いずれ縮まる数ミリ問題 棚に並んだそれらをとりあえずひたすら見つめてみたものの、もちろん「これだ!」なんて感じることはなく。事態は迷宮入り一歩手前まで迫っていた。
一応色々と鞄の中の箱で調べてきたはずなのにこう本物を目にするとただただその種類と量に圧巻されるばかり。いっそコンビニとかに行くべきだったかもしれない。少ないほうがきっと選びやすかった、ああでも必要だから種類があるんだよな。サイズとか、
「好み……とか……」
考えているうちに漏れた声、慌てて口をおさえた。辺りに人が居ないことを確認して胸を撫で下ろす。そりゃあ大した言葉では無かったけど、それにしたって気が緩みすぎだ。
好み。そう、ネットにも書いてあった。好みがあるんだそうだ。誰にでも、と言うなら彼にだってもちろんあるのだろう。そしてこれに好みがあるのなら、そういう事の好みも当然あるわけで。
「……」
絶対あるだろうなあ、好み。あんな発言する人間が初めてなわけない。経験豊富なこと自体に対しては特に思うことはないけど、そこにある差を無視するのも違うと思う。
向こうは限りなく熟練者の確率が高い大人でこっちは何もかも初心者なんだから本当はこんなことだって甘えてしまっていいところ、そうしなかったのはただの性分と、勢いだ。
毎度会うたびに耳元で囁かれた言葉達。思い出すだけで恥ずかしくなるような、夜なんかに思い出したら確実に寝不足行きのそれらに心をじりじり焼かれてもうやけになってしまったのだ。焦らされてたのはそっちだけだと思うなよ、と彼に突きつけたいくらいには。
「…………!」
脳にざわりと緊急警報、足音が近づいてくる。別に悪いことをしているわけじゃないけどやっぱり恥ずかしい、咄嗟にひとつ取って急いでレジに向かった。
卒業おめでとう。今日までに沢山聞いたそれも彼の口を通せば全く違う意味になる。回された腕の下、そわそわと揺れる肩にはきっと気づかれているだろう。
「嬉しそうだね」
「そっちの方が」
嬉しそうだと言うより早く身体を強く寄せられた。
「僕も嬉しい」
ぎゅうと抱きしめられると苦しくて、少しくすぐったい。父さんにされてるみたいだとは言わないでおく。今からするのは、決して父親相手ではできない秘め事なのだから。
「あのさ。約束、覚えてる?」
「もちろん! 待ち遠しくてたまらなかった。早速日にちから決めようか、いつ頃がお望みかな?」
「それなんだけど」
離してと手で示して鞄を探る。ガサリと取り出した紙袋を彼の胸元へ突き出した。
「今日にしよう」
「……」
目を丸くしたまま彼が袋を受けとった。中身を覗き込んでしばらく考え込むと、にやにやと悪い顔で「君が買ったの?」なんて聞く。わかってるだろうに。
「僕としたくて、自分で?」
「……まあ」
堪えきれなかったとばかりに彼が笑った。
「君は随分可愛い子になったなあ」
可愛い子はこんな強行手段に出ないと思うけど。例えばこうして、自分から彼の腕の中に戻って頭をすりつけて、ねだってみたりは。
「しようよ」
「……可愛い君に免じて教えてあげる」
袋から出したそれを彼が振った。
「サイズが違う」
「……うそ」
「惜しかったね。もうひとつ上だ」
大きそうなの選んだのに。今後の予定が急に不安に包まれていく、入るかな。入らないのでは?
「決めた。一緒に買いに行くところから始めよう。もう一度、僕の目の前で選んでみせて」
その提案は想像しただけで恥ずかしすぎたけど、彼と二人なら誰が来たってあの棚の前から逃げなくてもいいだろうなと思うと首が勝手に頷くのを止められはしなかった。