49翌日の月曜に私は体調不良で仕事を休む旨高専に連絡した。実際ひどい筋肉痛で動くのが辛かった。悟は何と言って休んだのか分からないが、とにかく休んだ。
休んで私の部屋でのんびり過ごしていた。
散歩にでも行こうかと部屋を出たところでパパとばったり出くわした。
「お前たち……サボりか?」
「です!!」
と二人で元気に返事をしたら
「ま、たまにはいいんじゃない?」
と言ってパパはリビングに消えた。
私たちはそそくさと散歩出た。
翌日高専では朝からそわそわしていた。
それぞれの課員で目配せしたり、ヒソヒソ話をしている事が多かった。
間もなくお昼という時間だった。
「皆さんお仕事中申し訳ありませんが!皆さん気になってると思われますので!僕が聞きます!」
突然総務の宍戸さんが叫んだ。
みんなが顔を見合わせる。
どうしたんだろう?
「僕らは全員実さんの指輪が気になってます!」
それかーーーーー!!
「えー……と、これは、はい……」
こんな時どんな顔をすればいいのだろう。
「彼氏から貰ったの?」
「素敵な指輪ね!ちょっと見せて!」
「婚約間近なの?」
「これあそこのブランドでしょ?」
「高そうだな~」
「実さんの彼氏って仕事なに?」
矢継ぎ早に質問が飛んでくる。お昼時間にはもう少しあるが、みんなこのままお昼休みに入るつもりなんだろう。
彼氏からもらいました。
(間違いはないだろう)
指に嵌めたまま指輪を見せる。
婚約は……どうでしょう?
(一体いつから婚約してたのか不明です)
そのブランドです。
金額は分かりません。
(本当は知ってます。自分では買えません)
仕事はサラリーマン……です。
(お給料を貰って任務をしてるのだからサラリーマンで間違いない……と思う)
「このブランド、シリーズで展開してるのよ」
「シリーズ?どういうことですか?」
「例えばラバーズ、とか……」
「あーなるほど!車みたいなもんですかね!」
「まぁ……そんなところかしらね?」
「ちなみに実さんのはシリーズもの?」
これは言っていいのか。
「やだ、見て分からないの?」
雫石さんがため息をつく。
「この形を見てよ。無限のマークじゃない」
「あぁ!なるほど!」
「インフィニティシリーズとかだったと思います……」
あぁ。苦しい……。
「無限。インフィニティかぁ。かっこいいなぁ」
「………………無限?」
お願い。
誰も何も言わないで。
「あの、無限というよりかは、永遠とか永久とかって意味らしいんですっ」
苦しい!
「実さん惚気ーーーーー!」
みんながどっと笑ってくれた。
「……ってことがあってね……」
夕食後、私は悟とリビングで寛いでいた。
「大変だねぇ」
悟がニヤニヤ笑う。
「……なによ……」
「別に?」
「まぁいいけど……」
「指輪キツイの?」
「え?きつくないよ?なんで?」
「ずっといじってるからキツイのかと思ったんだけど」
「あぁ、付け慣れてないから違和感あるのかも」
「なるほど?俺もチェーンがたまに冷やっとなるから分かる気がする」
「悟の誕生日はまだ先だけど何か欲しいものある?」
「欲しいもの~?」
「私が買えるものでお願いね」
「ん~。俺も特にないんだよな~」
「何でも自分で買えるだろうけど何か考えておいてよ」
「あー。俺ハタチになるのかー。そっかー。」
「そうだね!成人だ!」
赤ちゃんだった悟が成人か。
感慨深すぎる。
「んー。成人よりかね……」
「……なに?」
「実の家は本家から遠ざかって長いから知らない事も多いと思うんだけどさ」
「うん?」
「ハタチになったら当主交代なわけ」
「当主は光でしょ?」
「一応順番でいくと正式には俺が次の当主だから、光が成人するまでは俺が代理なの」
「なるほど?なにかあるの?」
「お披露目会というか、交代しますよ~っていう集まりをやる」
「いつ?」
「誕生日」
「凄いね。いっぱい人が集まるの?」
「そんなでもないと思うけど、呪術師やってる五条の一族と禅院家と加茂家のお偉方も来るんじゃないかな?」
「結構多そうね。私も出席?」
「出席はしてもらいたいんだけど、どういう立ち位置で出席するかが問題。出席する五条の一族は実がどういう人間か分かってるけど、その他は詳しく知らないだろうから」
「居候してる親戚じゃダメなの?」
「それでもいいんだけど……。まだ先の事だし考えておくわー」
翌週は私の26回目の誕生日だったので、私、悟、パパ、光の4人でホテルでディナーになった。
例のホテルだ。
皆でロビーに入ると支配人が颯爽と近づいてきて挨拶をする。
「この度はお誕生日おめでとうございます」
全員で「ありがとうございます」
と答えてしまったので気まずくなったが支配人は笑顔だ。
ちなみに私はラブホテルを紹介してもらった事を恥ずかしく思っているので支配人をあまり見られなかった。
パパと悟は値段を間違っても聞いてはいけないスーツ姿で、私はパパが用意してくれたホワイトのツーピース。Aラインのスカートが私好みだ。何故かパンプスのサイズまでぴったり。小学校中学年の光は淡い水色のワンピース。おてんば娘の光はどちらかというとズボンを履いている事が多かったし、なんなら和装が好きなようで夏場はもっぱら甚平を着ている。パパは悲しんでいたが仕方ない。着慣れないワンピースを着て、「パンツ見えそう……」と、下着の事をしきりに心配していた。整った顔立ちの光はだんだん凪さんに似てきた気がする。悟より優しい顔だ。
以前悟と来た時とはまた違う個室で、どう見ても身分の高い人しか入れないような部屋だった。給仕をしてくれる人が3人もいた。
サラリーマン家庭で育った私はこういう場に未だに慣れなかった。
それはまだ小学生の光も同じらしく、この場は光の教育も兼ねているようだった。パパは「実のお祝いだから楽しく食事しよう」と言いながら、光の姿勢や話すタイミング等優しく教えていた。
「俺はそんなに優しく教えてもらったことないと思うんだけど?」
と、悟が愚痴ると
「悟の教育係は前当主だったからな。ま、おかげでどこに行っても恥ずかしくない所作になっただろう?」
パパが笑う。
私の両親に挨拶をしに行った時に悟の所作が驚くほど美しかったのは亡きおじいちゃんの教育の賜物だったのか。
光のお手本になるように、悟の所作もいつもとは違って美しかった。やはりできていないのは私だけだ……。
「あぁ、そうだ。」
パパが話し始めた。
「お前たち、まだ入籍してないみたいだけど入籍したら実は当主の妻という事になるし、花嫁修業してみるかい?」
「いいの?!」
「お?」
悟が驚いた顔をする。
「だって……肝心なところで悟はいちいちかっこよくて、できてない自分が恥ずかしかったのよ……今日だって……」
「そうだったのかぁ。それなら早くやれば良かったったねぇ。じゃあ早速手配しておくね!」
「パパありがとう!!」
「お兄ちゃんと実ちゃんはいつ結婚するの?」
唐突に光が口を挟んだ。
沈黙。
「いつ……なんだろうね……?」
多分誰も分からない。
「大丈夫!ちゃんと考えてるから!」
悟が自信満々に言う。
「お兄ちゃんがそういうのってイマイチ信用できない。いつも一緒だからって実ちゃんをあんまり待たせたらかわいそうだよ」
「……光……」
全員の視線が光に集まる。
「光は……大人になったな……それに比べて悟はいつまでたっても……」
パパが鼻声になる。
「信用できないって……マジか」
悟は不貞腐れる。
「光。心配してくれてありがとうね」
私は隣にいる光に手を伸ばして頭を撫でた。
「うん!」
豪華なディナーで満腹になった私たちはパパが運転する車で帰途についた。光は車の中で眠ってしまった。
「パパ、悟、今日はありがとう」
運転席と助手席にいる二人にお礼をする。
「こんなんでいいのかい?欲しいものはなかったのかい?」
パパはそれも心配していた。
「なんにもないよ!もう子供じゃないんだから、そういう心配はしなくていいからね?」
星がつくホテルで豪華なディナーだけでも十分な金額をつかっただろう。
「次は悟の誕生日だね。またみんなで食事しようね」
「俺の誕生日は今回お披露目会ってのがねー」
「一生に一度の事だから一日くらい諦めてお披露目されてくれよ?」
「分かってるけどー」
分かってなさそうだ。
「あ、実の着物は用意してあるから安心してね」
パパがまたあっさりお金をつかったようだ。
「そうなの?やっぱり着物なの?」
「そうだよー。せっかくだから実のお披露目もしたいくらいなんだけどね」
「パパ、そういう目立つのはちょっと恥ずかしいからしなくていいよ?」
「俺もそろそろ実のお披露目してもいいと思うけど」
「え?そうなの?」
「もういろいろと大丈夫だと思うんだよね」
「まあ、しっかりお披露目じゃなくても、新しい当主の婚約者ですってほんのり挨拶する程度でもいいと思うよ?」
「パパ……今から恥ずかしいよ……」
「それは早すぎ」
悟とパパが笑っている。
あぁ、本当に悟と結婚するんだ。
実感がないような、幸せが込み上げてくるような、とても不思議な気持ちだった。