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    nochimma

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    ED後のまだ付き合ってないモクチェズ、自己催眠でもないとうまく寝れないチェを知ってしまったモさんががんばるお話…のさわり

    #モクチェズ
    moctez

    ねむり姫をとりかえせ ① 真っ暗闇のコーヒーの湖面にスプーンのオールを突き立てて、くるくる漕ぎながらミルクを細く注ぐと、渦巻く白がしだいに融け合ってやわらかなベージュに変わっていく。
    「……よし」
     そうしてできあがったチェズレイの言うところの『濁った』カフェオレのたっぷり入ったマグの取っ手を両手に引っ掛けて、キッチンに立つモクマはちいさく気合いを入れた。
    「できたよ」
    「……あぁ、ありがとうございます」
    「まだ調査続けてるの? もう潜入に必要な情報は出揃ったと思うけど」
    「私は心配性なのですよ。ボスよりも更にね。まだパーティまで時間はある、ベストを尽くさないで失敗したら後悔しても仕切れない」
     リビングに戻ってローテーブルにカップを置くと、姿勢よくソファに座るチェズレイはタブレットを弄る目を上げることなくただ細い腰だけを横にずらした。おとなしく空いた場所に座りながらちょっと非難めいた声を出すけれど、隣の人の返事は穏やかに流暢につれない。
    「いやん、マジメなんだから……」
    「ええ、誰かさんと違ってね」
    「だからおじさん、こう見えてけっこう真面目なんだってばあ……」
     会話は続けど、交差しない視線。仕方がないので呷ったマグの中のコーヒー豆はカフェインレスにミルクたっぷり仕上げで、うん、なんとも優しい味だ。一口喉を通るたびにとろり、眠気の雲が遠くからこちらに歩み寄ってくる気配がするような。重みを増す瞼をぱちぱち、モクマはどっかり腰かけたソファから視線を持ち上げる。
     眠くもなるはずだった。だって壁掛け時計が指す時間はもう二十三時を回っていて、そうでなくても朝から情報収集のためにほうぼう駆けずり回っていたのだから。しかも今日だけでなく、ここ数日ずっとそんな生活が続いている。
     ハスマリーに武器を流しているという組織が運営する会員制クラブの、中でも特別なVIP客しか入ることを許されないドラッグ、賭博、性接待なんでもありの裏ルームで、『ボス』の誕生パーティーが開催されるらしいという情報を得たのは先週のことだった。叩けるなら余計な損害は出さず上を狙いたい、とはいえ用心深いことで有名な『彼』が表に顔を出す機会はなかなかなくて、ゆえにここを逃す手はない――と照準を定めたまではいいのだけれど、順調にルーク式潜入に向けての情報が集まってからも尚、チェズレイは暇さえあれば情報収集に勤しんでいた。
     同道の誓いを立てて早数か月、最初に世界中に用意したセーフハウスの中でも、今回の拠点となるここは割と広くて居心地のいい場所だった。本人も言った通りパーティまではまだ数日あるのだ、気持ちはわかるが今日くらいは早めに休んだってバチは当たらないだろう、と思うのに。潜入間際となればもっと会場に近いモーテルへ移動となるんだから、尚更――、
     視線を戻して、ほとんど空になったマグを置いて、隣のひとを覗き込んで、モクマはへにゃりと気を抜けた声を出す。
    「ね、ね、真面目なのは結構だけどさ、今日くらいはこれ飲んだら寝ちゃわない? 労働は身体が資本だよ。おじさんもう眠くなっちゃったよ〜」
    「おや、お酒の力を借りずとも眠くなるようになったんですね。素晴らしい」
    「そーなのそーなの、すっごい進歩だよねえ。で、チェズレイは?」
    「おや、私は元からアルコールの力など借りなくても眠れますよ」
    「……本当に?」
     相変わらず目はタブレットに釘付けのまま。なんてことないふうで返された言葉に、モクマの声が一オクターブ低くなる。
    「本当もなにも、知ってるでしょ、私はあなたと飲むまで酒は嗜みませんでしたから……、……ん、ここの情報、聞いたものと比較すると少し……」
    「……チェズレイ、」
    「いや、さすがに飛躍しすぎか……、」
     けれど、まだ違和感には気づかない。それよりも新たに閃いた可能性の整理の方に脳のリソースが使われているようだ。呼ぶ声にも反応せず、しばし固まって思考をめぐらす横顔を、モクマは黙って見つめる。
    「……」
     見つめて……、
    「すみません、気のせいでし……、……なんですか?」
    「うーん、そうだねえ、下戸のお前さんじゃアルコールに頼って寝るのは難しいよなあ」
    「……ええ、あの、そうじゃなくて、
     ……手、が……、」
     上等なシルクの寝巻きに包まれた手首を脈絡なく掴んでやれば、さすがにはっと顔が上げられた。
     ようやく見えた表情は仕事を邪魔された憤りというよりは、困惑に近い。そりゃあそうだろう、チェズレイの性質については理解しているからこそ、モクマの方から断りなしに触れることは今までほとんどなかったから。
     だけど、その戸惑いにもモクマは静かに見返すのみ。
     じっと見つめて、探す。左眼のまわりを宝石のようなメイクで彩った白いかんばせの中には、どこを探しても疲れも眠気も見つけられないけれど……、
    「!」
    「ちゃんと手はコーヒーを淹れた後石鹸で洗ったし、新しいタオルで拭いたよ。だから我慢して……、あぁ、やっぱり」
     開いた手で逃げられないよう肩を押さえて。ついで手首を掴んでいた方を伸ばして頬に沿えてやると、直接触れられる感覚にさすがに身体が強張るのが伝わってくる。けれどあまりに予想外の動きだったのか、あの警戒心の強い猫のような男が、めずらしく反応が鈍い。
     のを、いいことに――まったく自分の下衆ぶりに笑えてしまうが――気休めになるかわからないフォローを挟みながらかたい指の腹で下瞼の上を何度か往復させると……、予想通り。平滑な雪原の下から違う色が掘り出された。
    「……ッ!」
     そこで漸く意図を察したのか正気に戻ったのか、弾かれたように身体が離れるけれど後の祭り。
     だってもう、見つけてしまったから。
    「お前の化粧の技術には脱帽だが……、ひどいクマだ。
     今もだけどさ、ちょくちょくぼんやりしてたよね。寝不足だからじゃないの?」
    「……」
    「チェズレイ。……お前さ……、
     そんな頑張って、いつ寝てるんだい?」
    「…………」
     ……それは、確信を持った問いだった。
     すこしだけ開いた二人の間の距離。だけどもう目は逸らさせないとばかり見据えて尋ねれば、紫水晶の瞳の水面がダウンライトを浴びてゆらゆらと揺らいだ後で……、
    「……はい?」
     ひたりと凪いだと思えば、次にはわざとらしくきょとん、と、丸まって。それから、小馬鹿にしたような声で聞き返して。
     それでそのまま、「そりゃああなたと違って昼から飲んだくれたりはしていませんので、夜ですが……?」などと、いけしゃあしゃあと続けてきたので……。
     ……モクマは、遅ればせながら理解した。
     あきらかに図星を指されて心を乱しながらも、すぐに平穏を取り戻されて空っとぼけられると、指摘した方はどんな気持ちになるのか、を。
    (……ははあ、これは確かに……)
     ……口ではきっと、勝てない。自分よりもずっとうまく、煙に巻かれて終わりだろう。
     だけど今日は、モクマにも切り札があったのだ。だからこそここで仕掛けたのだとも言えるけど。
     ぐっと、空っぽになった手のひらを握り締めて。一歩、距離を縮めるために身を乗り出して。
    「いやいや、昨日も一昨日もその前も、おやすみって部屋入ってから全然寝てなかったじゃん! ほとんど朝になってからベッド入ってさ!」
     大の男がふたり、結構な近さでもって向かい合って見つめ合いながら、動かぬ証拠をびしりと突きつけてやれば、
    「…………」
     チェズレイは今度は動じることなく、代わりにかたちのいい眉毛がみるみるしゅんと下がって……、
    「モクマさん……あなたまさか、夜な夜な私の寝室に忍びこんでいたのですか? いくら誓いを交わした相棒と言えども、プライバシーは守って欲しいものなのですが……」
    「いやいやだって、寝てないんだもん! 気になるでしょ!!」
     あのかわいい顔にも、今日は屈してなるものか!
     ……そう。モクマの切り札というのはこれだった。煙に巻こうにも不可能だ、なんせこの目でばっちり見ていたのだから。
    (……っていうか……)
    「……ホントはさ、ナデシコちゃんのオフィスにいた時から気付いてはいたんだよね。だって日中は俺たちとほとんど行動共にしてるのに、お前しか知らない情報が多すぎた。俺の過去だって、俺と出会うのなんかお前の計画に入っているわけもないのに……いつ調べてたんだって話でしょ。それで見てみたら今と同じだ……、
     けど、お前さんは仇を追うのに懸命だって知ってたから、それまでは止めるまいと思ってた」
     寝られない気持ちはわかるしね。自嘲気味に付け足して。
    「だが、もういいだろう! セーフハウス探してるくらいまでは結構寝てたから安心してたのに、仕事が始まればすっかり逆戻りだ。
     酔った時は寝てるみたいだが、そんなの不健康だし……」
    「…………。……経験者の言葉は重みがちがいますねェ」
     しばらくの間、沈黙があった。
     そうしてようやく開いた唇に、乗っているのは薄い笑みだった。昔からバレていたとまで明かされて、もう誤魔化すのは無理だと悟ったのだろうか、聞こえた声はあの茶化すように大仰な、演技めいた色はなくて、むしろひどく静かでシンプルだった。モクマも静かに頷く。
    「……ああ、そうだ」
     そうだ。あんなふうにしないと眠れなかったから、だからこそわかる。あれではいけない。眠りとはもっと安らかで、身体も心も休まるものでないといけない。
     もう一度、今度は両手をおなじもので掴む。ひとつに纏めて包み込んで、まるで祈りを捧げるように、頭を下げる。
    「病魔には、守り手はどうにも無力なんだ。
     ……だから、頼む、休んでくれ。俺は確かに情報収集とか、頭を使うことじゃどうしてもお前にゃ敵わないが、何か他で、使えるところは使ってくれ。お前の負担を分かち合いたいんだ、せっかく、相棒なんだから……」
     懇願のような声色だったし、実際にそうだった。
     お願いだから、ひとりで背負わないで。ニンジャジャンの仮面なしに、ヒーローだなんて言える立場ではないけれど、それでもやっぱり、ひとは一人では生きられないから。二人揃えば、背中を預け合えば、無敵になれると思うから。
    「……わかりました」
    「! ありがとう、チェズレイ」
     静かな観念の肯定に、ばっと顔を上げて思わず感謝をこぼしてしまえば、片目の下だけ疲れをにじませたチェズレイは、「フフ、私が眠ることにありがとう、ね……まったく、甲斐甲斐しいヒトだ」と呆れと喜びがないまぜになったような、とても複雑な……けれど素直な顔で笑ってみせた。
     よし、言質はとった。そうと決まれば……、

    ✳︎

    「……ちゃんと大人しく寝ますから。出ていってくださいませんか?」
    「イヤだ。寝るの確認するまではここに居る」
    「……あなた、意外と疑り深いですよねェ。
     ……しばらく寝たふりをしていれば諦めると思ったのに、全然信用されていなかったようだ」
    「え。見てるの気づいてたの?」
     じゃあおやすみなさい、では問屋が卸さなかった。
     あのあと歯を磨いてベッドルームまで着いて行って、寝かせて布団を胸の上まで被せてもなお、モクマは彼の部屋から去ろうとはしなかった。どころか自室から椅子まで持ち出して、どっかり座って三原の姿勢。を眺めて、チェズレイは今度は呆れがの割合がだいぶ強くなった声でもって、あらたな真実を明かした。
     え。こっちが気づいているのは気づかれていないと思ってたのに……。
    「まだセーフハウスを探している頃に、たまたま一度だけ、ですけどね。腐ってもニンジャさんだ、昨日や一昨日はまったく気づきませんでしたよ。もう流石に諦められたかと思っていたのですが……」
    「ごめんね、お前ほどじゃないけど、俺、結構真面目だからさ」
    「はあ、癪ですが信じざるを得ないようですね。
     ……さて、モクマさん。今から私は、やり残した仕事も放り出して大人しく眠りに就こうと思うのですが……、
     まずね、私、もともとがショートスリーパーなんですよ。だから睡眠時間は短くても大丈夫なんですが」
    「……確かに生まれつきそういう体質のヒトがいるって言うのは聞いたことあるが……、だからって限度があるだろう」
     ゆえに見逃せ、は通らないぞ。掴んだ手をベッドに戻して腕組みすれば、チェズレイは眉を下げて首を振った。
    「あァ、そうではなく……、きっと寝入るまでにもう少しはかかるので、待っていただくのが申し訳ないという話です」
    「うん、それでも。今日だけは見届けたいの。俺を安心させちゃくれないかい?」
    「……、……私が眠りに就く様なんて、見て楽しいものじゃないですよ」
    「そんなことないさ。チェズレイが子どもみたいに穏やかな顔してすやすや眠ってくれたら、おじさん嬉しくなっていい夢見れちゃう」
    「……」
     チェズレイの言葉は珍しく歯切れ悪く、けれどそのうちにはっきり覗く拒否の色に、けれど今日ばかりはモクマも折れるつもりはなかった。
     確かにすぐに寝ろと言われても難しいだろうし、彼のように神経が繊細な質では人の目があると尚更難しいものがあるだろう。気持ちはわかるが、それでも、どうか今日だけは。
     ニコニコと笑って押せば、チェズレイははああ……と大きなため息をこぼして。
    「……残念ながら、そこに至るまでにひとつやらないといけない儀式が」
     と、観念したように低い声で呟いた言葉は、すこしばかり不穏な響きだった。
    「……儀式?」
    「ええ。叶うならメトロノームかなにか、一定のテンポが刻めるものを動かして、まあこの部屋の時計の秒針でもいいんですが……、その上で、自分に催眠をかけないといけないので」
    「催眠? って、あの……」
    「ええ、あれです。規則正しい音に意識を添わせて、目を閉じて、自分に言い聞かせるんです。
     私は今、雪原に立つお屋敷の中に居ます。吹雪の音は枯れた木々たちをごうごうと揺らすけれど、窓はしっかりと閉められてカーテンをかけられ、暖炉には薪がくべられて、ぱちぱちと部屋を暖めます。隣の部屋からは柔らかで澄んだ母のピアノが響き渡って、何も恐ろしいことはない。そんな時間まで、意識を逆行させます……、そこに辿り着くまで、そうですね、おそらく……二十分ほどかかります」
     照明の落とされた暗い部屋に、チェズレイの演技も昂りもメロディも削ぎ落とした、どこまでも淡々とした言葉が広がっていく。
     なんということもない、というふうに語る、その内容は、あまりにも……、
    「……っ」
     ぎり、と、膝の上の拳が握り締められる。
     心臓を、まるで鷲掴みにされたような。
     頭を後ろから重たいもので殴られたような、そんな衝撃がモクマの身体を震わせる。
     ……ああ、そんな、この、うつくしいひとは。
    「――そんな、そう、やってしか、眠れないのか、お前は」
     絞り出すような声に、ぱち、と目が開かれて、長い睫毛がこちらを向く。唇に乗るのは、不釣り合いにきれいな微笑みだ。
    「おや、同情してくださいますか? ですが、随分とマシになった方なんですよ、ファントムがなまじ母のピアノなんか再現したせいで、この催眠でもまともに寝られなくなっていたんですから」
     ……まァ、寝るより優先すべきことしか無かったのでね、時間が有効活用できて良かったのですが。
     声が、強がりでも嘘でもないとわかるから、だから、ゆえに、くるしくってしかたない。
    「それが、ファントムへの執着をなくしたことでこの催眠で寝られるように戻ったんです。本当に、あなたのおかげですよ。
     結局、身体に必要なのは睡眠による休息ですから、眠りに落ちるきっかけなんかなんでもいいんです。ショートスリーパーなのは本当ですからね、健康にも問題ありませんよ。
     まあ、あなたを心配させて寝不足にさせてしまったのは誤算でしたが……」
    「……っ」
     握り締めた爪先が、今や皮膚を食い破りそうなほどに突き立てられている。
     不甲斐ない。なにが守り手だ。この数か月、こんなに近くにいたのに。何も気づけていなかった。
    「……すみません、そんな顔をさせたいわけではなかったのですが……。
     だから言いたくなかったんですけれど、だったらもっと、うまく隠すべきでしたね……」
     そっと、手の甲に冷たい感触。見れば、チェズレイの手がベッドから伸びて乗せられていた。いつの間にか手袋は外されて、男のものとは思えないすべらかな感触が、モクマの武骨な手をあやすように包んでいる。
    「……ううん、ううん……」
     本当はこれだって、未だ抵抗あるだろうに。そもそもこの真実を明かすのだって、きっと本意ではなかったろうに。それでもチェズレイはつまびらかにしてくれた。歩み寄ってくれた。どうしようもなく情けないけれど、でも、嬉しいのもまた本当だ。
    「……話してくれて、ありがとう、チェズレイ。嬉しいよ」
     嬉しいからこそ、伝えなくては。言葉だけでは足りなくて、乗せられた手の上にもう片方の手を。包むように握って、やさしく撫でる。
    「邪魔は、しないよ。メトロノームでもなんでも、眠りやすくなるものがあるなら用意する。
     どんなに時間がかかっても、催眠だってドレミだって、どんな手を使ったっていいから、せめて今日くらいは、ゆっくりお休み。やっぱり寝てくれないと、おじさん安心できないからさ」
    「あなたの睡眠を妨げることはさせたくないですからね……ここまで私が真実を包み隠さずブチ撒けて差し上げましたのに、結局は眠ったのを確認するまでここに居座るのでしょう?」
    「ご明察」
     間髪入れずに答えれば、困ったように笑われてしまった。
    「はあ……過保護なことだ。ですが眠ったのを確認したらあなたも寝てくださいね。リクエスト通り覚醒時間は延ばして……明日の八時きっかりに起きるようセットします。だから……心配せず」
    「……わかった」


     ……二十分後。
     チェズレイの呼吸が一定のリズムを刻むまで、宣言通りの時間がかかった。
     そっと頬にかかった髪をよけても、身じろぎひとつしない。きっと朝まではこのままだろう。
     モクマは静かに部屋を出て、けれど約束通りに眠る前に……、ごそごそと懐からタブレットを取り出した。
     画面に映る時刻は二十四時半、エリントンとの時差を考えると――、向こうはおそらく早朝だ。いくら規則正しい生活を心がけているだろう彼でも、もしかしたらこの電話で起こしてしまうかも。
     だけど、モクマは止まらなかった。アドレス帳の中から目当ての名前を探し出して、迷いなくタップする。
    『――え、モクマ、さん……?』
     耳に当てて、十数秒。祈るような気持ちで待っていると、幸いに聞き慣れた声が、ーーだいぶん眠たそうだけれどーー耳をくすぐってくれた。
     心臓は、まだどきどきと鳴っている。
     モクマは大きく深呼吸をすると、意を決して声を返した。
    「ルーク、こんな時間にごめんーー、」

    (つづく)
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    nochimma

    DONEあのモクチェズJD/JK長編"spring time"(地球未発売)の待望のアフターストーリー!わかりやすいあらすじ付きだから前作をお持ちでなくてもOK!
    幻想ハイスクール無配★これまでのあらすじ
     歴史ある『聖ラモー・エ学園』高等部に潜入したモクマとチェズレイ。その目的は『裏』と繋がっていた学園長が山奥の全寮制の学園であることを利用してあやしげな洗脳装置の開発の片棒を担いでいるらしい……という証拠を掴み、場合によっては破壊するためであった。僻地にあるから移動が大変だねえ、足掛かりになりそうな拠点も辺りになさそうだし、短期決戦狙わないとかなあなどとぼやいたモクマに、チェズレイはこともなげに言い放った。
    『何をおっしゃっているんですか、モクマさん。私とあなた、学生として編入するんですよ。手続きはもう済んでいます。あなたの分の制服はこちら、そしてこれが――、』
     ……というわけで、モクマは写真のように精巧な出来のマスクと黒髪のウィッグを被って、チェズレイは背だけをひくくして――そちらの方がはるかに難易度が高いと思うのだが、できているのは事実だから仕方ない――、実年齢から大幅にサバを読んだハイスクール三年生の二人が誕生したのだった。
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