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    ナンナル

    @nannru122

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    POIPOI 146

    ナンナル

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    元バイトさんと元俳優さんのその後のお話。①

    大分前から書こう書こうってちまちま書いてたやつ。
    いい加減書かねばって一話だけ書ききった。
    そんなに長くならないので、次で終わるといいな、の気持ち。
    一緒にショーがしたい☆くんのお話。

    メイテイその後①「主役はどこ行ったの?!」
    「もう本番始まっちゃうのにっ…!」

    大騒ぎの舞台裏の様子を見て、寧々がちら、とこちらを見てくる。メッセージに返信が無い。それならきっと、あそこだろう。今頃目を回しているだろう恋人を想像して、スマホをポケットにしまった。

    「迎えに行ってくるね」
    「早くしてあげてよ。本番まで時間ないんだから」
    「分かっているよ」

    ひらひらと手を振って、早足で舞台裏の扉を開ける。そのまま近道を通ってこの遊園地で一番人気のレストランに向かえば、入口に長蛇の列ができていた。お昼は過ぎたのに、すごい人気だ。裏口から中へ入ると、厨房はバタバタと忙しそうにしている。その中に探している恋人がいないのを確認してから、ホールの方へ向かった。
    ぱたぱたと笑顔で駆け回る従業員の中に見慣れた綺麗な金色を見つけて、カウンターに寄りかかった。

    「店員さん、とても忙しそうですね」
    「っ…る、類さんっ…?!」
    「そろそろ時間だけれど、抜けられそうかい?」
    「す、すみませんっ…! 中々抜けられなくてっ…!」

    目を回す司くんが、あっちへこっちへと店内を動き回っているのを見て苦笑する。どうも彼は人気者のようだ。他の店員をそっちのけで司くんに声をかける客の姿に、自然と口角が上がる。にこりとした顔で彼を見ていれば、隣からえむくんが近寄ってきた。
    くん、と袖を引かれて振り返れば、厨房から顔を覗かせる彼女のお兄さんが内緒話でもするように口元に手を当てて僕に声をかけてくれる。

    「遅れててすまねぇ。連れてってもらっていーっすよ」
    「それなら、お言葉に甘えてテイクアウトさせてもらおうかな」
    「あたしも行ってくるね〜!」

    エプロンを脱いで手を振るえむくんを横目に、カウンターから出て店内を進む。注文を聞き終わったらしい司くんが顔を上げると、僕を見て目を丸くさせた。そんな彼の体をひょいっと横抱きに抱えて、手に持ったオーダーシートを他の店員に渡す。
    周りから聞こえる女性の甲高い声と、囃し立てる男性の声が店内を賑やかにする。状況が追い付いていないらしい司くんが呆然としているのには構わず、店内をずんずん進んでいく。

    「類くん、いいよ〜!」
    「ありがとう、えむくん」
    「ぇ…え、……えっ…?!」
    「少し揺れるから、しっかり掴まっていておくれ」

    よいしょ、と司くんが落ちないよう抱え直して足を早める。大きな窓を全開に開けたえむくんが、にこにこと笑顔で待ってくれているから、それに笑顔を返して地面を強く蹴った。大きく足を上げて難なく窓枠に乗り、そのまま飛び降りる。と言っても、ここは一階だから高過ぎもしないので、問題なく地に足をつけて全速力で園内を駆け出す。
    ぱちぱちぱち、という拍手の音が周りから聞こえる。「類くんかっこいいねぇ!」というえむくんの言葉にお礼を言って、関係者以外立ち入り禁止の道に入る。裏道を使ってまっすぐステージに向かう僕の腕の中で、司くんが「類さんっ!」と大きな声を出した。

    「お、降ろしてくださいっ、一人で走れますっ!!」
    「だぁめ。しっかり運ぶから、着いたらキスくらいさせておくれ」
    「きっ…?! っ〜〜〜…、類さんっ!!」
    「ふふ、司くんは怒り方も可愛らしいねぇ」

    僕の言葉で顔を真っ赤にさせた司くんが、子どものように顔を顰める。けれど、この表情が決して嫌がっているものでないことも知っている。恥ずかしいから素直に頷けない時のものだ。その証拠に、素直な彼が『嫌です』と口にしていない。
    ついつい緩んでしまう表情を隠すことも出来ず、裏道から抜ける。入場の始まってしまったステージの入口には人が沢山集まっていた。それを横目に裏口に回り、中へ入る。

    「あたしも着替えなきゃ、また後でねー!」
    「行ってらっしゃい、えむくん」
    「また後でな、えむ!」

    ひらひらと手を振って えむくんを見送り、司くんの着替えが置かれている控え室に向かう。
    すれ違った役者仲間が安堵するのを見て、司くんはどこか申し訳なさそうな顔をしていた。今回はギリギリの到着となってしまったのだから仕方ない。彼がレストランのバイトをする日は大体こうなるので、僕としてはもう慣れたけれど。

    「着替えは一人でできるかい?」
    「はい!送って頂きありがとうございました!」
    「良ければ、着替えも手伝ってあげようか?」
    「遠慮します。見られるのは恥ずかしいので、出てくださいっ!」

    ぐぐっ、と僕の背中を押す司くんに苦笑する。
    最近はこんな感じですっかり僕の扱いに慣れてきたようだ。以前の彼なら、困った様に眉を下げてわたわたとしていたと思うのだけど、そんな可愛らしい様子がない。時間が無くて急いでいるから尚更かもしれない。
    これ以上困らせる訳にもいかないので、潔く部屋を出ようとした所で、「類さん」と声をかけられた。振り返れば彼に腕を強く引かれ、体が前に少し傾く。ちぅ、と頬に触れた柔らかい感触に目を瞬けば、すぐさま彼が数歩後ろへ後退った。

    「…着替えが終わったら、呼びます」
    「それなら、部屋の外で待っているね」
    「………はい」

    恥ずかしいのか顔を俯かせてそう返す司くんに、小さく笑みが零れる。こんな風に彼からしてくれることは少ない。少ないけれど、少しづつ慣れてくれたのだと思うと嬉しくなる。
    控え室から出て、扉の向かい側の壁に背を預ける。まだ感触の残る頬に手で触れて、緩む口元を引き締めた。

    ―――

    神代類、三十三歳。
    とある遊園地のショーステージで演出家兼役者をしている、元俳優。六年ほど前に出逢った、当時学生だった司くんと半年前に漸く籍を入れて、現在新婚生活を満喫中である。
    晴れて社会人となった司くんは、僕の希望で一緒にショーステージの役者をしてくれている。更に彼の希望もあって、同じ遊園地内で経営している人気レストランでも働いてくれている。彼が学生の頃バイトをしていたお弁当屋『和んだほい』を経営していた鳳兄弟が同時経営で営むレストランである。レストランの店長は、鳳家の次男である晶介さんが任されていて、毎日列ができる人気店だ。
    そのレストランを手伝うという名目で、司くんも厨房スタッフやフロアスタッフをしている。練習の合間でたまに手伝うだけであるにも関わらず、彼目当てのお客さんも多い。人気のステージキャストだからファンが多いのだと思うことにしているけれど、少し妬けてしまう。
    ついこの前も、彼宛てのファンレターという名のラブレターを見て司くんが固まっていた。

    「類さん…?」
    「あぁ、おかえり、司くん」
    「…考え事ですか?」

    お風呂上がりでほんのり赤く染まる肌と、ドライヤーでしっかり乾かしたふわふわの髪、外行きの格好とは違うラフな姿で、司くんが近寄ってくる。ぽんぽん、とソファーを手で叩けば、彼は手で髪を撫で付けるように整えながら隣に座った。
    そんな司くんの方へ腕を伸ばして抱き寄せれば、柔らかい頬がじわりと赤くなる。

    「今日の公演もとても良かったからね。次を考えるのが楽しいんだ」
    「……そう、ですか…」
    「おや、司くんは少し御不満かい?」
    「そ、そういうわけではないですが…!」

    少し視線を下へ向けた司くんに首を傾げれば、慌てて首を横へ振られた。
    ふんわりと甘い匂いがして、ふわふわの髪に顔を埋めるように抱き締めた。まだほこほこと温かい体温に、頬が緩む。ゆったりとしたスウェットの裾から手を忍ばせれば、パシっとその腕が掴まれる。「類さんっ…!」と恥ずかしそうな声音で名を呼ばれたけれど、構わずその手を更に中へ滑り込ませた。擽ったそうに身じろぐ司くんが、むぅ、と口を引き結んでしまう。

    「…嫌かい?」
    「………ぃ、ゃでは、ないですが…、まだ、駄目です」
    「残念。それなら、キスはどうかな?」
    「……します…」

    『駄目』とはっきり言えるようになった奥さんに免じて手を離せば、ホッと安堵される。彼にも、心の準備が必要なのだろう。とは言っても、以前よりは大分慣れてくれたと思うけれど。
    “キス”と聞いて、そわそわしつつも体を少しこちらへ向けてくれる司くんに、頬が緩む。そういう可愛らしい反応をされてしまうと、からかいたくなってしまう。
    ん、と顔を上げて唇を向ける司くんの頬を掌で包んで、そっと額に口付けた。

    「…っ、……、…っ〜〜〜…」

    ちゅ、ちゅ、と態とらしくリップ音をたてて、司くんの瞼や鼻先、頬へ口付ける。じわり、じわり、と頬が赤く染まる彼の手がぷるぷると震え始め、それが堪らなく可愛くて くす、と小さく笑う声が零れた。それを聞いた司くんが、閉じていた目を開けて「類さんっ!」と咎めるように僕の名を呼ぶ。むむむぅ、と唇をへの字に曲げる司くんが本当に可愛らしくて、もう駄目だった。

    「ごめんよ、…っ、ふふ…」
    「っ〜〜…、もう知りませんっ…!!」

    手で口元を押えて笑ってしまった僕に、彼がへそを曲げてそっぽ向いてしまう。その反応すら愛おしい。すまなかったね、と謝りながら司くんの腰に手を回して引き寄せるも、軽く抵抗されてしまった。ぷい、と顔を背ける彼の頬にもう一度口付けて、「司くん」と優しい声音を意識して名前を呼ぶ。振り向かない司くんは、返事も返してくれない。けれど、逃げようともせず止まってくれているのは、“そういう事”なのだろう。
    ぎゅぅ、と横から抱き締めて髪に口付ければ、僕の手に彼の手が触れた。

    「司くん、こっちを向いてくれるかい?」
    「……………」
    「…からかって、すまなかったね」

    ちぅ、と髪に口付けて謝れば、ちら、と司くんがこちらを向いてくれる。そんな彼に にこ、と笑って見せれば、司くんの手が僕の手を握った。
    そっと頬に触れて、触れるだけのキスを贈る。ゆっくりと瞼を閉じた司くんの唇に、もう一度僕のを重ねた。たっぷり三秒程かけて塞いだ唇が、熱を持つ。

    「……ん…、っ、るい、さん…」
    「もう一回」
    「んっ…」

    押し付けるように唇を塞いで、体の重心を前へ倒す。ソファーの背もたれに司くんを誘導すれば、彼は容易に背もたれにぴったりと後頭部を預けて抜け出せなくなる。ほんの少し唇を離し、角度を変えてもう一度口付け、舌先で彼の唇を撫でた。ぴく、と指先が反応し、数秒迷った後司くんがゆっくりと唇を薄く開く。その隙間に舌先を差し入れば、甘える様な声が聞こえてきた。
    くるりと掌を返して彼の掌とぴったり合わせる。指を絡めるようにしてしっかりと繋げば、優しく握り返された。それが堪らなく愛おしくて、頬に触れる手を下へと滑らせる。首元を撫でて襟に指をかければ、司くんがほんの少し身じろいだ。ゆったりとした襟から覗く鎖骨を指先で撫でれば、司くんの手が僕の手を掴んだ。

    「っ、…ふぁ、…るいさんっ…!」
    「……だめかい…?」
    「………………ここ、では、…嫌です…」

    可愛らしい断り文句を、涙の滲む瞳で言われては飲み込むしかない。
    名残惜しくも繋ぐ手を一度解き、細い体を抱え上げた。ソファーを立ち上がり、ベッドルームに足を向ける。この先を察した司くんが、恥ずかしそうに僕の首に腕を回してしっかり抱き着いてくれた。顔を僕の首に押し付けるようにして隠れる彼は、黙ったままで何も言わない。そんな可愛らしい司くんに、くす、と笑ってしまった。

    「司くんは本当に可愛いね」
    「………類さんの趣味が悪いんですよ」
    「そんな事ないと思うのだけどね」

    照れ隠しに悪態をつく司くんに、胸の奥が温かくなる。こういう所も、嬉しい。歳上だからと敬語はまだ外れてくれないけれど、少しづつ彼とのやり取りが初めの頃とは変わってきて、確かに距離が縮まっていると感じられる。それが堪らなく嬉しい。
    二人で寝れるよう新調したベッドに彼を下ろし、そっと唇を重ねる。触れ合わせる度にほんのりと赤く染まる頬に口付ければ、司くんが僕の腕を掴んだ。

    「…類さん…、明日、も、練習が……」
    「そうだね。だから、少しだけ、ね…?」
    「っ、……ぁ、…」

    ちゅ、と司くんの首にキスをすれば、甘い声が零れる。
    無理はさせたくない。けれど、触れずにはいられない。日に日に観客を虜にしていく僕の奥さんが愛おしくて、同時に憎らしい。僕だけを愛してくれる彼が、沢山の人に愛され囲まれる姿は、“良い事”であるのに同時に寂しくも感じてしまう。“僕のモノ”だと、何度だって言いたい。彼を邪な目で見る人達が二度と司くんを見られないように、その目を潰して回りたい。いっそ、人目につかないよう司くんを隠すのもいいかもしれない。
    そんな風に思ってしまう位には、たった一人の奥さんを愛している。

    (……一体、今日だけで何人が君に触れたのだろうね…?)

    握手を求めるファンに笑顔で応える司くんは、立派なキャストだ。レストランのウェイターをする彼も、仕事を真面目にこなしていて、非の打ち所がない。けれど、そんな彼を見る周りの目が許せなくなるんだ。心の狭い自分がなんとも情けない。
    抵抗なく受け入れてくれる司くんのパジャマをゆっくりと脱がせ、白い肌に手を這わす。ぴく、と肩を跳ねさせた司くんは 恥ずかしそうに顔を背けると、枕を手繰り寄せた。
    そんな彼に、もやっと胸の奥に霞がかかる。

    「………る、いさん…?」
    「…抱き締めるなら、僕にしておくれ」
    「ぇ、…ぁ、…ひゃんっ……」

    司くんの腕から枕を取り上げて、ぽいっと床に放り投げる。行き場を失った彼の手を掴んで僕の背に誘導すれば、彼は戸惑ったように視線を逸らした。
    そんな司くんの脚を掴んで持ち上げ、分かりやすく腰を押し付ける。何かを察した彼は、かぁあ、とその顔を赤らめてから、僕をちら、と見上げた。

    「…や、優しく、してください……」
    「勿論」
    「……んっ…」

    可愛らしい要望に応えるべく、この日はゆっくり丁寧に触れることにした。


    ―――
    (司side)

    神代司、二十三歳。
    専門学校を卒業後に遊園地のショーキャスト兼レストランの従業員として働いている。学生の頃に出会った元俳優の神代類さんと半年程前に籍を入れて、神代の姓になった。旧姓は天馬。
    引退宣言後も中々俳優を辞められなかった類さんは、半ば無理矢理引退して、今は遊園地の経営に力を入れている。そんな類さんの経営する遊園地のキャストとして勧誘され、バイトから始まり今は正式な団員だ。学生の頃から何かとオレを気にかけてくれる類さんは、オレの指導にもとても真剣で、沢山のことを教えてくれる。その甲斐あって、まだ社会人には成り立てだが舞台でそれなりの役をやらせてもらえている。学生の頃から付き合いのある えむとも一緒なので、とてもやりやすい。
    とてもやりやすい、のだが…。

    「…また言えなかった……」
    「司くん、しおしおしお〜、ってしちゃってるよ?」
    「えむ、オレはどうしたらいいんだ…、類さんがあまりに楽しそうで、全然話が切り出せないんだ…!」
    「……んー…、そんなに悩まなくても、多分類くんなら喜んでくれると思うけど…」

    きょとん、とする えむに、眉を下げる。
    分かっている。類さんなら、オレの言葉を全部叶えようとしてくれると。オレが言った事を馬鹿にはしないし、真剣に考えてもくれる。だが、そうではないんだ。オレにとっては、“憧れ”や“目標”のようなもので…。

    「…やはり、まだオレでは力不足なのかもしれんな…」
    「そんな事ないよー! 司くん、自信持ってー!」
    「それなら何故、類さんが舞台に上がらんのだっ…!!」
    「類くん、裏方でイキイキしてるもんねぇ」

    つい大きな声が出てしまって、周りのキャスト仲間が「また始まったね〜」と笑い出す。よしよし、とオレの頭を撫でる えむも慣れたような対応だ。だが、それも仕方がない。これが初めてという訳では無いのだから。
    俳優の神代類が引退して半年、遊園地は以前の印象がガラリと変わる程来場客で溢れる遊園地になった。初めは人気俳優神代類に会える、というのが一番大きな集客だったのかもしれんが、そこからの追い上げが凄かった。えむの家族が経営するお弁当屋を始め、類さんが幾つかスカウトした知る人ぞ知る名店のようなお店が並んでいるのと、以前居たキャストだけではなく類さんが何人かキャストを集めてきたのだが、その人たちがまた人気の役者さんだったようで、お客さんが一気に増えた。そこからは寧々さんがイベントや企画を次々に始め、繰り返し訪れるお客さんが増え、更に話題に上がり集客が伸びていった。前半は完全に類さんが自分の名前で集客していたが、今来場しているお客さんはほとんどが常連さんだろう。
    お陰で、類さんも寧々さんもとても忙しい。各お店の視察とかステージの監督だけでなく、次のイベントの下準備で毎日遊園地の中を歩き回っているほどだ。

    (それでも、オレが出演するショーは絶対に見に来てくれていて、申し訳ない反面嬉しくもあるが……)

    類さんは、オレに対して過保護だ。キャスト仲間だけでなく、お客さんにもそう認識される程、とにかくオレに構ってくれる。類さんに見られていなくても手を抜くつもりは無いから安心して仕事をしていてください、と言ったこともあるが、『司くんが優先だから』とやんわりはぐらかされた。寧々さんもそこは気にしていないようで何も言わないし、それでいいのかもしれんが…。忙しい中オレの為に時間を作ってくれるくらいなら、もう少し休んで欲しい。
    だが、それとは別に、ずっと思っていることがある。

    【類さんと、同じステージに立ちたい】

    オレの最初の目標であり、オレが役者を目指すきっかけになった願い。
    元人気俳優神代類と、同じ演目で、同じステージでショーがしたい。類さんが主役をやるなら、オレは脇役でいい。たった一言言葉を交わすだけの役でもいい。ずっと、類さんと一緒に舞台に立ちたかった。類さんが俳優を強引に引退した時は、少し寂しくもあったが、この夢が叶うかもしれないと期待したのだ。
    それなのに、類さんは引退前は何度か舞台に少しだけ出る事もあったが、引退後の今では全く舞台に上がらなくなってしまった。
    理由は単純。類さんが元々好きだったショーの演出に力を入れているから、だ。

    「もっと舞台の上で輝く類さんが見たかったのだが……」
    「司くん、またしおしおしお〜ってなっちゃってるよ〜!」
    「やはりオレでは、一緒に舞台に立ちたいとは思ってもらえないのだろうか…」
    「そんな事ないから自信持って…!」

    へなりと机に突っ伏して、顔を顰める。そんなオレを慰めようと声をかけてくれる えむに、力なくお礼を言った。
    類さんがオレの指導に力を入れてくれるお陰で、最近は主役をやらせてもらえるほどにまでなった。といっても、この遊園地の中でも小さなショーステージの主役ではあるが。類さんがオレを特に気にかけてくれているとはいえ、実力をしっかりと見て判断する人なので、恋人だからとそこは贔屓したりはしない。意外とはっきり指摘もするし、ダメな所はダメだと言ってくれる。だが、練習の成果を見てほしいと願い出れば、ちゃんと時間も作ってくれて、指導もしてくれるんだ。類さんの弟子と公言されている分、半端な演技で舞台にも立てないので頑張らねばならんしな。
    だから、主役をやらせてもらえるようになって、舞い上がっていたのだと思う。類さんと一緒に舞台に立てる、と勝手に期待した。オレが舞台に上がっている時間が長くなれば長くなるほど、類さんは何故か演出に以前より凝り始め、ほとんどステージに上がらなくなってしまったのだ。これが落ち込まずにいられるだろうか。

    (オレが頑張れば、類さんが一緒にやりたいと思ってくれる、と、そう思っていたのにな……)

    はぁ、と何度目かの溜息が零れてしまう。
    結婚して類さんとの距離は確実に縮まったはずなのに、以前よりずっとずっと目標は遠い。

    「いや、ここでくよくよしていても仕方がないっ! 今度こそはっきり類さんに話してみるぞ!」
    「おおぉお! 司くん、燃えてるねぇ!」
    「その為にも、類さんに流されてしまう前に切り出さねばっ!」
    「ほぇ……?」

    目を瞬くえむに気付いて、こほん、と咳払いを一つし誤魔化す。
    大丈夫。寝る前では流されてしまうが、食事の時に切り出せば流される心配もない。それに、本当に嫌だとオレが言えば、聞いてくれる人だ。話だって、真面目に聞いてくれるのだから、怖気付く必要もない。

    (…ただ、類さんとショーがしたい、と言うだけだからな!)

    大丈夫、ともう一度心の中で自分に言い聞かせ、椅子を立ち上がった。

    ―――

    「今夜の料理もとても美味しいよ」
    「ありがとうございます」
    「こんなに美味しい料理を毎日食べられるなんて、僕は幸せ者だね」
    「…大袈裟ですよ」

    にこにこと笑顔の類さんから顔をそっと逸らして、スプーンを口に運ぶ。今夜はホワイトソースのオムライスで、きのこと一緒にほうれん草を少し入れている。オレの前では平気な顔で食べる類さんを ちら、と盗み見てからゆっくりと息を吐いた。
    大丈夫、と自分に言い聞かせ、そっと顔を上げる。

    「あの、類さん…」
    「なんだい?」
    「…その、ショーの事なんですが……」

    カチャ、カチャ、と食器の音がやたらと大きく聞こえてくる。一口分を掬ってスプーンを口に運んだ類さんは、静かにオレの言葉を待ってくれていた。ごくん、と喉を一度鳴らし、スプーンをお皿に置いた。

    「お、オレ、…類さんのショーが見たいです…!」
    「……僕の…?」
    「はいっ…! だから、その…」
    「勿論良いけれど、面と向かって言われるのは、照れてしまうね」

    苦笑する類さんに、ホッと胸を撫で下ろす。どうやら、深く考え過ぎてしまっていたようだ。こんなにも簡単に済む話だったのか。眉尻を下げて気恥しそうにする類さんが、誤魔化すようにスプーンでオムライスを掬って口に入れる。何故だか、いつもと違って少し可愛いと思えてしまった。

    「類さんは、オレの目標なので」
    「ふふ、嬉しいよ」
    「勿論まだ類さんの隣に立つには力不足ですが、それでも、その……!」
    「そんなことはないよ」

    お皿に添える手に、類さんの手がそっと触れる。顔を上げれば、いつもの優しい顔をした類さんが、真っ直ぐオレを見ていた。
    じわりと伝わる手の熱に、心臓の鼓動が速くなっていく。掌を返してオレの方から触れ合わせれば、ゆっくりと指を絡めるようにして握られる。胸の奥が熱くなって、自然と表情が緩んでしまいそうになるのを無理矢理引き結んだ。

    「それなら、ご飯が終わったら、鑑賞会だね」
    「…………………ぇ…」
    「過去の作品を見返すというのは気恥しいけれど、司くんの頼みなら仕方ないね」

    ぴく、と指先が一瞬震えたのは、気付かれなかっただろうか。
    類さんの言葉を頭の中で何度も繰り返し再生し、意味をなんとか理解する。何故、“鑑賞会”という話になったのだろうか。そこまで辿り着いて、自分の発言を振り返る。『類さんのショーが見たい』と、そう言ったのだと思い出した所で、頭を抱えた。

    「あ、あの、えっと……」
    「そういえば、寧々が撮っておいてくれた練習やリハーサルの時のものもあるから、ついでに見てみるかい? 他人の視点から見た注意点ややり直しになった時のアドバイスなんかも見れると思うよ」
    「うっ……」

    善意で薦めてくれているのだろう。気恥しそうではあるものの、オレの為に、という気持ちが伝わってくる。なにより、俳優だった類さんの大ファンである咲希も知らない類さんが観られるかもしれないというのは、心が惹かれてしまう。本番の映像なら、咲希に付き合ってかなり観たはずだ。その撮影の裏を観る機会なんて、そうそうあるはずも無い。それを、類さん自ら観せてくれるというのだ。
    それなのに、『そうではなくて、一緒にショーがしたいんです!』とこのタイミングで言い直せるはずがない。

    「……た、楽しみです…」
    「ふふ、それなら、早く食べてしまった方がいいね」
    「…はい」

    類さんにバレないような肩を落として、スプーンでオムライスを掬った。
    大丈夫。まだ機会は沢山あるはずだ。

    この後の鑑賞会は大変盛り上がり、翌日寝不足で練習に参加した事を類さんと二人で寧々さんに怒られてしまった。
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