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    Walnut_51

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    Walnut_51

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    #モクチェズ版ワンドロワンライ
    お題:チェンジ
    2人が天使と悪魔に変身(チェンジ)するお話。モブ視点です。

    #モクチェズ
    moctez

    天使と悪魔「……はあ」
    やっぱり高い、怖いなあ。
    ここまで来ておいて足がすくんでいる自分が嫌になる。見上げる分には大して高くもない雑居ビルだったが、屋上に立ってみるとこんなにも途方もない高さに感じるとは。
    生ぬるい夜風が情けない俺を嘲笑うかのようにくたびれた髪の毛をかき乱した。

    『……早く飛び降りなさい』
    「ッ!誰だ!」
    どこからか聞こえた声に、心臓が飛び上がる。頭を振り乱して必死に辺りを見回すも、姿も気配もない。
    『アァ、醜く取り乱してお可哀想に……』
    「な、なんだ、なんだよッ!!どこにいるッ!」
    情けなく声を荒げるも、声の主の姿を見ることはできない。姿なき声は歌うように楽しげに俺に語りかけてきた。
    『探しても姿は見えないですよ、だって私は人ではない……そう、悪魔なのですからァ』
    「ッ!!」
    ついに幻聴が聞こえるようになったか。声の主を探すことを諦めて、その場にへたり込んだ。
    まあ、無理はない。俺は死に際の哀れな男。今更幻聴が聞こえたからなんだっていうのか。

    『ほら、何を座り込んでいるのです。早く立ち上がって飛び降りなさい』
    どうやら悪魔は俺を早く殺したいらしい。それはそうか、悪魔なんだし。
    『飛び降りれば理不尽な取り立てから解放されて楽になれますよ』
    「はは、なんでもお見通しか……なあ悪魔、俺はもう死ぬしかないのか?」
    これは俺の幻聴なんだろうが、それでもこの状況で誰かに話を聞いてもらえることが少し嬉しかった。ビルの淵に胡座をかいて座り直す。眼下の通りは、賑やかな昼間とは打って変わって寝静まったように静かだ。きっと起きているのは俺と悪魔と野良猫ぐらいなものだろう。
    『単刀直入に申しまして、死ぬしかないでしょうねェ』
    やっぱそうだよなぁ、はは、と乾いた笑いが夜空に消えていく。
    『あなたにはなんの力も無い。加えて、銀行も役所も警察もあなたを見捨てました』
    この街は何処もかしこも腐った下衆が蔓延っているゥ……アァ本当に悍ましい!と、悪魔は悪魔らしい高笑いと共に楽しそうに宣っている。
    その通りだ。いつからかこの街は随分と理不尽になってしまった。そして俺は理不尽に搾取される側の一般市民。
    ただ自分の洋食屋で美味しい料理を街の人に食べてもらって、笑顔になってほしかっただけなのにな。
    「……悪魔、最後に話せてよかったよ」
    さあ、今度こそケリをつけよう。立ち上がろうと膝に力を入れる。

    『ちょちょちょ、ちょっと待って!』
    再び聞こえた別の声。今度は人好きのするような、まろやかな中年男性のような声。
    「今度はなんだよ……」
    せっかく決心したのに、また膝の力が抜けてしまう。
    『……チッ、なぜ邪魔をするのです?下衆は黙って見ていろと…』
    『だってぇ!チェズ…あ、悪魔さんがひどいこと言うから!奴さん可哀想じゃない!』
    なにやら幻聴同士が揉めている。俺の頭も相当混乱しているのか。
    『とにかく!お前さんは死ぬことない、お前さんが死んじまったら悲しむ人、いるんじゃないの?』
    「はぁ、そんな人いるわけない……それにお前は誰だ?関係ないだろ!」
    『えー、コホン。おじさんは天使さん、悪魔さんの相棒です』
    悪魔の次は天使か。俺の幻聴、ベタだな。じゃあ今度は天使の主張を聞こうじゃないかと、胡座の上に頬杖をついた。
    『奥さんも娘さんも、あんたがいなくなったら悲しむんじゃあないの?』
    「なに言ってんだ!それはない、もう愛想をつかされて随分経つ」
    以前は仲の良い家族であった。裕福でこそなかったが、家族3人で慎ましく幸せだった。
    銀行への返済、強引な取り立てへの対応に時間と精神をすり減らして、俺はいつからか家族を顧みなくなってしまった。家族の心が離れたのは俺のせいだ。

    『アァ、やはりあなたは死んだ方がよいですねェ、本当に何もわかっていない』
    『チェ…悪魔さんや、そりゃ言い過ぎだ。奴さんは家族のために一生懸命働いてたんだ、知らなくても仕方ない』
    「知らないって、なんのことだ?」
    天使と悪魔の会話についていけない。俺の家族のことなのに、幻聴のこいつらの方が詳しいとはどういうことだ。
    『本当に知らないのですねェ……お嬢さんは今でも学校でお父さんの料理をみんなに自慢し、働く父を書いた絵が学校で賞まで取ったというのに』
    父親失格甚だしい、と悪魔が呆れきった声で話す。
    「サラ……そうだったのか……」
    悪魔の言う通り、俺は父親失格だ。最後に家族揃って食卓を囲んだのはいつだろう。料理人の端くれでありながら、もう何年も家族のために料理をしていない。

    『そもそもさぁ、お前さんが苦しんでる借金って本当に払う必要あるものなの?』
    「それは……」
    元はと言えば店の改装の際に足りなかった費用を地元の銀行に借りたのが始まりだ。最初は契約通り月々の返済をしており、理不尽なことは何も無かった。
    それが2年前、駅前の再開発の話が持ち上がってから全ての歯車が狂い始めたのだ。再開発のための地上げを断った後、なぜか銀行が態度を豹変させた。急に一括で全額の返済を求めてきて、出来ないならと月々の返済額に法外な利子を上乗せされた。どう考えても普通じゃない。
    「俺だってこんなのおかしいってわかっている!」
    ホラ!お前さんは悪くないじゃない!と天使が明るい声で俺に語りかける。
    「……でも悪魔の言う通りだ。役所も銀行も警察も取り合っちゃくれない、俺は黙って金を払うか死ぬしかない」
    まあ、金はもうないから死ぬしかないんだけどな、と自分で言っていて虚しさが込み上げる。ジェーン、サラ、本当にごめん。
    『元凶は役所の汚職議員です、あなたの小さな力で争うことは不可能でしょうねェ』
    楽しそうな口振りの悪魔。汚職議員…そうだったのか……俺には到底どうしようもない話だ。
    「だったらなんなんだよ。俺が死ぬしかないことに変わりはない」
    『あなたが死んだらあなたの店は銀行に差し押さえられ、取り壊されます。議員の息のかかった業者が法外な公的資金を受け取って公共事業という名の搾取を行うんでしょうね』
    『そうだよ、お前さんが命を落としても悪い奴らの思うツボだ。いいことなんてないさ』
    「ッ!酷すぎる……!でも、それでもッ!俺の出来ることなんて何もないじゃないか……!」
    虚しい、悔しい、悲しい、憎い……奥歯を噛み締めて堪えても溢れ出す涙。空は雲に覆われていて星1つ見えず、俺の心を一層暗くする。

    『因果応報って、天使さんの里の言葉があってね。悪いことした人は必ず報いを受けることになってるの』
    『あの汚職議員のような本物の下衆たちは、さぞ悍ましい報いを受けるんでしょねェ……実に興味深い』
    みっともなく泣く俺に、天使と悪魔は変わらず楽しげに声をかけ続ける。
    「そんなもの待ってる時間はないんだよ!明日もまた取り立ては来る、もう家族にも従業員たちにも迷惑かけられないんだ!」
    俺に出来ることなんて死ぬしかない、今度こそ意を決して弾けるように立ち上がる。
    『待って待って!お前さんにも出来ることあるから!』
    天使が焦った声で呼びかけてくる。
    『お店の金庫の中、銀行に最初にお金借りた時の契約の書類あるでしょ?それ警察に持っていってみたら?』
    「そんなこともうやった!お前たちも知っているだろう、取り合ってなんてもらえなかった!」
    今更俺に出来ることなんてない!涙で視界が歪む。
    『一回で諦めるとは、随分と諦めのいいお方だァ』
    『明日の朝、警察にもう一回届けてみたら?』
    やってみなきゃわかんないじゃない!と楽観的な天使の声。試す価値はあるかもしれませんねェと、いつの間にか天使に加勢している悪魔。
    「……お前ら、なんでそんな勝手なこと言えるんだ」
    『『だって悪魔ですから(天使さんだもん)』』
    「は…っはははは!」
    なんだかおかしくなって笑えてきて、一度笑いはじめたら止まらなくなった。可笑しいじゃないか、だって天使と悪魔が寄ってたかって俺を生かそうとしている。
    いつの間にか涙は止まって、悲観的だった自分さえも面白おかしくなってきた。

    「はは……はあ、ありがとうな」
    ひとしきり笑ってから立ち上がり、汚れたズボンを手ではらう。一歩後ろへ下がり、目に映らぬ彼らに一礼した。顔を上げると、雲間から満月がこちらを見ている。そうか、今日は満月だったんだな。
    諦めるにはまだ早い、やるべきことを心に刻み屋上を後にする。もうきっとここには来ない、強い誓いと共に降り階段を踏み締めた。




    誰もいなくなったビルの屋上に、音もなく降り立つ影が1つ。忍び装束を身に纏った男だ。
    「よっと…おーいチェズレイ、もういないから上がっておいで!」
    男は天使と同じ声で、ビルの下に呼びかける。男の差し出した手をとってもう一つの影がひらりと屋上に上がってきた。二つ目の影は長身の男性で、1つに結ったブロンドの長髪が満月に照らされてキラキラと輝いている。
    「チェズレイって優しいよね」
    それに結構ロマンチストだったり?と、忍び男が楽しそうに言った。
    「あなたが寄り道するから付き合っただけのことです」
    飛び降りた彼を拾い上げるあなたが見たかったというのにィ……と、長身の男は悪魔と同じ声で文句を言う。げげ、おじさんをこき使わんといてぇと戯けながら、忍び装束の男が続けた。
    「今日の潜入で議員サイドの汚職の証拠は手に入れたし、もう警察の知るところになったわけだ」
    これで明日奴さんが持ってく銀行の不正の証拠を無視できまい、と穏やかな表情を浮かべる。
    「これで汚職議員も万事休す、まさに因果応報、というやつでしょうか?」
    お、言うねぇ!と忍び男が楽しげに返す。いつの間にか雲も消え、満月が空で微笑んでいた。

    さあ帰りましょう、と長髪の男が忍び男の肩に手を置くのを合図に、忍び男はひょいっと慣れた様子で長髪の男を横抱きにしてビルの端から飛び降りる。
    2人の影はビルからビルへと飛び移りながら、夜の闇へ消えていった。
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