[6/30] 30話後、次元を超えるエースとアリス「ようこそ我が家へ!」
効果音でも鳴りそうなくらい大きく両腕を広げ、エースが指し示したのは愛用の緑のテントだった。目と鼻の先にある黒の領土の門とテントを順番に視線で追ってから、「我が家」に招待されたアリスは頭を痛める。
テントの前では、はぱちぱちと焚き火が燃えさかっていた。
「やっと遊びに来てくれたんだ、目一杯おもてなししないとな。紅茶と珈琲、どっちがいい?」
エースは鼻歌混じりでケトルを火にくべる。数十メートル後方では、客人が想定外の場所で捕まっている様子を見て門番の兵士が狼狽していた。アリスは兵士に向かって右手を軽く挙げ、問題ないですという意図を込めた合図を送る。
「珈琲を頂こうかしら」
「紅茶じゃないんだ?」
「あなたの奇行に頭がくらくらしてきたから、寝覚めの一杯が欲しくて」
額に指先を当てていたアリスは、ゴール手前で一回休みを引き当てたようなものだと潔く諦めた。ハンニバル達の分とは別に、万が一会えた場合に渡せるようにと一応買っておいたエースの分の手土産を紙袋から出す。
見上げるとエースは、粗挽き珈琲の袋を丁寧に開封しているところであった。
「味に煩い奴を知っているから、人に淹れるのはちょっと緊張するなあ」
微笑み、ふっとひととき流れた柔らかい空気は、ケトルの鳴き声と共にたちまち消え去ってしまった。