかし……我は詩を読んだこともなく、芸術の良し悪しにも疎いです。我が参加しても、皆困るだけではないでしょうか」
「気にすることはない。初めて故、詩をどのように作るかわからないというならば、俺と練習するか? そう難しく考えなくても大丈夫だ」
「あ、え……それは……どうか、ご容赦ください……」
鍾離と詩を読むなんてとんでもない。己の学の無さが露呈するだけだ。鍾離ががっかりするのも目に見えている。
しどろもどろになりながらも俯きながら断ってしまった。鍾離の方を恐る恐る見ると、何も言わないが目に見えて落胆しているのがわかる。
少しばかり下がった眉、伏せ目がちな石珀色の瞳。
この顔。この表情の鍾離に、魈は弱かった。
(うぅ……)
詩を読んだことのない仙人が教えを乞うにしては相手が偉大すぎる。一朝一夕で真似できるものでもない。詩の考え方、情緒、そんなものを少し齧ったくらいで己が習得できるとも思わない。
しかし、鍾離は無言でずっと魈を見ている。無言の圧力だ。魈が根負けするのを鍾離が待っている気がした。そして、断りきれないであろうことも、鍾離に見透かされていると思った。
「詩を、読むには……初めは何からすれば良いのでしょうか……」
すぐ様降参してしまうと、鍾離から、ふっと笑みが返ってきた。嬉しそうに笑っていらっしゃる。初めての詩を鍾離と作ることになるとは……また銅雀の寺に行った時に報告することが増えてしまった。
「ではまず、散歩をするとしよう。まずは霊感を探しに行くところからだな。いずれお前と対句を読んでみたいものだ」
対句というものがどういうものか知らない訳ではないが、鍾離に応えられる技量になるまではお預け願いたい。しかし、鍾離が共に詩を楽しんでみたいと嬉しそうな顔をするものだから、それには応えたいと思う、魈であった。