[5/30] 30話後、次元を超えるエースとアリス 部屋の姿見の前に立つ。金茶の長い髪、青いリボンと揃いのエプロンドレス。鏡面にそっと触れて、平々凡々なその顔と互いにじっと見つめ合う。
個人を形作っている大きな要素は、記憶であると最近読んだ本に書かれていた。積み重ねてきた時間が、生きてきた軌跡が、その人を「その人」たらしめている。
ならば記憶をなくしたこの身は、一体何者なのだろう。
水を飲むのに使っていたグラスに花を生けたら、それを花瓶と呼ぶ者もいるだろう。二つを区別するのは中身と、それから、過去の姿を知っているかどうか。
まるきり中身の違う自分が尚、彼らにアリスと呼ばれるのは、容れ物であるこの姿形が以前と同一であるから、ただ、それだけだ。この容れ物がグラスなのか、花瓶なのか。はっきりと名乗る自信を持てないまま、アリスは唇を震わせた。
「……アリス=リデルって、『これ』で合っているのかしら」
アリスを知る人々との関わりの中で、アリスという輪郭をなぞっている。霞を掴むようなその感覚がずっと、少女の中に燻っていた。