さぎしのよめいり モクマが嫁を貰う――
長身で髪が長く肌の白い絶世の美人らしい。
そんな第一報を同僚から受けたゴンゾウは脳裏には蛇の模様の仕込み杖を持つ美人を思い出していた。まさかなと思いつつゴンゾウは書類を持っていると背後から声がした。
「ゴンゾウ、そのまさかだからな」
笑みを浮かべたナデシコの声にゴンゾウは書類の束をボトリと落とす。
「まさかといわれましても」
慌ててゴンゾウは書類を拾い始める。
「モクマ本人から連絡があった。間違いはなかろう」
「ですかあの人とは確か過去に殺し合いまでしたと……」
「それはいつの話だ? 私と楽しく三人で酒も飲んだしあの二人は唯一無二の相棒だ。だがまさか婚姻までするとは思わなかったがな」
「で、二人は今どこに」
書類を拾い上げたゴンゾウはナデシコのほうを向く。
「新マイカ町だ。近日祝言をあげるそうだ」
派手にゴンゾウの手から書類が散らばっていった。
その日は雲一つ無い晴れの日だった。
コズエ様の屋敷にモクマが紋付羽織袴で歩いているのを見たという噂好きの住人が会う人会う人に話を広めている。程なくしてモクマが嫁をもらったという話は新マイカ町の中に響き渡った。
モクマ本人は祝言に乗り気ではなかったが嫁のほうが進言したという。
あの町で祝われる権利はモクマさんにありますよ、と。
屋敷のなかでは肌の白い美人が肌襦袢の上に掛下を着付けられていた。
「もう付き合って長い間たつとは思うけどさ」
オカンが矢継ぎ早に話しかけてくる。
「チェズレイさん、これからもずっとモクマのことを好きになっておくれよ。ちっちゃい頃からモクマのこと見てるけどねぇ……こんな美人なパートナー連れてくるとは思わなかったわあ」
最低限の着付けと普段見せる顔と違う顔を見せてチェズレイは微笑む。
「オカンさん、口より手の方動かさないと……」
「ああそうねえ」
お手伝いに制止されたオカンは手際よく着物を着付けていく。祝言にむけて純白の着物をチェズレイに着せていく。
「チェズレイさん、モクマと幸せにね」
出来上がったの合図にチェズレイは白無垢に隠れた背中を叩かれる。
「ええ。ありがとうございます」
コズエの屋敷で二人は祝言を上げた。見守るのは二人に近い者達だけで、死線を潜り抜けたBONDのメンバーもいる。
モクマは向かい合って座っているチェズレイを見詰めた。普段見るだけでも美人と思っていたが今眼前にいる彼は一番綺麗だった。そんな彼が公私ともに結ばれる契りを交わす。
今日だけとチェズレイはアートメイクを隠して儀式に臨んでいた。
「モクマさん……」
綿帽子の下からチェズレイの瞳が見える。
「……愛してるよ」
唇だけ動かしてモクマはチェズレイに語りかけるとチェズレイの頬は酒のせいもあるのだろうか、朱に染まっていった。
儀式が終わり、邸宅には呼ばれなかった者達がモクマに祝いを持ってくる。そのなかには過去にモクマを恨んでいた者達もいた。彼等が謝罪を述べながら涙を流しながら祝うのを聞きながら、隣に座るチェズレイはモクマの手の上に己のそれをそっと重ねた。
「モクマのことをうんと幸せにしてやってくれよ」
「はい、モクマさんを大切にします」
なかにはチェズレイにまで念を押す者達もいる。ふと、チェズレイは己の手が震えていることにきづいた。モクマのほうを眺めると彼は必死に涙を堪えている。
「モクマさん、泣いていいんですよ」
「いいや、泣いてないさ。これは汗だ」
(やせ我慢しなくていいのですよ……)
そう思いながらもチェズレイはモクマを見詰めていた。
すべてが終わり、二人で迎える初めての夜。同道してからもう月日が過ぎているのにこんなにも緊張するものだろうか。
新マイカ町に出来た宿の部屋で二人は布団越しに向かい合っていた。誰かが気を配ったのだろうか、布団は隙間なく二つ並べられている。
「チェズレイ」
「なんでしょうモクマさん」
シャワーを浴び、髪のケアを終わらせたチェズレイがモクマへと近寄る。
「ヴィンウェイにも今度行こうか。おふくろさんに報告しよう。幸せを二人で築いていきますって」
チェズレイの瞳が湿度を帯びる。色の濃くなった菫の目がモクマをじっと見据えていた。
「私はてっきりあの時に報告したものと」
「改めてだよ」
「じゃあ、私から一つ条件が」
「なんだい?」
モクマの漆黒の瞳とチェズレイの菫色の瞳が見つめ合う。
クスリとチェズレイが微笑むとモクマに語った。
「モクマさんの御母堂様にもご挨拶をしましょうか。あなたを産み育てた方を蔑ろにしてはいけませんし、私も改めて報告をしたいのです。モクマさんと幸せになります、と」
いけませんか? とチェズレイの唇が紡ぐ間もなくモクマは彼のの身体を抱き締めた。
「バカ! 当たり前だろう……おじさんを何度も何度も泣かせないでくれ……。俺はチェズレイが幸せなら……」
「駄目です。二人で幸福でありましょう」
チェズレイの身体が伸び、彼の指がモクマの涙を拭い、モクマの唇にそっと同じものを寄せる。菫色の目を閉じ、まるでモクマの唇を味わうかのようなチェズレイの仕草にモクマはこの愛しい存在を生涯を掛けて守らねばと心に誓う。
舌を絡め合わせ、先に契りを結び合わせると、モクマは寝間着に着替えたチェズレイの襟を開き始めた。
「モクマさん、私を愛してくださいね」
マイカ城が焼け落ちたあの日の月のように、今宵の月もまた、綺麗だった。