たぬきとらいろうりゅう おおきな雷狼竜は私を巣穴に放り込む。まだ、くわえられたときの感触が肌にのこっている気がして震えていると、するどい爪が光る前足がせっせとあつめた木の葉で包まれた。ふかふかのそれはあたたかい。でも雷狼竜の顔がこわくて「くぅん」と鳴き声がもれた。
両親を亡くして彷徨っていたところを雷狼竜につかまってしまった。
このまま私もあのおおきな口のするどい牙でガブッと…と考えていたら、その雷狼竜は金色の背中をむけて巣穴を出ていく。
(なんで?)
起伏のはげしい崖のたかいばしょにある巣穴から下をのぞくと彼は悲鳴をあげる丸鳥を追っていた。雷狼竜と目があったときに泣き声ひとつ出せなかった私とちがってガーグァさんはすごいな、と見ていたら急に静かになる。あっ、と察して私は巣穴に顔を引っ込めた。
(私もすぐにいくからこわくないですよ、ガーグァさん)
そして逃げられない場所と相手に達観して、合掌する。
けれど私が食べられることはなく、むしろそのガーグァさんのお肉を目のまえに出されてしまう。差し出したのは件の雷狼竜で、手をつけない私に小首までかしげていた。
ごはんを食べ損ねて長かった私はがりがりだったから、雷狼竜は太らせてから食べるつもりらしかった。
それからの生活は雷狼竜のごはんになるための日々だ。
毎朝、大社跡に降ろされて好きに動きまわることを許された。一日食べるにこまらない食事…主にお肉を用意されて。でも夕方になると雷狼竜は私を回収しにやってくる。そしてまた、例の巣穴に放り込まれて、彼の体で囲いこまれて眠る。その繰り返し。
けれどたまに夕方に放されて朝に回収される日もあった。その法則はよくわからない。
皮肉なことに捕食者からの餌づけで体力の戻った私は、大社跡の小道に入り込めるまでになっていた。今日はアイルーさんのおうちのそばまで遊びに来ていたら、夕方、鼻先を飛んだ雷光をまとった虫に彼の登場を予感する。
「くぅん」
「あっ、雷光虫だニャ!子狸、今は下に降りたら危ないニャ」
「泊ってくニャ?」
と、訊ねるメラルーさんのあとにズシィンとおおきな足音がした。地面を削るおおきな爪の音もしてアイルーさんたちは身震いする。そこで音のしたほうを崖の上から覗き込む。いた。悠々と大社跡を歩くのはあの雷狼竜だ。
そこで気づいた。ここなら見つからないし、雷狼竜もはいってこられないんじゃ…と。
(メラルーさんのいうとおり、泊めてもらってこのまま逃げてしまおうか)
そんな考えが頭をよぎりつつ、再び下を覗くとなぜか雷狼竜が慌てている。
鼻先で茂みを分けて、小道を覗く、たまに頭を上げて匂いも嗅いでいるようだった。これは私を探している…?というか、それしかない、と青くなっていたら「くぅん」とやけに寂しそうな声があたりに響く。
「何やってるのニャ、あのジンオウガ」
困惑した声を上げて隣から下を覗いたアイルーさんの視線の先、雷狼竜は頭も肩も下げていた。
それから急に駆け出し、大社跡中を見回ったらしい彼は元居た場所に戻ってくるとまた「くぅん」と悲しそうに鳴いて、トボトボと自分の巣穴のほうへと歩き出す。
「くぅん」
その背中に声をかけるとすぐに振り向いて、おおきく口を広げた雷狼竜はがぶりと私の体に噛みついて…
たぬきはあまりおいしくないらしい。
でもこの雷狼竜はよく私の顔を舐めて味見をしている。ごはんも狩って食べさせる。逃げないように囲いこまれてねむって、彼のごはんになるのを待つ日々。
今日も私の何倍もおおきな雷狼竜のとなりで丸鳥を食みながらつぶやいた。
「おいしいごはんになれるといいけど」
「?」
「子狸さん」
雷狼竜が呼んでる。また、泣かないようにそばにいてあげないと。
そう慌てて目を開けると目の前に巻物を咥えた雷狼竜がいた。
「おはよう、幸せそうに寝てたところごめんね」
…その雷狼竜はするどい爪じゃなく、五本指で私の頬を撫でた。それに人間みたいに服を着て…あれ…?
と、周りを見回しても岩の巣穴でも、木の葉の寝床でもなく。
「くぅん」
その変化についていけず、思わず鳴き声をあげると雷狼竜は「ふふ」と楽しそうに笑う。
「寝ぼけてるのかな?よく眠ってたけど、お布団は気に入った?」