秋の終わり、ルドンゲンで「こうやってこうやる」
「うんうん」
そろそろ雪が降りそうだ、とテレビで備えをしましょうと啓蒙番組が流れる。ルドンゲンの郊外にある一軒家で、黒ずくめの男が白く美しい少年に向けて紙を折っていた。
「こうやってこうやったら、ほれ。チェズレイ、これなんだ」
「うわあ……どうぶつですね、モクマ、あと折り方ってどのくらい知ってますか?」
黒ずくめの男――モクマのつくる動物にむけてチェズレイが感嘆の声を上げる。チェズレイの問いにモクマは指を折り、数える。
「ひいふうみい……ざっと二十か」
「じゃあ、全部教えていただけますか?」
チェズレイが菫色の瞳を大きく見開きモクマの顔を見詰める。
「構わんが……一日一個な。俺もそこまで覚えてない」
「つまんなーい!」
チェズレイの白い頬がぷうと膨らむ。
「第一この国に折り紙の紙があまりないんだから」
「うーん……」
幼いチェズレイは首をかしげたがふと何かを思いついたのかモクマに話し掛けた。
「モクマ」
「ん? なんだ」
「もしモクマがマイカに戻るときとかミカグラにいくときがあったら……いえ、なんでもないです」
小声でモクマがいなくなっちゃいそうでいや、と呟きながらチェズレイはモクマの服の袖を掴んだ。
「なんでもないんです……」
チェズレイが寝静まった頃、モクマはそっとリビングへ戻った。そこにはチェズレイの服に可愛らしい刺繍をするサティアの姿があった。
隣、失礼しますと言いながらモクマは椅子に座る。
「サティア様、チェズレイって、やりたいこととか我慢する子ですか?」
一つだけ、でも深くサティアはため息をついた。
「そうなのよ……。あのこはずっとすきなものも我慢する子。もうちょっと子供らしくほしいものとか言ってほしいのに……」
子供らしく――そう願ってもこの家にいる限りは叶えることは難しいのだろうか。礼を言い、モクマに与えられた小さい部屋にモクマが戻ると、久しぶりに文を書いた。宛先は郷里にいる幼馴染み達へ。そして、見聞の旅に出してくれた主へ。
届くのはいつになるだろうか。果たして届くだろうか、余計な心配をしながらモクマは筆をとったのだった。
その包みが届いたのは二月ほど過ぎた頃だった。
流暢な筆文字に遠く離れた郷里を想う。その中身はずっしりと重く甘い香りも漂っている。
(ようかん……)
そして缶の底には油紙で包まれた折り紙の本と大量の折り紙が入っていた。
「チェズレイ」
「モクマ、おやつですか?」
過去にミカグラ食フェアなんてものをやっていた時に口にして以来、チェズレイは甘いミカグラ菓子が気になっていた。
「こら、ようかんにだけは目敏いな。今回のやつはつるんとしたやつだぞ」
「それはたべてみたいです」
リビングで行儀よく椅子に座るチェズレイに、しっかり並べられたようかんを見せる。爛々と目が輝くチェズレイにようかんの入った箱だけを机に置いた。
「けどそれだけじゃないぞ」
モクマは机の上にそれを並び始めた。冬の長いヴィンウェイに彩りを添えるように紙を一枚ずっならべていく。
ヴィンウェイではみられない綺麗な模様の紙にたくさんの色のついた紙……一気にチェズレイの目が大きく見開かれた。
「そしてこれが折り紙の本。マイカ語でかいてあるから俺が教える。いいか?」
うんというまえにチェズレイの小さな手が伸びてモクマにしがみついた。
「ありがとう……モクマ、ぼくのためにしてくれたの? いいことないよ、ぼくのためにしても……」
「チェズレイが笑顔になるのがいいことだから……っとと」
うわーんと大きく声を上げてチェズレイがモクマの胸の中で泣いてしまった。これまでずっと我慢したんだろうなと思うと同時にチェズレイが子供でいられるようにしたい、そう思った夜だった。
外を見るとはらはらと雪が降り始める。
今年の冬は楽しく過ごせそうだと思いながらモクマは泣きじゃくるチェズレイの背中をぽんぽんと撫でていたのだった。