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    ナンナル

    @nannru122

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    POIPOI 146

    ナンナル

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    恋願う。2
    私史上最悪な性格したるくんがいます。
    ご注意ください。
    とりあえず、☆くん視点の裏側書けて満足です( ˇωˇ )

    恋願う。2「……か、みしろ、くん…?」

    女性にしては少し低めの声と、大きな蜂蜜色の瞳。大きな眼鏡のレンズを通して僕を見るその瞳に、溜息を吐く。きょとん、とする天馬くんは、きっと僕が何故突然顔を近付けたのかすら気付いて無いのだろう。
    最初は、恋愛慣れしてないから簡単に落とせると思っただけだった。マネージャーから止められていたから女性との連絡先を全て削除し遊ぶのも控えていた。その退屈しのぎのつもりだったんだ。僕の名誉挽回も兼ねて、少し遊んでその気にさせたらすぐ切ればいいと、その程度で考えていたのに…。

    「…はぁあ……」
    「んぇ…?! な、何故溜息を吐くんだ…?!」
    「………そういう所だよ…」

    拍子抜けしてしまう程何も考えていなさそうなその丸い頬を指で摘んで軽く引っ張れば、天馬くんは慌てて僕の手を掴んだ。この少し変わった口調ですら、気が抜けてしまう。世間知らずで、どこか不思議な雰囲気の天馬くんから、目が逸らせない。

    (……やられた…)

    もう一度溜息を吐いた僕に、天馬くんは泣きそうな顔をした。

    ―――

    (…退屈だなぁ……)

    気が向いたから参加してみた同窓会も、撮影で遅れての参加となり着いた時には既に、周りはほとんど出来上がってしまっていた。挨拶もそこそこに空いている席に座って、酔った元同級生達に薦められるままお酒を頼む。お酒には強いと自負しているけれど、今夜はあまり飲まないで、とマネージャーに言い付けられているので軽く飲んでさっさと帰ろう。
    テーブルに置かれたお酒をちびちびと飲みながら、酔ってテンションの高くなっている元同級生達を眺めた。クラス委員だった彼女は随分と綺麗になったものだ。その隣の子は、当時彼女と仲の良かったあの子かな。あっちにいるのは、同じ緑化委員だった子だね。指輪をしているという事は、旦那さんがいるのかな。美人な子だから残念だ。

    (あの頃は、告白してきた子達によく手を出してたっけ…)

    若気の至りというやつだ。どの女子達も少し良い顔で口説いてあげれば、すぐ本気にされた。デートの帰りに良い雰囲気を作ってホテルに、なんて事も繰り返していたので、それなりに悪い噂が流れていたのも知っている。
    それでも、誰かと触れ合う事が、一番の退屈しのぎだった。
    見覚えのある子達を眺めていれば、ふと、知らない女性が視界に映る。金色の髪はふわふわと緩く巻かれていて、白い清楚なワンピースを纏う落ち着いた雰囲気の女性だった。

    (……あんな綺麗な子、同級生にいただろうか…?)

    背は高めで、声も女性にしては少し低い。けれど、薄く化粧を施したその顔はこの会場のどの女性より綺麗だ。どこか幼さは感じるものの、結構悪くないと思った。
    じっ、と見てしまっていたからか、こちらに気付いたその子は僕と目が合うと ふわりと笑いかけてくる。酔っているのか、彼女の顔はほんのりと赤く染まっていた。ふらふらと覚束無い足取りで近付いてきた彼女は、僕の隣にゆっくりと腰を下ろす。

    「…久しぶりだな、神代」
    「……すまないね。久しぶりで、名前が思い出せないのだけど…」
    「んむ…? オレは、司だ。天馬司」
    「…天馬、くん……?」

    少し男のような口調をしているのは気になるけれど、今のご時世そういう女性もいるのだろう。
    ふわりと香る花の匂いに、そう思う事にした。ふにゃふにゃと笑う天馬くんは、差し出した僕の手を握るとそのまま僕の肩に頭を預けてくる。随分と距離感の近い女性だ。お酒の匂いに混じって微かに香るのは、洗剤の匂いだろうか。香水とは明らかに違う強過ぎないその匂いも悪くない。

    「そうだ。以前、神代に告白して、フラれたのだぞ」
    「おや、そうなのかい?」
    「…むぅ、忘れるとは酷いやつだ」

    相当酔っているのだろう、僕の腕をしっかり抱き締めて頬を擦り寄せるその様に、苦笑してしまう。
    こんな綺麗な子なら断る事もないだろうし、十年経ったからと言っても忘れないと思うのだけど…。積極的な子なら尚更だ。それとも、一度抱いた後に飽きて別れた事を言っているのだろうか。その方が十分可能性がありそうだ。
    酔って少々舌足らずな口調も相まって、可愛らしく思えてくる。一度抱いたのなら、二度目も三度目も変わらないだろうね。丁度退屈で早々に抜けるつもりだったから、上手く言いくるめて持ち帰ってしまっても気付く人はいまい。

    「そうだね、僕は酷いやつだ」
    「…ん……」
    「だから、挽回の機会をおくれ」

    腕を抱く彼女の体を引き寄せて、腕の中に収める。目を瞬く天馬くんは、状況に追いつくのが遅れているようだ。飲みかけのお酒を一気に煽り、彼女の方へ顔を寄せる。小さな声音で、「一緒に抜けよう?」と囁けば、彼女は目を丸くさせて固まってしまった。細い腰に手を回し、ゆっくりとラインに沿って掌を撫で下ろす。ぴく、と肩を跳ねさせた天馬くんは、戸惑ったような表情を僕に向けた。

    「君と、ゆっくり話がしたいな」
    「……は、なし…?」
    「うん。少しだけで良いから、ね?」

    優しい表情を心がけて微笑んで見せれば、彼女は躊躇い勝ちに頷いた。

    ―――

    「か、神代…、」
    「逃げないでよ。ここまで着いてきておいて、その気はありません、なんて通じないでしょ?」
    「…っ、……や、…嫌だっ……、は、なせ…」

    酔った幹事に二人分の参加費を手渡して、緊張する天馬くんの腕を引いたまま店を出た。先に呼んでいたタクシーに半ば強引に押し込み、誤魔化しながら自宅へ連れてくる事には成功した。けれど、自宅の玄関前まで来た彼女は、『帰るっ…!』と言い出したのだ。話だけでも、と言った僕に、『門限があるから』と訳の分からない事を言う彼女に痺れを切らし、無理やり家の中へ引き込んだ。
    “その気は無い”なんて、今更言い逃れ出来るはずが無い。酔っていたとは言え、あれだけ体を寄せて誘ってきたのは彼女の方なのだから。

    「面倒だなぁ」
    「ぉわっ…、なっ、……おろせっ…!」
    「はいはい、今下ろしますよ」
    「っ、んぶ……」

    玄関の鍵を閉め、僕から逃げようとする彼女を抱え上げる。細い割に存外重たいな、とぼんやり思いながら、靴を乱雑に脱がせた。自分の靴も脱ぎ、寝室の方へ足を向ける。荷物は適当に玄関にまとめて置いていき、散らかった足元を上手く避けながらベッドわきまで辿り着く。要望通り天馬くんをベッドの上に落とすように下ろせば、彼女は驚いて変な声を上げる。ギッ、とスプリングを軋ませてベッドに乗り上げ、天馬くんのワンピースに手をかけた。

    「僕が好きだった、なんて、嬉しいことを言ってくれたお返しだよ」
    「言ってないっ…! 言ってないっ、」
    「告白してくれたんでしょ? 同じ事じゃないか」
    「っ、…ちがう…、もう、好きではないっ!」

    震える手が、僕の手を掴んで引き離そうとしてくる。そんな抵抗に腹が立って、ワンピースを一気に脱がせた。キャミソールとショートパンツがその下から現れて、かあぁ、と顔を赤くさせた天馬くんの抵抗が一層激しくなる。バタバタと手足を暴れさせる彼女は、必死に首を左右に振り乱して「嫌だっ」を主張した。
    なんだか興醒めだ。思わせぶりな態度で近付いてきたのは彼女の方だというのに、訳が分からない。

    「…どうせ君も、僕の見た目が好きなだけでしょ」

    ぼそ、と零れた自分の言葉に、胸の奥がチクチクと痛む気がした。
    顔が良いから、女性が寄ってくる。誰と付き合ってみても、つまらなかった。その内、付き合うのも馬鹿らしくなってきて、“遊ぶ”事だけを退屈しのぎに選んだ。一時だけ満たされるその瞬間だけを求めて、面倒になる前に他の子に乗り換えては、飽きたら捨てるを繰り返して。
    この子もそうだ。顔がかっこいいとか、そういう理由で寄ってきた内の一人だろう。それなら、他の子と変わらない。

    「夢だと思って、楽しもうよ」
    「……夢でも、神代とは、しない…したくない…」
    「強情だなぁ」

    首を左右に振って、僕を拒もうとする天馬くんの手首を掴む。その手首に一つ口付ければ、彼女は びくっ、と肩を跳ねさせた。戸惑うような瞳が僕へ向けられ、口紅でほんのり色付く唇が「ぃ、やだ…」と声を落とす。随分と警戒されているなぁ、なんて思いながら、キャミソールの裾に手を滑り込ませた。

    「…今の神代は、きらいだ……」
    「………へぇ」
    「もう、諦めたんだ…、今更、…好きには、ならん…」

    そう口にする天馬くんの瞳は、分かりやすいほど熱を宿して僕を見つめてくる。舌足らずな言葉も、うとうとと閉じかけた瞼も、力の抜けていく細い手足も、もう殆ど抵抗出来ないようだ。暴れて酔いがさらに回ったのだろうね。眠たいのか眉間に皺を寄せて瞼をゆっくり閉じかけた天馬くんが、僕の腕を力なく掴む。

    「……ほかの、ひと、と…」
    「……………」

    すぅ、と眠りにつく天馬くんに、出かけた言葉を飲み込む。
    手を離し、彼女の体に布団をそっとかけた。長い前髪を指で軽く払うと、穏やかな寝顔が現れる。そんな彼女の頬を指でなぞって、強く拳を握り締めた。

    「“他の人”、ね……」

    眠りにつく直前の天馬くんの言葉を小さく呟けば、胸の奥がもやもやとしてくる。
    “僕を好きだった”と言っていたのに、“他の誰かが良い”と言うのか。もう好きにはならないと、そう言った。たった一度、僕が“フッた”から。“諦めた”と。僕を誘っておきながら、僕を拒んだ。

    「……気に入らないなぁ…」

    僕より他の男を選ぶというのが、気に入らない。僕に向かって“嫌いだ”と言ったことも。女性にそれなりにモテる自信がある。顔に寄ってくるだけではあれど、彼女もその一人だろう。
    それなのに、僕の誘いを断った。それが無性に腹立たしい。素直に喜んで、一晩付き合ってくれればいいのに。僕が自宅に招くなんて中々無い事だと、彼女は知らないのだろう。ホテルで済ませても良かったけれど、何故か今夜は気分が良かった。その気分が全て台無しだ。

    「一週間…いや、三日もあれば十分かな」

    適当に取った紙に僕の連絡先を書き込んでおき、彼女の隣に横になる。
    三日で、天馬くんをその気にさせてみせようじゃないか。僕を好きにはならないと宣言した彼女を、僕以外に目移りできないほど本気にさせる。自分から何でも受け入れるように、僕の事に対して盲目的な愛を持つよう仕向けてみせる。そうしたら、“飽きた”と言って手放せばいい。
    楽しみだ。楽しみで仕方がない。僕を好きだと言う彼女が、目の前で泣き出す様を想像して、ほんの少し胸の奥がすっきりする。

    「覚悟してね、天馬くん」

    僕をその気にさせたのは、君なのだから。

    ―――

    「こんにちは、天馬くん」
    「…………こ、んにちは、…神代、くん」

    にこりと笑いかければ、彼女は困ったように顔を顰めた。
    あの日から二週間近く経って漸く連絡が来た。まさかここまで連絡が来ないとは思わなかったので、さすがに腹も立ったけど、そこは飲み込む。僕から連絡先を渡したというのに、連絡するのに何日かけるのか。あのまま逃げられたかと思った。
    『上着を返したいです』という連絡が来て、文面では二つ返事で返した。僕としては文句を言いたかったけれど、言ってしまっては余計に距離ができてしまうから避けた。出来るだけ優しくして、まずは警戒心を解くのが先だろう。

    (…今日は眼鏡なのか)

    同窓会の日は、コンタクトだったのだろうか。今日の彼女はフレームの大きな眼鏡をしている。服装はそれなりに可愛らしいけれど、どこのメーカーの服だろうか。デザインはシンプルだけど、彼女によく似合っている。センスは悪くないのだろうね。
    マスクをつけ直し、天馬くんの方へ手を差し出す。僕の手を見た彼女は、数秒程固まってその目を瞬いた。恋人同士で手を差し出されたら、“繋ぐ”のが一般的だろう。何を考える必要があるのか…。
    そう思いながら待っていれば、彼女はハッ、と顔を上げ、手に持っていた紙袋を僕の手に渡してきた。

    「ぁ、上着ですよね…! これです! 色々とすみませんでした!」
    「…ありがとう」

    恥ずかしそうに頬をほんのり赤らめた天馬くんは、誤魔化すように笑いかけてくる。そんな彼女に心の中で『違うでしょ?!』と盛大にツッコミを入れるも、彼女は気付かない。
    にこり、と笑顔を貼り付けて、仕方なく紙袋を受け取る。まさか、ここまで鈍いとは。もしかして、僕にフラれたという彼女の言葉も、彼女の勘違いだったのではないだろうか? 天馬くんみたいに可愛い子なら、一度くらい手は出したと思うけど…。
    今までにないタイプの彼女をまじまじと見つめていれば、天馬くんはにこりと笑って後ろへ一歩下がった。

    「それではこれで…!」
    「待ってよ」

    早々に離れようとする天馬くんに驚いて、咄嗟に手を伸ばす。彼女の手を掴めば、きょとんという顔をされた。
    まさか本当に上着を返しておしまい、だとは思っていなかった為、彼女の言動に頭が痛くなる気がしてくる。

    「せっかくだから、お茶でもどうかな?」

    眉を下げて軽く首を傾ければ、彼女が一瞬戸惑った顔をした。なんと返すか悩んでいるのだろう。視線が彷徨い、次いで愛想笑いを返される。

    「いえ、急いでますので……」
    「そう言わずに、少しだけ、…ダメかい?」
    「…ぅ……」

    逃げる気満々の天馬くんへ顔を近づけて、その瞳を覗き込む。白い手を両手で掴むと、彼女は頬を赤らめた。どう見ても僕を意識しているのに、何故逃げようとするのか。僕が誘っているのだから、喜んで受け入れればいいのに。たった一夜でも、彼女にとっては幸せな一時のはずだ。
    中々頷かない天馬くんに痺れを切らして、ダメ押しのように「天馬くん」と彼女の名前を呼ぶ。更に顔を赤く染めた彼女は、数秒迷ってから漸くこくこくと首を縦に振った。

    「それなら、そこのカフェなんてどうかな?」
    「…は、はぃ……」

    まさかカフェに誘うだけでこんなに疲れるとは思わなかった。それでも、彼女が頷いてくれたのならこっちのものだ。後はこの顔でその気にさせればいい。
    一度背を正して彼女の手を引く。逃げられる前に、予め調べておいた人が少なくて落ち着けるカフェへ彼女を案内した。
    空席の中から壁側の隅の席を見つけ、真っ直ぐそちらへ向かう。ソファー席なら、この前のように逃げようとしても引き止められるので、自然な態度で彼女をソファー席に座らせた。ここで隣に座ると警戒されるから、向かいの席にとりあえず座る。そわそわと落ち着きなく店内を見回す天馬くんを横目に、メニュー表を広げた。
    事前に東雲くんに聞いておいたこのお店のお勧めは、チーズケーキだったね。

    「あの日は、無事に帰れたのかい?」
    「は、はい…」
    「それは良かった。連絡も中々来なくて、心配だったんだ」
    「あ……、すま…、すみません…」

    肩に力が入っている天馬くんは、僕の言葉に申し訳なさそうな顔をする。
    まさか二週間も連絡が無いとは思わなかった。先程の様子や、今の彼の緊張した様子を見る分では、まだ僕に対して多少の好意は有りそうなのだけど…。それなら、すぐに連絡も来るはずだ。この僕が連絡先を渡したのだから。それなのに、二週間も待たされた。
    それも、『上着を返したいので、お時間を頂けますか?』なんて文で。

    (半信半疑でも、少しは関係を確認しようとか、仲良くなる為の自己紹介とかをすればいいのに)

    彼女の様子を見ても、分かりやすく僕を意識しているはずだ。それなのに、何故こんなにもあっさり距離を置こうとするのか。僕が“付き合おう”と彼女に言ったのに、だ。
    何となくモヤモヤとしてきた自分の感情に気付き、慌てて深く呼吸をして気持ちを落ち着かせる。

    「このカフェのオススメはケーキなのだけど、天馬くんも一緒にどうかな?」
    「…た、食べます……!」
    「甘いものは好きかい?」
    「そう、ですね…好きです」
    「良かった」

    優しく笑いかければ、彼女は肩を跳ねさせ背筋を伸ばす。両手をきっちりと膝に置き、固くなる様が面白い。どこをどう見ても、僕に好意のある女性の態度だ。赤くなった顔をまじまじと見つめ、引き攣りそうになる口角に力を入れる。

    「この店のチーズケーキが美味しいんだ」
    「では、それで」

    僕の言葉に素直に頷く彼女は、逃げるように視線を逸らした。片手を時折胸元に当てる仕草や、分かりやすく深呼吸をしている姿に、つい笑ってしまいそうになる。
    きっと、僕の方から少し触れるだけで固まってしまうのだろうね。

    (この分なら、次のデートの約束でも取り付けてしまえば、クリア出来そうかな)

    『好きではない』なんて言っていたけれど、どう見ても嘘だ。視線を彷徨わせて何か考えているようだけど、このまま優しく接してあげれば、他の子のように擦り寄ってくるはずだ。案外、このままホテルまで着いて来てしまいそうなほど単純な子だしね。
    そわそわとする彼女は、困ったように眉を下げて視線を下へ下げた。何を考えているのかは分からないけれど、そろそろもう一押ししてみようか。

    「…天馬くん…?」
    「ぁ、…な、なんですか?」
    「……考え事かい?」
    「…そ、うです、ね……」

    僕の声でハッ、と顔を上げる天馬くんは、長い髪に指で触れてから顔を横へ逸らした。そんな彼女に、そっと手を差し出す。
    きょとん、と僕の手をまじまじと見つめ、彼女は僕にその顔を向けてくる。そんな彼女に、出来るだけ優しい顔を作って向けてあげた。

    「手、出して」
    「…ぇ、…ぁ、はい……」

    僕の言葉に素直に従って、彼女が手を差し出してくる。その手を壊れ物のようにそっと握った。驚く彼女は、戸惑うように僕を見てくる。“愛おしい”を体現するように柔らかく微笑んで見つめてあげる、それだけで、彼女の顔が赤くなっていく。掌に伝わる熱と、力の入る細い指先、そして熱を持った蜂蜜色の瞳で、彼女の心境が手に取るように分かる。

    (期待していいよ。もっと期待して、“僕に愛されている”と信じ込めばいい)

    そうしたら、彼女の警戒心も無くなって、目的が果たせるのだから。僕の誘いを二度と断れなくなるところまで本気にさせて、もう一度フッてあげる。
    にこにこと彼女を見つめていれば、恥ずかしそうに視線を彷徨わせる天馬くんが、震える唇で声を発した。

    「っ、…あ、の……手、…」
    「嫌かい…?」
    「い、嫌ではない、ですが……、困ります…」
    「何故かな? 僕らはついこの前恋人になったのだから、このくらいは当たり前だろう?」
    「………は…?」

    驚いたように、彼女は固まってしまう。
    その戸惑うような表情が、何だか可哀想で面白い。あの翌日にも確かに言ったけれど、半信半疑だったのだろうね。
    腕を振り解こうとしているのか、彼女の手に僅かに力が入った。けれど、ここで逃がすつもりはない。バレないように手に力を入れて、彼女の手を離さず握り続けた。

    「…な、に…言って……」
    「おや。あの夜、そんな話をしたよね? 君の方から僕を好きだと言ってくれて、付き合おうか、って」
    「っ…?!」

    僕の言葉を聞いた彼女は、信じられないと言いたげに言葉を飲み込んだ。
    残念ながら、半分本当で、半分は嘘だ。彼女は僕を『好きだ』とは言わなかった。『もう好きではない』と、過去形にした。同窓会の会場では、『昔告白してフラれた』のだと、笑い話のように言ってもいた。
    確かにまだ好意はあるのだろう。けれど、それは愛では無いのだと、彼女は僕を拒んだ。

    (酔って記憶が無いから、『嘘だ』とも言えないねぇ)

    あの日、彼女は相当酔っていたし、翌日の様子を見ても分かる通り、彼女にあの夜の記憶は無いのだろう。
    だからこそ、彼女は『違う』と否定できない。僕が襲いかけた事も、それを拒んだ事も覚えていない。それなら、いくらでも嘘を吹き込める。あの夜、彼女を抱いたかどうかも、彼女が僕へなんと言ったかも、僕に都合良く話すことが出来る。
    僕が好きだと彼女に迫られ、半ば強引に体を重ねたのだと嘘をつく事も出来る。まぁ、彼女が処女であればバレるかもしれないけれど、これだけ可愛い子なら、学生の頃の僕が告白されたにも関わらず手を出していないとは思えないしね。

    (どうせなら、彼女が逃げ出せないような内容にしてみようか…?)

    僕の家に強引に着いてきた、とか、僕の方が襲われたということにしてしまえば、罪悪感から多少のお願いは聞いてくれそうだ。見た所、真面目そうな性格をしているから扱い易いだろう。
    ふと、彼女が僕の後ろを見て安堵した。そっと振り返れば、店員が注文したケーキを運んでくるところで、渋々彼女の手を離す。じっ、と机に置かれたケーキを見つめる天馬くんは、僕の差し出したフォークを受け取ると、静かな声で「そ、の…」と切り出した

    「…無かったことに、してください…」
    「…………何故だい?」
    「神代、くんとは、…付き合えない…」

    背筋を正して両手を膝に揃えた彼女は、ケーキをじっと見つめたまま口を開いた。あの夜とは違う、僕と一線を引くような敬語と慣れない様子の呼び方に、腹の奥がモヤっとする。
    ここまで分かりやすい態度をしておいて、まだ拒むのか。彼女が何を躊躇っているのか、よく分からない。

    「…高校の時に、僕が君の告白を断ったからかい…?」
    「ぇ、…違うっ…! オっ、…わ、私には、神代、くんは勿体ないから…」
    「………」

    態とらしく悲しそうな顔をすれば、彼女は身を乗り出して首を横へ振った。尻窄みになる言葉は、嘘のようには聞こえない。一人称も含め、あの夜の話し方が素なのだろうね。言い換えてぎこちなくなっているのが気にはなるけれど、この際どうでもいい。
    問題は、彼女が中々頷かない事だ。存外意思が固い子なのかな。あの夜も、あれだけ酔っていたにも関わらず拒んできたのを考えれば、相当厄介なのかもしれない。

    「…天馬くんって、普段は眼鏡なのかい?」
    「え……、ぁ、うん…」

    それなら、攻め方を変えてみようか。

    「そうなんだね。それなら、同窓会の日はコンタクトでもしていたのかな?」
    「ぃ、や、……一応、裸眼で…」

    突然話題を変えたからか、天馬くんが戸惑い始める。
    そんな彼女に笑顔を向ければ、彼女はほんの少し肩に力を入れた。

    「あの日の天馬くんも可愛かったけれど、眼鏡の君も魅力的だね」
    「んぇっ…?!」

    出来るだけ直球に、彼女を褒めてみる。本音も含んでいるから嘘では無い。同窓会の日に見た天馬くんは可愛らしかったし、今の天馬くんも悪くない。僕を拒む意思の強さも、面倒ではあれど彼女の魅力の一つだ。難しいゲームの方がやる気は上がる。簡単に落ちると高を括っていた事は、この際謝罪してもいい。けれど、諦めるつもりもない。

    「あまりに可愛らしくて、ますます本気になってしまうよ」
    「…か、揶揄うでないっ…!!」

    予想通り、褒められるのに慣れていない様で、彼女は顔を赤らめて少し大きな声で返してきた。口調があの夜と同じという事は、素で返してくれているのだろうね。取り繕う事が出来なくなるほど戸惑っているなら、この接し方が良いのかもしれない。

    (…もう一押し、かな)

    誤魔化すようにケーキを食べようとする天馬くんの手を掴み、その手を僕の方へ引く。東雲くんオススメのチーズケーキは、チーズの香りが口の中に広がって、確かに美味しかった。今度彼にお礼を伝えないとね。

    「っ…?!」

    僕の行動に、彼女は息を飲む。
    掴む手に力が入るが伝わってきて、指先まで緊張しているのだと知れる。
    伏せた目を開け天馬くんを見れば、彼女は赤い顔で固まっていた。熱の灯る蜂蜜色の瞳は、どう見ても僕を意識している。僕に好意を持つ者の瞳だ。
    ふ、と優越感を隠すように優しく微笑んで魅せて、フォークから口を離す。

    「ご馳走様」

    そう呟くように口にすれば、彼女の手からフォークが落ちた。カラン、と音を立ててテーブルに落ちるフォークは気にせず、これ幸いと彼女の手に僕の手を滑らせる。指と指を絡ませるようにしっかりと握って、彼女の目を正面から見つめる。
    繋ぐ手に視線が釘付けになる天馬くんは、戸惑いながら口元を片手で覆った。

    (もっと、僕を意識すればいい)

    『嫌いだ』と言った言葉を後悔する程に。
    他の男に目移りなんて出来ないほど、本気になればいい。僕に言われれば何でも叶えたくなるほど。僕に求められるのが嬉しいと思えるほど。
    僕に愛される事を希う程に、僕に溺れればいい。

    「本気だよ」
    「っ…」
    「天馬くんの事を、もっと知りたいんだ」

    白い手の甲へ口付ければ、彼女は泣きそうな顔をした。
    どこか嬉しそうに、信じられないものを見るようでいて、幸せな夢に浸るかのように。

    (君が僕に溺れてくれるなら、この安い愛の言葉くらい、いくらでも囁いてあげるから)

    僕無しではいられないほど僕に溺れて、僕以外の物を全て捨てでも僕を選んでくれればいい。身も心も全て僕のモノにしてから、二度と忘れられない程心を抉る方法で捨ててあげる。

    「少しでいい。僕に、時間をくれないかい?」

    縋るようにそう問いかければ、彼女は言葉を飲み込んだ。視線を逸らすことも出来ず、揺れる瞳で僕を見つめてくる。
    拒みたければ拒めばいい。君が僕を拒むなら、拒めなくなる程追い詰めてあげるから。

    (欲に負けて頷くなら、最高に幸せな時間を演出してあげる)

    僕に愛されていると思い込むほど、大切に大切に翻弄して魅せようじゃないか。手を繋ぐだけでなく、抱擁も、キスも、全部してあげる。君へ向けた甘い言葉を何度だって囁いて、特別扱いしてもいい。
    そうして、その身体を僕にくれたすぐ後で、後悔する程の“別れの言葉”を君に贈ろう。

    「…す、こし、だけ…なら……」

    戸惑いながらも、消え入りそうな声でそう返された言葉に、僕は口の隅をゆっくりと上げた。
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