メインディッシュは俳優さん以外テイクアウト不可能です×!6(類side)
「……類にしては、よく続いてるじゃん」
「ふふ、彼はとても面白くてね」
「…………はぁ、…別にいいけど」
ひらひら、と軽く手が振られる。それを見てから、僕はスタジオの扉を開いた。司くんの文化祭まで、あと少しだ。最近は練習が忙しいとの事で、お店のバイトは休んでいるらしい。今日は水曜日だけれど、彼は休みだ。放課後に練習すると言っていた。何故知っているかと言うと、彼とは連絡を取り合うようにしたからだ。
(…放課後の練習は遅くても六時までには終わるはずだから、そのくらいに迎えに行ったら丁度いいかな)
撮影スタッフの人達に挨拶をしながら、奥へ向かう。緑色のスクリーンの上に立つと、カメラマンの人が資料を持ってこちらへ来た。今日はファッション誌の撮影とか言っていたな。指定された衣装はデート服をイメージしたものらしい。動きやすいシャツにジャケット、スニーカーは軽めのものだ。立ち位置の確認だけ行ったら、後は適当にポーズをとるだけの仕事。これが終わったら、今日の仕事は終わりだった。カメラマンの声を聞いて、とりあえず一つポーズをとる。目の前でフラッシュがたかれていくのを、ぼんやりと見ていた。
「じゃぁ、ちょっとポーズを変えてください」
「はい」
要望に応えて、さっきとは違う立ち方をしてみる。何度もシャッターを切る音がスタジオに響いた。少し後ろの方では、女性スタッフがこちらを見て何やら話をしている。そういえば、彼の学校の前で待つ時も、周りの女子生徒たちがあんな感じで話をしていたな。そんな事をふと思い出した。司くんの学校は共学だ。だから、彼を待つ時に校門のところで立っていると、どうしても女子生徒に見られてしまう。雑誌やテレビに出ていることもあり、帽子やマスクで顔を隠してはいるけれど、女性は本当に人をよく見ているから気をつけないとね。
もう一度ポーズを変えるよう指示されて、今度は体を少し横へ向けた。その際、自分の衣装を見て、ふと思ってしまう。彼がこういう服を着たら、きっと似合うのだろうな、と。今回はグレーや紺の色合いが多めの衣装だから、金色の彼の髪にとても合うだろうね。
(彼の髪はとても綺麗だから、伸ばしたらいいのに)
短く揃えられているのも可愛らしくていいけれど、切ってしまうのは勿体なく感じてしまう。彼が髪を伸ばしたら、とても美しいだろうな。そんな事を考えながら、真っ直ぐカメラを見つめる。今、彼は何をしているだろうか。時間的には午後の授業もそろそろ終わり頃だろう。今日は何の授業かな。彼は勉強は得意なのだろうか。苦手な科目があるなら、教えてあげるのだけれど。
「お疲れ様です。神代さん、次は衣装チェンジしましょう」
「分かりました」
ヘアメイクさんが待つ机に向かっていき、軽くメイクとヘアセットを変えてもらう。衣装は、ジャケットからセーターに切り替わった。先程のものよりもラフな格好になった衣装で、撮影場所へもどる。あと一回衣装を変えなければいけなかったはずだ。小さく息を吐いて、少しだけ視線を逸らした。時計の針はさほど進んでいないようだ。そわそわとしてしまうのは、早く彼に会いたいからかもしれない。どうしても、彼のことばかり思い返してしまう。
(…彼が断らないのを良いことに、時間を見つけては彼に会いに行ってしまっているしね)
彼は僕が会いに行っても、驚きはしても嫌がる素振りも無かった。それをいいことに、理由をつけては会いに行っている。今日もだって、練習に付き合うよ、と言えばすんなり頷いてくれるだろうからね。文化祭当日までは、この理由で十分だろう。日に日に演技に磨きがかかる彼の成長は、見ていて楽しいしね。
「それでは、もう一度衣装チェンジをお願いします」
「分かりました」
気付けば二着目の撮影も終わったようだ。最後はTシャツの上にシャツを羽織る服装で、さっきよりもラフな格好だった。これが最後だ。撮影場所へ行って、カメラマンの指示に従う。あっという間に撮影は終了し、スタッフに話しかけられるのを上手く躱して寧々の元へ向かった。パソコンで日程の調整を行っていた様子の寧々が、僕を見てスマホへ手を伸ばした。
「……相変わらず、仕事が早いじゃん」
「撮影だけだったからね」
「…前はこんなにやる気なんか出さなかったくせに」
「そんなことはないさ。僕はやれる事をしているだけだよ」
「……どうだか…」
ぱたん、とノートパソコンを閉じた寧々が荷物をまとめ始める。寧々の言いたいことは分かっている。『天馬くんに会う時以外も真面目に仕事しろ』って事だろう。前は女性スタッフに言い寄られたりして撮影スタジオ自体苦手だったし、目標も何もなくて、ただ淡々と仕事をしていたのだから仕方ない。目指すのは、見ている人たちの笑顔だけれど、僕がやりたい事とは、少し違ったのだから。
「で、今日も行くの?」
「うん。彼の練習に付き合おうかなって、思っているよ」
「……どうでもいいけど、ファンの子に見つからないでよね」
カチャ、と控え室の扉が開けられ、寧々の後に続いて、廊下を歩く。すれ違う人達から声はかけられるけれど、それは軽く挨拶だけ返して躱した。地下の駐車場まで向かうと、寧々が車の鍵を開ける。助手席に乗り込んで、いつものようにシートベルトをつけた。寧々がぽちぽちとスマホを操作し始める。
「神山高校だっけ?」
「そうだよ。多分、今頃練習中かな」
「………その子には同情するわ」
はぁ、と盛大に溜息を吐かれたけれど、聞かなかったことにする。スマホを取り出すと、5時を過ぎた頃だ。たぷたぷ、とメッセージアプリを開いて、天馬くんにメッセージを送る。『良ければ、帰りに練習の成果を聞かせてくれないかい?』と送って、画面を消した。寧々も漸くスマホを隣に置いてエンジンをかける。エンジン音をさせて、車がゆっくり動き出した。
「そういえば、最近類のSNSがかなり有名になってるみたい」
「普段と変わらないと思うけれど…?」
「お弁当の写真、結構有名になってるよ」
寧々の言葉に首を傾げる。SNSは投稿はするけれど、反応はあまり興味がなくて確認していなかった。スマホの画面を開いて、一日一回投稿するSNSを開いた。通知はoffにしているけれど、閲覧数は増えているようだ。
「お弁当の写真、美味しそうとか、どこのお店だろうって呟きが増えてきてるから、気を付けなよ」
「そうだね。お店に迷惑はかけられないから、程々にしておこうかな」
「それが良いと思う。お店の子の話だと、最近人が……」
「お店の子?」
僕の問い返しに、ハッ、と寧々が口を噤んだ。どうやら聞かれたくないことらしい。寧々もあの店に行っているのだろうか?お店の子というのは、天馬くんかな?でも、彼から寧々に会ったという話は聞かないけれど…。こほん、と咳払いをした寧々が、「とにかく!」と話を逸らそうとする。
「類はもう少し自分の影響力を自覚して!あまり迷惑はかけないこと!いい?」
「……そうだね、気をつけるよ」
スマホの画面を消して、窓の外へ目を向ける。寧々のことも気になるけれど、それだけではないようだ。もし、“神代類”が通うお店と知られれば、天馬くん達に迷惑がかかってしまう。今後はあまり写真の投稿はやめておこうかな。代わりに何か載せられるものを考えないといけないけれど、今は考えないでおこう。
「あ、見えたよ、類」
「ありがとう、寧々。明日もよろしくね」
「はいはい。くれぐれも、他の人にバレないようにしなさいよ」
ひら、と手が振られ、助手席のドアを開ける。バタン、としっかり閉めると、寧々はそのまま自宅の方へ向かっていった。帽子を少し深く被り、眼鏡を指の腹で押し上げる。天馬くんから返信はない。という事は、まだ練習中なのだろうね。のんびりと後数メートルの歩道を歩きながら、彼と何を話すか考えた。
―――
(司side)
「…………………むぅ…」
ごろ、ごろ、とベットの上で何度も寝返りを繰り返す。睨めっこしているスマホの画面は、様々な画像が並んでいた。見出しにドドンと映し出される文字は、『喜ばれるお返し』だ。
「………神代さんへのお礼が、決まらん…」
文化祭はもう明後日である。練習や準備やらで大分バタバタし過ぎて、忙しい日々だった。そのせいで、今日になるまで全く余裕がなかったのだ。そう、迷っているのは神代さんへのお礼である。
オレの急なお願いに、二つ返事で了承してくれて、台本作りに協力してくれた。しかも、日曜日や平日の夕方に、オレのために時間を割いて神代さんがアドバイスまでくれたのだ。神代さんが優しいのは知っていたが、ここまで親切にされて、申し訳がない。ただでさえ本職の俳優であるあの神代類に台本作成の手助けだけでなく、演出や演技指導までさせてしまった。普通なら絶対に有り得ない奇跡のような一ヶ月だった。
当日は一日休みを貰って遊びに来てくれるとも言っていたから、きっと会えるだろう。というか、来て大丈夫なのだろうか?大騒ぎにならなければいいのだが…。それに、神代さんに教わったとはいえ、オレの拙い演技を見られるというのも少々恥ずかしい。こんなことなら、もっと勉強しておくんだった…。
「………だが、褒められたのは、嬉しかったな…」
もごもごと、枕に埋めた口が小さく呟く。神代さんは優しい。オレの指導は少し厳しかったが、それでもちゃんと褒めてくれていた。声の出し方も、立ち振る舞いも、表情の見せ方も、本当に教え方が丁寧で分かりやすかった。クラスでも、オレの演技を見た皆が驚いていた程だ。素人の学生をここまで成長させたのだから、神代さんは良い指導者にもなれるのだろうな。きっとかっこよ過ぎて、女子が大騒ぎだろう。
「いや、神代さんは演出家になりたいんだったな」
台本を一緒に作った日に、そう教えてくれた。演出に興味がある、と。確かに、台本作りをしていた時に演出の提案をする神代さんはとても良い顔をしていたな。月色の瞳がキラキラしていて、次から次にアイディアが出てきていて、それを聞くのが楽しかった。準備は大変であったが、いくつかその案も採用させてもらった。きっと観客は驚くこと間違いなしだろう。
「…神代さんも、楽しんでくれるだろうか……」
いや、そこは楽しませる!と自信を持たねばならんだろう。なぜなら、神代さんがオレに直々に指導してくれたのだからな。神代さんの好意を無駄になんてさせてたまるものか。ふん、と息を軽く吐いて、胸を逸らす。神代さんの指導も演出も素晴らしいのだと、神代さん自身に見てほしい。だからこそ、絶対に成功させてみせる。終わったら、どうだったか意見も聞いて、それで…。そこまで考えて、ぽすん、と組んでいた腕をベットに投げ出した。ぼんやりと、天井を見上げる。見慣れた、オレの自室の天井だ。
「………そのあと、…か…」
来年には高校三年生だ。進路もそろそろ決めねばならん。もし、このまま料理の道を進んだら、えむの店で雇ってもらえるだろうか。もし、神代さんみたいに、演劇の道に進んだら、いつか、一緒に…。
(……そんなこと、あるわけないな)
コロ、と寝返りをうつ。今回神代さんに指導を受けたのは、たまたまだ。たまたま文化祭の出し物が劇だったから。たまたま演目が、神代さんが今度行うドラマと同じだったから。たまたま、神代さんが、オレのバイト先の常連さんだったから。神代さんが、オレに名前を教えてくれて、オレと会話をしてくれるから。オレの考え無しに言ったお願いを、神代さんが了承してくれたから。
「……もし、文化祭が終わったら、…もう、会ってはくれないだろうか…」
バイト先には来てくれるだろう。だが、練習を見るために平日や日曜日に会いに来てくれていた事も、全てなくなるのだろう。神代さんは忙しいだろうからな。むしろ、オレのために時間を割いてくれることの方が不思議だ。文化祭が終わったら、きっと会う時間も減るのだろう。それは、少し寂しいかもしれん。
「いやいやいや、そもそも、オレとは違う世界の人ではないかっ!」
連絡先を交換したのだって普通は有り得ん話だっ!本当なら、名前を覚えてもらえることすらないはずで…。それなのに、会えないのが寂しいというのはおかしな話だろう。オレはいつから神代類のファンになったんだ。いや、ここまで来たらもうファンなのかもしれんがっ…!
「……お返しを渡して、またいつも通りにもどればいい」
お弁当屋のバイトとお客さん、オレと神代さんはそれだけだ。友だちではないんだ。その辺りは勘違いしてはいけないだろう。神代さんに迷惑がかかってしまう。ころ、ともう一度寝返りをうち、スマホへ目を向ける。画面をスクロールしながら見ていけば、色々な物が挙げられていた。ネクタイとか、ハンカチやブレスレット等の身につけるものから、飴やケーキの様な食べ物まで。それを一つ一つ見ていると、余計に迷ってしまう。そもそも、神代さんの好きな物や嫌いなものをまだ把握出来ていない。野菜が嫌いなのは、神代さんの彼女さんから聞いたが…。
「……お弁当を作るにしても、文化祭当日では邪魔だろうしな」
当日は出店も沢山ある。屋台の料理を食べた方が、祭りの雰囲気がもっと楽しめるだろう。ならば、お弁当は今回お礼にはならない。やはり、物を贈る方がいいか?だが、神代さんなら身につけるのはブランド物だろうから、学生のオレが買った物など要らないだろう。そう考えると、何をお礼にすればいいか全くわからん。
「……………む、」
はた、と一枚の画像に目が止まる。キラキラしたデザインが可愛らしくて、ついタップしてしまった。パッと表示されたのは、クッキーの材料と作り方だった。真ん中にキラキラした飴が流し込まれたクッキー。ステンドグラスクッキーの画像を見て、ガバッ、と起き上がる。
「これなら、いいかもしれんな」
神代さんは甘いものは嫌いではなかったはずだ。前にクッキーを貰ったことがあるし、お茶菓子にオレも出した事がある。その時も美味しいと言って食べていた。流石に有名店のクッキーには劣るが、気持ちを込めるなら手作りだろう。材料を調べて見ても、それほど手に入れにくいものは無いようだ。作り方を見て、必要なものをメモしていく。
「明日の帰りに、材料を買って、作ってみるか!」
今日はもう夜遅いので、明日にするしかない。前日ということもあるので、失敗した時ように市販のクッキーも一応用意しておこう。そう決めて、オレは急いで布団に潜り込んだ。目を閉じて、明日の買う物を思い浮かべながら、ゆっくり意識を手放した。
―――
「えむ、付き合ってくれてありがとな」
「えへへ、どういたしまして!」
放課後、最後の練習を終えたオレはえむと一緒にデパートへ向かった。こういうのは、えむの方が詳しいからな。型抜きの売っている店や、飴を多く取り扱っているお店も教えてもらえて、材料は全て揃った。えむの家まで暗くなった道を並んで歩きながら、明日の話をした。劇のことを確認したり、知り合いのクラスの出店の話もした。
「送ってくれてありがとう、司くん!明日は楽しみだね!」
「そうだな」
「クッキー、頑張ってね!お休みなさい」
「あぁ、お休み、えむ」
ぶんぶんと手を振るえむに軽く手を振り返して、早足で家へ帰った。バタン、と玄関を閉めて部屋に飛び込む。制服を着替えて荷物を片付けてから、リビングに向かった。
「お兄ちゃん、おかえりなさい。そんなに慌ててどうしたの?」
「あ、あぁ、なんでもないんだ。ただいま、咲希」
「今日の夕飯、生姜焼きだって!」
「そうか!それは嬉しいな!」
クッキーの材料をキッチンに置いてから、オレのために用意された夕飯を少しだけ温め直す。練習と買い物で遅くなってしまったので、皆夕飯は食べ終わったようだ。ぱちん、と手を合わせて「いただきます」と言ってから、箸で肉を掴む。口に入れると、じわ、と生姜醤油の味が広がった。
「ん、…」
流石母さんの生姜焼きだ。しっかりついた味付けは疲れた体には丁度いい。添えられたキャベツと交互に口に運びながら、もぐもぐと咀嚼していく。シャキシャキのキャベツの食感と、お肉の旨味、それがご飯によく合う。無言で食べ進めていた手を止めて、一度茶碗をテーブルに置いた。お味噌汁のお椀をもって口元へ運べば、ふわりと味噌の香りが鼻孔を擽る。ず、とお椀を傾けて喉へ流し込むと、熱い味噌汁が喉を通ってお腹の中から温かくしてくれた。口内に広がる出汁と味噌の風味に、ほぅ、と気持ちが落ち着く。
「ふふ、お兄ちゃん、本当に美味しそうに食べるよね」
「む、…そうか?」
「うん!お兄ちゃんが食べてるの見ると、アタシも食べたくなるもん!」
「咲希はもう食べたのだろう?」
「そうだけど、そういう事じゃないのー!」
ぷく、と頬を膨らませる咲希に、つい笑ってしまう。短く謝って、残りも口に頬張った。あまりゆっくりしていては、クッキーを焼く時間が無くなってしまうからな。いつもより少し早く食べきって、「ご馳走様」と呟く。そのまま食器を流しへ持っていったら準備は完了だ。
「よし、始めるか」
ガサガサと袋から薄力粉や飴玉を取り出していく。ボウルにクッキーの材料を計って入れて、一気に混ぜ合わせる。ぐにぐにとまとまってきたそれを手で捏ねて、二つに分ける。一つは丸くまとめて冷蔵庫へ。もう一つは、さらに二つに分けて片方にココアパウダーを混ぜた。グッ、グッ、とそれをよく混ぜてから、プレーンの生地とココアの生地をまた分ける。一つは軽く混ぜてマーブル生地に。一つは細長くしたのを組み合わせてボックスクッキーの生地に。最後は軽く伸ばして重ねた生地をクルクル巻いてうずまきクッキーの生地だ。
「お兄ちゃんがクッキー作るなんて珍しいね!」
「後で上手く出来上がったら味見してくれんか?ある人にお礼で渡したいんだ」
「良いよ!楽しみにしてるね!」
にこにこと隣で手元を覗き込む咲希にお礼を伝えて、三つの生地も冷蔵庫へ入れる。後は、全て一時間程寝かせて焼くだけだ。この待ち時間の間にお風呂と明日の準備を済ませてしまおう。エプロンを一度脱いで、最後となったお風呂へ飛び込む。いつもよりちょっとだけしっかり洗って、湯船にも長めに浸かった。出た後はしっかり髪を乾かし、部屋に向かう。明日の持ち物を確認してからキッチンに戻ると、丁度一時間経った様だ。冷蔵庫から生地を出すと、固くなっている。
「よし」
グッ、と麺棒でしっかり伸ばして、えむと選んだ型抜きで型を抜いていく。今回は星型を選んだ。大きさが少し違う型で中もくり抜き、それをクッキングシートの上へ並べる。一通り並べたら、今度は飴玉の個包装をひたすら開けていった。ジップロックの袋へ飴玉が一つ、二つ、三つと入っていく。緑の袋、赤の袋、紫の袋、黄色の袋、何色にも分けた袋はしっかり入口を閉めた。麺棒を持って、ブン、と振り下ろす。袋の中で飴が砕ける音が響いて、咲希が目を丸くしていた。
「飴を砕いて何してるの?」
「粉々になった飴を焼くんだ」
「…飴を、焼く?」
一通り砕いた飴は、クッキーの真ん中へ流し込む。キラキラ輝く飴を敷き詰めて、準備は完了だ。オーブンへそれを入れて、スイッチを入れた。その間に、次に焼くクッキーの準備に取り掛かる。トントントン、と棒状にしたクッキー生地は均一の厚さになるよう切っていき、マーブルの生地は型抜きで型を抜いていく。それらを新しいクッキングシートに並べていれば、オーブンがチン、と音を鳴らした。
カコ、とオーブンを開けると、ふんわり甘い香りがキッチンに広がっていく。
「すごぉい!」
オレの隣で覗き込んでいた咲希が、瞳をキラキラさせて楽しそうにそう言った。砕いた飴が溶けて、ステンドグラスの様にクッキーの中心で輝いている。どうやら上手くいったようだ。熱いので、そっと台に置いて、次のクッキーをオーブンへ入れた。
少し冷まして、そっとクッキングシートからステンドグラスクッキーを外す。電気の方へ翳すと、キラキラと飴が光を透かしてキラキラ輝いた。
「咲希、食べてみてくれ」
「いいの?!わーい!いただきますっ!」
「……どうだ?」
さく、パキン、と食感の良さそうな音が聞こえてくる。もぐもぐと咀嚼する咲希は頬を緩めて、こくこくと頷いた。
「とっても美味しいよ!お兄ちゃん!」
「そ、そうか…、良かった」
美味しそうに食べる咲希に、ホッと胸を撫で下ろす。オレも一つ摘んで食べてみた。クッキーはサクサクしていて、薄く固まった飴がぱき、ぱき、と割れていく。じわりと甘い飴の味が口いっぱいに広がって、クッキーの優しい味と混ざっていった。確かに美味しい。
(…これなら、喜んで貰えるだろうか……)
頭に浮かんだ、神代さんの優しい顔に、胸がきゅぅ、と音を鳴らす。何故かドキドキしてきたが、緊張しているのだろうか。いや、緊張しないわけが無いだろう。相手は有名な俳優、神代類なのだから。ごくん、と口の中のクッキーを飲み込んで、鼓動が煩い胸を抑える。大丈夫、そう心の中で言い聞かせながら、オレは残りのクッキーを焼いた。
―――
(類side)
「じゃぁ、行ってくるよ、寧々」
「行ってらっしゃい」
午前十時。今日は神山高校の文化祭当日だ。いつも通り寧々に車で送ってもらい、校舎から少しだけ離れた所で降ろしてもらった。今日は人も多いので、髪は黒髪のウィッグで誤魔化す。眼鏡と、今日はストールを巻いてきたので、それで口元は隠した。念の為、帽子も被っている。
「何かあったら連絡してよ」
「分かってるよ」
「ま、楽しんで来なさいよね」
エンジン音がして、車がさっさと行ってしまう。そんな寧々を見送って、ポケットからスマホを取り出した。メッセージアプリを開いて、天馬くんに『そろそろ着くよ』とメッセージを送る。彼は劇の時間以外は自由行動らしいから、一緒にまわる約束をさせてもらった。知り合いはいないし、母校でもない高校の文化祭だ。一人で回るのは寂しいからね。劇の時間を待つ間、どうしようかな、と態と彼の前で呟いたら、優しい天馬くんは、『一緒に回りますか?』と提案してくれた。時々、僕は彼の優しさが心配になってしまうよ。それでも、彼が誘ってくれたのだから断る理由もなく、お言葉に甘えさせてもらった。校舎の中で会うのは大変なので、到着したら校門まで迎えに来てくれる予定だ。
ピロン、とスマホが軽快な音を鳴らし、ディスプレイ画面に『今、迎えに行きますね』とメッセージが届いた。その丁寧な文に、頬が緩む。ありがとう、と返して、僕はスマホをポケットにしまった。学校の方へ続く道を、軽い足取りで進んでいく。高校の文化祭にしっかり参加するのは初めてかもしれない。昔から仕事が忙しくて、学校行事はほとんど参加しなかったからね。それに、女子生徒に誘われるのを断ったりするのが面倒だったから、避けていたところもある。そんな僕が、こんなに楽しみにしているなんて知ったら、当時の同級生達は驚くのだろうね。実際寧々が驚いていたくらいだ。見えてきた校門に、見慣れた金色の髪の子が立っている。きょろきょろと辺りを見回すその子が、ふとこちらを向いた。
「あ!」
パッとその表情が綻んだのを見て、つい僕もつられて口元が緩む。ぶんぶんと手を振って知らせてくれる彼が可愛らしくて、ほんの少し歩くスピードが早くなった。近くまで行くと、彼がこちらに駆け寄ってきてくれる。ふわふわの金糸が揺れて、へにゃりと彼が笑った。
「おはようございます、神代さん」
「おはよう、天馬くん」
名前を呼ぶ時だけ少し声を小さくしてくれる天馬くんに、胸の奥が温かくなる。僕のために、そういう気遣いをしてくれる彼が愛おしい。きっと、劇の衣装なのだろう。少し大きめのコートを纏った彼は、恥ずかしそうに細い指で頬をかいた。
「それが衣装かい?とても似合っているね」
「あ、ありがとうございます!今日は頑張るので、ぜひ楽しんでいってくださいっ!」
「ふふ、元よりそのつもりさ」
いつもの元気な声に、小さく笑って手を伸ばす。そっとその頭を撫でてあげると、天馬くんが目を丸くした。顔を寄せて、彼の耳元に唇を寄せる。
「周りに知られては騒ぎになってしまうから、今日は『神代さん』とは呼ばないでくれるかい?」
「…は、はいっ!」
「代わりに、『類』って呼んでおくれ」
「んえっ?!」
にこ、と笑って見せれば、頬を赤くした天馬くんが耳を抑えた。はく、はく、と驚いて声が出ない様子の彼の手を掴む。こんな機会でも無ければ、礼儀正しい彼は『神代さん』と呼ぶことを止めてはくれないだろうからね。せっかくなら彼には名前で呼んで欲しい。それに、『るい』なんて名前は多いだろうからね。彼が僕をそう呼んでも、誰も『俳優の神代類』だとは思わないだろう。
「か、かみしっ、…」
「“類”だよ、天馬くん」
「…っ、……る、るいさんっ、…」
「ふふ、よく出来ました」
そっと指でストールをズラして、彼に笑みを向ける。いまだに状況が飲み込めていない様子の天馬くんには悪いけれど、時間は有限だ。僕より少し小さい手を握って、校舎の方へ足を踏み出した。まずは、名前呼びが自然と定着するように、この文化祭でゆっくり会話を重ねていこうかな。
「まずはどこへ案内してくれるのかな、天馬くん」
ぎゅ、と彼から握り返された手の熱に、僕は更に口元に弧を描いた。