およそすべての愛のはなし「愛抱夢はさ」
彼がわざわざ言葉を区切ったのは続く話がいたく大事だからでも何か言い辛い理由があったからでも無くただ一度身体を動かすのに声が邪魔だっただけだと本心から思っていたのか決めつけていたのか。そんなことさえ分からなければ当然続く言葉の意味など瞬時に理解出来る筈もなく。
「いろんなものが好きだよね」
愛しているの方が良いかと訊くランガの声は程よく気が抜けていた。つられたのか「まあね」と返した声がぷかりと宙に浮かびあっさり風に攫われる。自分から生まれたものにしては随分間抜けだった。
「それと、どうして好きなのか。ここがきれいとか面白いとかぱっと見つけるし俺に教えてくれたりもして。すごいと思ってた」
評価されるような事ではない。見つけるのはきれいでも面白くもない世界で息をするうちに癖になってしまっただけ。教えるのに至っては単なる下心だ。楽しければまた一緒に過ごしたくなるかなあと。
「でも最近は違うのかもしれないって思ってる」
ただ多くをきれいだと、面白いと、好きだと――愛していると言いたくなるときはいつだって彼が居るだけで。
具体的にはどう違うのか尋ねれば一瞬彼は眉を寄せ、そのあと観念したかのように大きく息を吸った。
「俺も同じだから」
好きなものが増えてく。それで、教えたくなる。だれかに。あなたに。
やけとばかりに声を飛ばした彼を無慈悲な月が照らす。 彼自身を待たず変化していく心への戸惑いにうっすらと染まる頬は、笑うように困るように歪む唇は、きれいで、面白くて。気付くと彼どころか彼を中心にした景色全て愛しく思えていた。
こんな風に間抜けになっていくのかもしれない。何もかもきれいに見えたり過ごした場所も食べた物も全部が宝物になるとか。そんな凡庸な人間の真似をしてやがて百年も経ったならただの人になっているのかも。
おそろしい話だ。彼とならば悪くはないと思えてしまうところがまたおそろしくて、たまらない。