珍しくゾルタンから頼まれ事があった。話を聞けばなるほど、妹の引っ越し作業に男手が欲しかったためだ。
二つ返事で了承して手伝いに向かった。
「悪りぃな、折角の休みだってのに」
「構わないよ。頼ってくれるなら喜んでくるさ」
「ヨナちゃんってばイケメンだねェ、惚れちまいそう」
「勘弁してくれ、ゾルタンだけで手一杯」
俺様って罪作り〜等と軽口を叩きつつ作業は始まった。今は家具の搬入がメイン。妹さんも手伝おうとしてくれたがゾルタンが「金やるから昼飯と差し入れ買ってきてくれ。駅前の店で...」とわざわざ家から遠い場所を指定して買い出しに向かわせていた。引っ越したばかりで土地勘もないだろうから、1時間は戻ってこれないだろう。
案外お兄さんしてるんだねと揶揄うと拗れかねないのでその言葉は飲み込んだ。
一人暮らしの1DKの部屋という事もあり、家主が戻ってくる前に搬入は終了。残りは荷解きであるが女性の持ち物であるからやめた方がいいかなと話しかけるより前にゾルタンはダンボールを開けていた。
「怒られても知らないよ」
「ガキの頃から一緒にいるんだから慣れっこだろ」
よくよく見れば衣類系のダンボールは開けていないのだから一応は気を遣ってはいる。
ぬいぐるみや小物入れを適当に配置しているからお小言は免れないだろうが。
ふとゾルタンの手が止まる。その他には古びたフォトアルバムが握られていた。「アイツまだこれ持ってんのかよ」と渋い顔をする。
「昔の写真?見てもいいか?」
「物好きだな、閲覧料取るぞ」
「知らない事って気になるものだろ?」
特にゾルタンのことならね、と答えれば無表情を作ろうと口の端がもにょもにょと揺れていた。
ページを捲れば古いながらも丁寧に保管してあるのが分かる。背表紙は日焼けしているが中の写真は色褪せてはいない。
媒体はほぼ全編を通して子供のみであったが仲睦まじい様子が伺い知れる。あまりゾルタンは小さい時の話をしてくれないから、どんな家庭で育ったのか想像しにくかったが写真からはそこはかとない育ちの良さも伝わってきた。
「ゾルタンって弟もいるの?」
「んー?」
「ほらこれ」
指を刺した先にはピアノコンクールに参加したであろう日のもの。母親似で大人しそうな印象の男の子。はにかむようにカメラに向かってピースサインをする様はどこか儚さすらあった。
その写真が何かを理解しアルバムを取り上げるより先にヨナは純粋な気持ちで感想を述べ始めた。
「男の子なのに可愛いね。ゾルタンとは性格は正反対そうだけど」
「...ヨナちゃん」
ゾルタンの声は全くヨナに届いていない。
「でも顔立ちはそっくりだ。まつ毛が長いのは遺伝だよね、美人だって思うよ」
「......やめて」
小さく抗議するも聞こえていないヨナは続ける。
「それに髪の毛が綺麗。ゾルタンも髪質は細いしサラサラだから弟君と瓜二つだね!」
「..........」
アルバムから視線をあげると、何故だか黙りこくっているゾルタンを不審に思うヨナ。
「どうした?具合でも悪いのか?」
「ヨナちゃん、それ俺なんだよなぁ...」
俯いていて気づきにくいがゾルタンの顔はいつもの病的な白さから赤色に染まっている。
ヨナは目の前の彼を褒めちぎっていたことになり、じわじわとこちらの顔も赤くなる。
しどろもどろになって絞り出したヨナの台詞が
「今の方が美人だよ」
の一言であり
「おーまーえーなぁーー!!」
ゾルタンが爆発しただけであった。
このタイミングで妹が帰宅、兄達が喧嘩しているものと思い込んで仲裁に入った。
「「大丈夫そういうのじゃない!」」と華麗な連携を見せ、その後兄が勝手に開けたダンボールについての説教へ流れるようにシフトしていき事なき終えた。
ゾルタンはお詫びとしてケーキ購入の刑に処されてしまったが。
帰り道。
「今日のアレは忘れろ、バラすな、分かってるよな?」
ヨナに視線もくれず呟くゾルタンはとても気恥ずかしそうだった。
「言わないけど忘れられない」
ヨナはわざと視線を投げかけて答える。
「ばぁか」
怒るかと思った彼は意外にも軽く小突いてくるだけだった。
あの写真の少年とは似ても似つかないけれど、今の可愛らしい顔のゾルタンは俺だけのもの。
忘れられるわけがないだろう?