鹿介と月見バーガー(元就と鹿介) 今年も、あの季節がやってくる───
今宵は綺麗な満月だった。
風情溢れる和の邸宅の、整えられた庭が眺められる縁側で一人、元就は月見酒を嗜んでいた。
(そういえばそろそろか…)
テレビのCMで連日流れていた、今の時期に毎年発売される新作のハンバーガーの事を思い出す。
「今年も、来てくれるだろうか…」
一人ごちたその時、玄関のチャイムが大きくなり響いた。
「よう、久しぶりだな!生きてたか?」
元就は久しぶりの再会となる、自分に対し軽口を叩く青年を玄関で出迎えた。
青年の手には、先程思い出していたCMの商品が入っているのだろう、かの有名なハンバーガーチェーン店の袋を持っていた。
(ああ…)
今年もまた、共に過ごせるのだなと思うと、元就は少し笑みを浮かべた。
「これ、今年の新作なんだよな」
元就が月見酒をしていた縁側に青年を招き入れ、二人横並びで座った後、言葉を紡ぎながらひょいひょいと青年は元就に商品を手渡していく。
新作のハンバーガーはどうやらセットで購入し、飲み物にも気を使ってか清涼飲料を選択していた。
更に今年はパイやシェイクも買ってきたようで、去年にも増して量が多かった。
「あんた、もちで喉詰まらせるなよ?」
「お主も勢いで食うて喉に詰まらせるでないぞ?小童め」
相も変わらずからかうようにパイを手渡す青年に対し、元就も軽口で返して受け取った。
元就と青年は付き合いが長かった。
それはそれは四百年以上も前からずっと、因縁なのかはたまた運命なのか、幾度も転生を繰り返しては巡り会うという事をこの二人は繰り返していた。
青年の一番始めの前世は【山中鹿介】と言った。
この当時の青年、鹿介にとっては元就は【宿敵】であった。
尼子再興を掲げ命を賭けて突き進んで来た彼を、時の知将【毛利元就】はやはり命を賭けて受け止めていた。
時を経て転生した際、鹿介は当時の名であった【幸盛】を名乗る様になっても、元就と鹿介は幾度も同じ時代を過ごしていた。
されど、幾度転生を繰り返しても前世の記憶を重ね、覚えているのはいつも元就の方であり、鹿介の方は転生の度に、その記憶を重ねる事も、またその記憶の一片すら思い出す事も無いままその一生を終えるのだった。
現在の人生に至ってもそうである。
そんな二人の今生での出会いは偶然であり、長い目で見ると運命であった。
それは数年前の真夏の出来事。
子や孫が独り立ちし、ようやく落ち着いて隠居生活を楽しもうという事で、久しぶりの遠出をした際、熱中症対策は十分にしていたつもりだったが、元就は駅前にて暑さによる疲れが出てしまう。
ふらつきながらも駅前のベンチにて休み、体調を整えようとしていた時に「大丈夫か?」と、【幸盛】と名乗った鹿介の方から話し掛けられた事がきっかけであった。
その後、元就は鹿介の手厚い対応により体調を快復し、また自身の目的であった買い物まで共に付き合ってもらう流れとなった。
それ以来、鹿介とは定期的に連絡を取り合う仲となり、鹿介は大学生の身でありながらも、まるで孫の様に元就の元へ定期的に遊びに来るようにまでなった。
そして、この秋口の時期になると鹿介はいつも、普段ジャンクフードを食べる事の無い元就にたまには食べさせようとして「お月見代わりって事で!」と、毎年発売されるこの時期限定のハンバーガーを買ってくるのだった。
「どう?今年の新作」
「ふむ…今年はまた大きい事よ。大口を開けるにも、ちと疲れるな」
トロリとしたチーズソースと、濃厚なトマト風味のソースが元就の舌の上で踊る。
挟まれたパティは肉汁が豊富であったが、ぷるりと柔らかいタマゴが肉汁とソースをうまく中和させている。
あまり食べ慣れぬ元就からしたら、少し大きいのが難点か。
「ふーん、そっか」
元就の感想をサラリと受け流し、鹿介はハンバーガーを口にした。
鹿介の左手はフレーバーポテトに伸びており、器用にハンバーガーとポテトを交互に食べている。
元就は鹿介の横顔を眺めていた。
今年も変わらず、自分の元へやって来ては、こうして月見をしながら自分と共にハンバーガーを食べる鹿介。
毎年繰り返しているこの瞬間を、自分はあとどのくらい経験するのであろうか。
鹿介が来なくなるが先か、自分が老いて逝くが先か、古き因縁を語るでもなく、またこの関係の先へ進めたいと思うでもなく、ただ、共に何となしに過ごすだけの日々が、今の元就にはとても喜ばしく、その人生に最良の彩りを添えていた。
(愛おしい──)
今は純粋に、元就は鹿介の事を愛おしく思っていた。
かつて宿敵であった時は、狂気とも取れる愛を鹿介に抱いていた元就は、あの手この手で鹿介を手に入れようと策を弄したものだ。
だが、それは終ぞ叶わぬまま二人は世を去り、転生を繰り返しては別れ、繰り返しては別れをと、運命に翻弄され続けていた。
転生先で出会う度に、元就は鹿介と共に過ごすものの、されどそこに愛はなく、ただ知り合いという関係のままに、結ばれることも無くどちらかが先に逝く。
転生初期の頃、元就は鹿介にも記憶が戻ればと、自分と同じ立ち位置に立って、願わくば自分と共に人生を歩んで貰いたいと願っていたものだが、同じ様に繰り返されるその人生に、そして、それらの記憶を引き継いでいるのが自分のみだと知った時、元就はただ、鹿介の人生が少しでも幸せであれと願うようになった。
ずっと出会うのが運命なら、彼が常に記憶を持たず幾度自分と出会えども、決して結ばれること無くそのまま人生を終えるのならば、せめて彼の人生が少しでも幸せであるように支えようと、自分が彼を置いて逝こうが、彼に置いて逝かれようが、山中鹿介という人間がいつの時代であったとしても、幸せであったと悔いなき人生を歩んでもらえればと、純粋に思い何度も繰り返す人生を元就は生きてきた。
「鹿介」
思わず、元就は彼をそう呼んでいた。
勝手に言葉が漏れていた。
「あんた、しばらく会ってないからってもしかしてぼけちゃったか?」
鹿介が苦笑いを浮かべて元就を見た。
鹿介は自分の名前【幸盛】が時の戦国武将と同じ名である事を知っている。
故に、歴史をかじった事がある友人達はいつも彼の事を鹿介と呼ぶものだから、それには慣れたものの、何故か元就にはそう呼ばれたくないのか、彼は元就には自分の事は【幸盛】と呼んでくれと頼んでいた。
だから、元就にそう呼ばれた事で鹿介は少しムッとしたが、すぐにシェイクを飲みながら、空を見上げた。
「綺麗だな」
鹿介が空に浮かぶ満月を見て、素直に感想を述べる。
元就はパイを齧りながら鹿介の方へ向いた。
鹿介はただじっと月を眺めていた。
懐かしむ様な、慈しむ様な、そんな眼差しを浮かべて空を見上げ月を見る鹿介に、元就は無性に触れたいと思った。
スっと立ち上がった元就は、月に夢中になってる鹿介の背後へ回り、そのままそっと抱き締める。
鹿介は一瞬肩を震わせたものの、そのまま元就の腕の中へ収まった。
鹿介は空を見上げたまま動かない。
そんな彼の頭は必然、元就の胸元に触れている。
元就は自らの鼓動が高鳴るのを感じた。
嫌われるかもしれない──そんな思いが元就の頭に浮かぶも、募り積もった鹿介への想いが、愛おしさがそれらを勝り、元就を感情の赴くままに突き動かしていた。
元就も空を見上げ月を見た。
一人で酒を交わしていた時よりも、美しく見えた満月に心が奪われるようだと感じていたその時、腕の中の鹿介が動いた。
「なあ」
鹿介の声に元就はハッとなり下を向くと、鹿介と目が合った。
鹿介は元就の腕の中で器用にも振り返り、元就を見上げていた。
どうした?と、元就が声を掛けようとしたその時─
そっと、元就の唇に暖かいものが触れた。
その一瞬の出来事に元就の思考は停止し、それが鹿介の唇だと理解するまで元就はただ鹿介を見つめるしか出来なかった。
「口にあんこが付いてるぜ。爺さん」
そう笑みを浮かべながら元就を見る鹿介の表情のその先に、かつての【彼】を見た元就は強く彼を抱き締め、ただ一言───と、告げた。