顔も知らないあなたへ「ドレミ財団さんへ、お届け物でーす!」
軽快なノック音ととに、扉の外から威勢のいい声が聞こえる。はーいとオフィスの薄い扉を開けると、見慣れた配達員の青年が、額に汗と砂つぶを輝かせながら立っていた。
彼の背後には大きな段ボールがたくさん見え隠れしている。
大層な荷物の送り主はナデシコ・レイゼイ?住所はミカグラ島……って、確か極東のリゾート地だったような。
ミカグラ、聞いたことあるな……なんて考えながら、青年を待たせるのも申し訳がないので急いでサインをする。
「アラナさーん!ミカグラ島のナデシコさんって方からお荷物届きましたー!」
はーい、と明るい返事と共に、玄関へやってきたアラナさんも、随分な荷物の量に驚く。
「すごい量ね……ああ、ナデシコさんから!」
送り主の名前に心当たりがあるようで、彼女の空気が和らぐ。
なんだなんだと集まった財団事務局のメンバーたちと封を開けた荷物の中には、立派な芋がたくさん。なんでも、ナデシコさんはミカグラに住むアラナさんの友人で、この芋はミカグラの名産品らしい。
荷物に紛れた手紙を読んでいるアラナさんを横目に、我々は袋や箱を持ち寄って芋の取り分けに大賑わい。
いくつもあるの段ボールを開封し、子供たちと食べる分と、事務局メンバーの家族に分ける分と……わいわいと取り分けていると、アラナさんが私の肩を叩いて賑わいの外へ連れ出した。
「アンタのボスの分、確保しといたよ」
そう言って上等な芋が入った紙袋を渡された。
「ナデシコさんからの手紙に、モクマさんもこの芋が好きだって書いてあったからさ」
あなただったら届けられるでしょ?といたずらっ子のような笑顔でアラナさんは私を見た。
私のボス、名前も知らない人。そうだ、モクマさんの出身ってミカグラだった。
「……ありがとうございます、送っておきます」
ドレミ財団を裏で支える組織、私の正式な所属先だ。と言っても、所属先の正式名称も知らないけれど。世界中を飛び回るボスを、財団に身を置きながらサポートするのが私の仕事。
ボスとは基本メールのやり取りのみだが、モクマさんという人からはたまに電話がかかってくる。モクマさんはボスの相棒だそうで、仕事先で起きた面白いことや美味しいものの話を聞かせてくれる気のいいおじさんだ。調子のいい話をしながら、その実は、財団と組織の間で仕事をする私を気遣ってくれているように思う。会ったことはないけれど、モクマさんのことは結構好き。
そういえば、ボスから次の拠点へ届けてほしい物資のリストが来ていたっけ。その荷物にこの美味しそうな芋も紛れさせてみようかな。
ボスから届くメールは事務的で、メールを見るだけでは彼(彼女かもしれないけど)は結構冷たい人のように感じる。でも、モクマさんが電話の中で話す”大将”はメールから感じるのとは随分違う、素敵な人のようだった。だって、”大将”の話をするときのモクマさんはなんだか声が穏やかだ。たまにしか話してくれないけど。
物資のリストにないものを送るなんて今までしたことないれけど、きっと喜んでくれるよね。今回は手紙も添えてみようかなんて、詮索しないことを条件に始めた今の立場で、許してもらえるだろうか。
顔も知らない2人はきっと喜んでくれるという妙な自信と共に、今日は人生で初めて便箋を買って帰ることを心に誓った。