鹿介と月見バーガー(光秀と利三と鹿介) 今年も、この季節がやって来た!!
「はーやくー、こっちこっちー!」
「鹿介、後ろを向きながら歩くな。コケても知らんぞ」
「そんなに急がなくても商品が売り切れる事は無いから慌てるな鹿介」
学校からの帰り道、いつになくテンションが高い鹿介を見て、利三と光秀はそれぞれ声を掛ける。
放課後のことである。
鹿介が「今日はどうしても行きたい所があるんだ!」と、普段から一緒に帰宅している親友の二人に声をかけ、その二人の返事をろくに待たずに二人を引っ張って、とある場所に向かっているのが今の状況であった。
こうした鹿介の行動には親友二人も慣れたもので、いつものように鹿介に引っ張られている。
「つーいたー!ここここ!」
そう言って鹿介が連れて来た場所はフライドチキンで有名なチェーン店であった。
「今日からなんだよなー、月見バーガー!」
「ここでも月見バーガーがあるのか?…って売ってるな確かに」
「でも、月見バーガーなら向こうのを先に食べないか?」
「向こうはこないだ俺食べたもん。だから今日はこっち」
利三は普段ジャンクフードに詳しく無いので、メニューを見てこの店でも売ってるのかと気付き、光秀は大通りを挟んだ向かい側にある、某有名なチェーン店の方を指さしたが、鹿介は今日はこっちの店の気分らしい。
「ささ、早く入ろーぜお二人さん!」
鹿介は二人の背中を押して店内へ誘導する。
「ちょっと待て鹿介、今食べたら晩御飯が…」
「大丈夫だって。たまにはいーじゃん!」
「相変わらずだな二人とも」
いつものように渋る利三を前に、いつものように鹿介はそれを押し切る。
光秀はいつものようにそんな二人を眺めて楽しんでいた。
店に入った後、鹿介は光秀と利三に先に席を取っておいてとお願いしたので二人はそれに従って席の確保をする。
「なんで注文させてくれなかったんだ。あいつめ…」
「まあまあいいじゃないか利三。今日はあいつに任せよう」
せっかく来たのだから好きな物を注文しようと思っていた利三が、少し不貞腐れているので光秀はそれを宥める。
しばらくして、鹿介がたくさんの商品がのったプレートを器用に持って二人のいる席までやって来た。
「おっまたせー!今日は俺の奢りって事でよろしく!」
「いや、それはダメだ鹿介」
「自分達のはちゃんと出すから」
「いーから、いーからそういうの。今度奢ってくれたら良いからさ」
この場の会計を鹿介はさっさと済ませたらしく、二人は代金を払うと申し出たものの、鹿介はそれを遮った。
二人の前にそれぞれプレートを置いて、鹿介も席に着く。
プレートに置かれた商品はそれぞれ種類の違う月見バーガーのセットだった。
光秀の前に置かれたのはチキンフィレの月見バーガーで、利三の前に置かれたのはチキンカツの月見バーガーである。
そして鹿介の前に置かれたプレートにのっていたのは───
「いっただきまー…あだっ!?」
「お前それチキンしか無いじゃないか!」
「えっ?…あっ!ほんとだな…」
鹿介がいざ!と食べようとしたのは同じく新作として売られていた骨無しチキンであった。
さらにいうなら鹿介のプレートにはチキンとポテト、飲み物があるのみで、新作のバーガーはどこにも見当たらない。
利三はそれに気付いたから鹿介の頭をはたいてツッコミを入れ、それでようやく光秀も鹿介のメニューが自分達と違う事に気付いたのである。
「鹿介、お前確か月見バーガーを食いたいんじゃなかったか?」
「それは帰ってから兄ちゃんとシェアするから持ち帰りで注文したんだよ!あとさ、これだって新作だからこっち食いたいなーと思ったの!」
「まあまあ落ち着け二人共。少し声が大きいぞ」
きゃいきゃいと騒ぐ二人を窘める光秀は、今日だけで二人を宥めるのは何回目かな…、なんて頭の中でぼんやり思いつつポテトをつまんだ。
(あれ?そういえば、いつからここのポテトはこの形になったんだろうか?)
などと光秀が考えていたら、またしてもきゃいきゃいと声が聞こえてくる。
「あーっ!何すんだよ利三ーっ!」
「うるさい、後で同じの買ってやるからこっちにも一個よこせ」
なんて事を言いながら利三は、鹿介が二個買っていた骨無しチキンの一つを、彼からひょいと取り上げて、器用にチキンを割いて半分を光秀に渡した。
「一緒に食べましょう」
利三からチキンを受け取った光秀はそれを口に入れた。
鹿介が利三に何か言いたげではあったが、利三は自分のセットに入ってたパイを鹿介に向けると、鹿介はひょいとそれを口に加えてすぐ笑顔を取り戻した。
相変わらず、利三は鹿介の扱い方に慣れている。
(美味い…)
光秀は素直にそう思った。
肉質はあっさりしているのでくどくなく、また丁寧に揚げられているからか柔らかい。
にんにく醤油のフレーバーと唐辛子が衣にまとってシンプルな味でありつつも、唐辛子がピリとアクセントをつけ、なんといっても鉄板の風味なだけあって食欲をそそられる。
また骨無しな為、骨付きが苦手な者もこれならすんなり食べれるのが利点ではないだろうか。
「これ、美味いな鹿介」
光秀の感想に、パイを食べて上機嫌な鹿介が更ににっこりと笑う。
「だろー?ハズレ無しってやつだよなー」
「俺も帰りにこれを持ち帰りしようと思う」
「自分も同じく」
新作のチキンは彼等にとって好評だった様で、三人揃って再度レジに並ぶのであった。
「ふー、食った食ったー」
テイクアウトした商品の袋をぶら下げ、るんるんと駅への道を歩く鹿介を、同じく袋をぶら下げた二人がついて行く。
他愛も無い会話をしながら帰路につくいつもの帰り道、駅前に着いて光秀はふと空を見上げると、そこにはいつもより少し大きく見える満月が浮かんでいた。
「月だ。…大きいな」
「えっ?…うわぁホントだ、でっけー」
「これは見事な満月ですね」
三人それぞれが空を見上げ、思い思いに感想を口にする。
だが、駅前のバスターミナルに光秀が乗るバスが来て、三人にお別れの合図を告げた。
「おっと来たか。利三、鹿介。俺はこの辺で、また明日な」
「ええ、また明日」
「また明日なー!」
利三と鹿介が自分が見えなくなるまで見送ってくれているのを眺めつつ、光秀は窓から僅かに見える月を見た。
あの後、二人は駅まで行くだろうが、お互い乗る路線は反対だから駅できっと挨拶をしている事だろう。
また明日──
気軽にこの言葉を言い合える、今の平和な世に感謝を込めつつ、光秀はまだ見ぬ明日の風景を脳裏に思い浮かべるのだった。